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太陽の子5

「ちょっと寄る所があるから」


 そう言って、私は交流会を途中で抜け出し、街外れの方へと歩き出した。


 普段の洋服で参加したが、結局はお客さんたちの着せ替え人形にされた私は黒のゴスロリ服に着替えさせられた。


(これはこれでちょうどよかったかも)


 大勢の人で賑わう大通りを外れ、どんどん人気のない方へと進んでいく。途中、カラスと黒猫がゴミ捨て場で争っているのを見ながら、すれ違う人に軽く会釈する。管理人と話してお水を貰い、それを手に奥の方へと歩いた。


 前にハレーお姉ちゃんに連れられて来たことがある墓地は今日も薄暗く、ここで会う人の顔はみな俯いている。ここへは出かけるついでに来るつもりで、なるべく黒い服がいいかなって思っていたから、黒のゴスロリはまだ私の見た目なら不謹慎ではないだろう。


 墓地からも外れた雑木林の入り口、そこに隠されるように誂えた小さなお墓に手を合わせる。


「ハレーお姉ちゃん。こんにちは」


 真新しい墓石に刻まれたハレーお姉ちゃんの名前はお父様が自らの手で刻んだもので、名前の最後が少し不格好に歪んでいた。でもハレーお姉ちゃんなら『下手くそですね』と苦言を呈しつつ笑って大事に抱えそう。


 ハレーお姉ちゃんのお墓は家族と並んでいて、ここにモデルドールの起源が眠っていると思うとありがたみを感じた。いつかパワースポットになるかもしれない。


 しゃがんで、貰った水をお墓にかける。薄暗い場所でも墓石は輝いて見えた。


 目を瞑り、黙とうを捧げる。天国でお父様にまた会えているかな? そしたらまたお父様に仕えて、悪態付きながらも笑っているのかな。


 練習がお休みの日は、ここに来て物言わぬお墓に向かって近況報告をする。


「また、レース負けちゃった。これで九連敗」


 せめて、ハレーお姉ちゃんだけでも笑いかけてくれたら。


「勝ちたい気持ちはあるんだけどね、レイエルさんを近くに見たら怖気ついちゃって」


 また一緒にお買い物に出かけたいよ。


「でも、絶対に勝つから! 応援してね」


 あの手でまた撫でてほしい。


「……ひとりぼっちはいやだよぅ」


 あと、半年。ヨギリお姉ちゃんがいなくなれば私は一人ぼっちになる。心おきなく話せる相手のいない世界で、私は何を糧に飛べばいいのだろう? 勝利した私が手を振る先にはハレーお姉ちゃんもお父様も、ヨギリお姉ちゃんもいない。そんな世界を想像するだけで胸が苦しいよ。


 ――エラーを検出。ただちに