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ハレー彗星5

 賑わう街中を外れ、郊外の人気のない道を歩くこと数十分、私が目指していた場所が見えてきました。


「ここは、……墓地?」


「はい。足元がぬかるんで滑りやすいので気を付けてください」


「わっ、わっ!」


 注意したそばから足を滑らせたシイナの手を転ばないよう引っ張り上げます。手を繋いでいてよかったです。


 シイナと手を繋いで歩き、墓地の奥まった所にある十字架の前で立ち止まります。墓地の通路を挟んで芝生の更に奥、鬱蒼とした雑木林の暗闇の手前に隠されるようにひっそりと存在していました。


 両の掌で救い上げられそうなミニマムなお墓は棒状の金属部品を十字に固定しただけの物で、私の手作りです。


「なんか、ここだけお墓の形が違うように見えるけど……? それに名前もない」


「ここは昔、私が墓守様に無理を言って作ってもらった場所です。ここには私の家族が眠っています」


「あれ? でもお父様のご家族のお墓はもっと向こう側の方じゃなかったっけ」


「ここに眠るのは、モデルドールとしての私の家族です。私と同じ用途で製造されたモデルドール、メモリーカードの回収に成功したわずか三機の家族です」


 私はポーチから水筒を取り出して、中の水をそっと十字架と墓石に注ぎます。


 不思議そうにしながらもこの儀式を最後まで見守ってくれたシイナが、水筒をポーチへ仕舞った私にそっと聞いてきます。


「それは?」


「水です。純度の高い水ですよ。知っていますか? モデルドールは水に結構なこだわりがあるのですよ」


「スカイドールは推進エンジンに水を補給するために飲んでいるけど、モデルドールにはどんな意味があるの?」


「お肌に張りが出ます。民衆の目に晒されるわけですから、時間の経過でくすんだ肌を晒すわけにはいきません」


 袖を捲ってシイナに触らせます。何十年と交換していない肌は未だ若さを保っています。シイナが自分の肌と比べて見ても遜色ないようで驚いています。


 水を飲めば身体の内側から全身を浄化し、汚れを弾いてくれるのです。それに水の味を敏感に区別できる舌を持つモデルドールたちにとって、水を飲むという行為が人間でいう娯楽に近しいものでした。


「この水は隣国の山で摂れる天然水で、家族は満場一致で美味しいと評価し、仕事終わりに盃を交わした水です。果実水のような甘さが特徴なんです。飲んでみますか?」


 少しだけ残っていた水をシイナに渡します。水筒を傾けてコクリと喉を鳴らしたシイナは、分析を始めているのか少しの間だけ動きませんでした。


「ごめん、シイナには分かんない。普通の水」


「そうですか……、とても甘いのですが、……分かりませんか?」


「うん。ごめん」


 同じ感想を抱いてくれる仲間が居なくて寂しいです。私も一口飲んでみると、確かに桃のようなほんわかとした甘みがあります。隣国のブランドだけあって少し値段が張るのがネックですが……。


 ちょっと私が残念そうにしているのが露骨だったのでしょうか、慌てたシイナが話題を変えました。


「そ、そういえば! ハレーお姉ちゃんの目はこの人たちと同じ部品じゃないの? 同じなら交換できる可能性があるんじゃない?」


「それが不思議なことに私だけ部品が違うのです。末っ子だからでしょうか、モデルドールは特殊な素材と製法ですが、最後に製造された私は部品がさらに特殊な構造をしています」


「え、なんで?」


「なぜでしょうね。部品を取り外して復元できれば楽なのですが、目の部品は頭を取り外さないと分解できない構造になっているそうで」


「余計になんでだろうね? 何か意図でもありそうな気がしてならないよ」


「関係者が全員お亡くなりの今、その意図を知る者もいません。諦めて灰色の世界と向き合うだけです」


 ロボット間でも人格が備わっている以上は相性の問題というのが付き纏います。私だけ特別でも家族は分け隔てなく接してくれました。


「家族といえば、旦那様のお子様についてシイナはどれほどご存じですか?」


 私の家族の墓参りが終わり、これから向かう場所に眠る人の元へ。私が記録を消さずに鍵をかけた大事な思い出です。


「えっと、娘さんが一人、アイナさん……だよね? 結婚して家を出て、だけど……」


 言葉を詰まらせたシイナと共に歩き出します。ここからそう遠くありません。ものの数十秒で辿り着いたそこに、アイナ様の名前が彫られた十字架がありました。


「現場の検証では崖からの飛び降り自殺。アイナ様の旦那様とはケンカが絶えなかったようで、アイナ様は何を思ったのか、崩れかけた展望台に近づき……」


 この街に着いた時にに見たどんよりとした景色を思い出しました。死者に口はありません、嫁いだアイナ様とはあまり顔を合わせる機会もなく、一年以上声を聴かないまま届いた知らせは訃報。あまりにもショックな出来事に、旦那様へお伝えすることをためらったほどです。


「それから旦那様は屋敷に隠居し、アイナ様を忘れられないのか十年に一度くらいにスカイドールを注文するようになりました」


「それって、シイナのこと?」


 無言で肯定します。汎用型と違い、スカイドールは過酷なレースで部品を酷使するため短命です。語りはしませんでしたが旦那様は忘れるためにスカイドールを注文したのではないかと思っています。


「これまでに注文したスカイドールたちにはある特徴がありました。それはアイナ様の姿をほんのわずかに投影していたことです。髪の色、耳の形、瞳の光彩、……シイナがやってくる前のスカイドールは特に、アイナ様の面影がありました」


「じゃあシイナは、アイナさんに似ているの? シイナはアイナさんの代わり?」


 私は首を横に振ります。


「不思議なことに、シイナはアイナ様の面影が全くといっていいほどありません」


「じゃあ、なんでシイナは作られたの?」


「おそらくですが、もう、旦那様は諦めたのではないでしょうか」


 憶測の域を出ない答えに、語る私は旦那様の疲れた顔を思い浮かべます。きっと図星であっても教えてくれないだろう憶測を、それでもシイナに語ります。


「シイナの活動可能期間はあとどれくらいですか?」


「レースに出なければ十年、これからも身体を酷使すれば八年くらいかな?」


「私の活動可能期間はあと一年もないことは知っていますね? それと実はヨギリもそう長くはありません。レースもあと二回しか出られないほどに数多のパーツが消耗しています」


 シイナが驚いた顔をします。ヨギリのことは私が強引にデータベースを覗いて確認したことなので、シイナに知る由もありません。


「えっと……、それで、お父様はなんで私を作ったの?」


「看取られたいのではないでしょうか」


「…………」


「冗談ではありませんよ?」


「わ、わかってるよ! 今日のハレーお姉ちゃん、冗談が重くて区別が難しいの」


「私もヨギリも活動可能期間からは逃れることは出来ません。タイムリミットが来れば一秒の奇跡もなく機能を停止します。それがドールですから。最新技術を用いて『家族』を作ったのも、旦那様にとって忘れられない思い出との妥協点なのだと思います」


 思い出を語ろうと思えば旦那様との記録は膨大な量です。語り切れるものではありませんが、ここまで暗いお話が続いたために最後はシイナにクスリと笑ってもらえるお話を聞かせてあげましょう。


「まだ子どもだった旦那様、当時はマクロ様とお呼びしていましたが、マクロ様はお父上の背中にくっついて離れない可愛らしい子どもでした」


 それは思い返しても笑みがこぼれてしまうような温かくも少し酸っぱい記録。


「突然ですが、シイナから見て私は“可愛い”でしょうか?」


「え? あー……、どうだろう。可愛いんじゃないかな?」


 その反応で察しが付きます。現代を生きる彼女から見て、私は可愛いわけではないのです。分かって聞いた事ですが、少々傷つきました。


「そうですね、私は可愛くありません」


「ハレーお姉ちゃん、なんかごめん」


 無視です。


「現代を生きる人々から見れば、私は見ての通り普通の見た目です」


「ほんとごめん。根に持たないで!」


「冗談です。これでも昔は民衆の“理想”だったのですよ。モデルとしての活動を終え、旦那様に買われてお屋敷に勤めてからちょうど十年経った頃です。マクロ様が私にバラの花束を渡したのです」


 今の弛んだお腹とは違って、当時はスーツで隠せないほどに引き締まった筋肉と強面のルックスは数多の女性を虜にしました。それに加えて頭脳明晰で、担当したスカイドールのほとんどを優勝へと導きました。


「頭はよかったのですが、どうも恋愛というものが苦手らしく、モテるマクロ様を妬んでいた同期の洒落事を真に受けて往来でのプロポーズ。せっかくの白いスーツは膝を着いて黒くシミができ、バラは大きすぎて互いの顔が見えないほどでした」


「それでそれで! そのプロポーズはどうなったの!」


 シイナにとって過程はどうでもいいようです。私がそのプロポーズへの返事がなんだったかを知りたいだけのようです。


「お断りしました」


「え? ……往来の場で?」


「はい」


「お父様、悲しそうな顔してなかった?」


「していましたね。ですが人間がドールに恋をするなどあってはならないことです。その盟約はドール全機に刻まれています」


「そうだけどさぁ……、ロマンがないよ。そこは一度受け取って、後で説明すればよかったんじゃない?」


「私たちドールは人間のような感情を持っていますが、人間ほど精神が傷つくことはありません。一時の悲しみは次の瞬間には消えます」


「うん? そうだけど、なんで今その説明?」


「私の見た目は人間と変わりません。いつもそばにお仕えする私は、マクロ様の恋人だと勘違いされることも少なくありませんでした。だからあのプロポーズはいろいろと都合がよかったのです」


「恋人じゃないアピールってやつだね」


「アピールも何も、恋人ではありません。のちにマクロ様は一般女性に恋をして結婚しました。旦那様が病気に臥せ、マクロ様が新しく旦那様となってからはしばらく、私は旦那様と関わることはほとんどありませんでした」


 私のお仕事は奥様とメイド長への仕事の引き継ぎ、旦那様がお抱えするスカイドールの管理と、新人メイドの教育を長らく担当していました。


 奥様はなかなかお腹に子どもを宿せず、辛いお言葉をよく私に漏らしていましたし、旦那様もたまに私の前に現れたと思ったら、私の顔だけ見て去っていくのです。口が開きかけていたので奥様同様愚痴を漏らしたかったのでしょうが、当時、頑固者だった旦那様は一人悩みを抱え込んでいました。


「旦那様と奥様の間に子ども、アイナ様が誕生し、私はアイナ様の乳母として活動しました」


「そうなんだ」


 シイナはこれまで一度も笑ってくれません。私の話し方が下手なのでしょう。それにこのお話はチョイスを間違っていました。アイナ様をご出産した奥様は、その後すぐにお亡くなりになっています。そのことはシイナも知っているのでしょう。少々苦い顔をしていました。


「自分でハードルを上げておいて、あまり……面白くないお話でしたね。ここで止めにしましょう」


「ううん! 確かに面白くはないけど、お父様は昔のことあまり教えてくれないし、もう少しだけ聞きたい」


 傷は一瞬で治ります。


 旦那様は波乱万丈の過去を多く語りません。話すとしても、わざと虚勢を張るような自慢話ばかりです。それも下手くそな嘘を織り交ぜて。


「あれは旦那様がまだ一匹狼を気取り、吸えもしない葉巻を持ち歩いていた頃のことです――」


 口元が少し緩みます。シイナの小さな手を優しく握り、奥様とアイナ様のお墓へと向かいました。







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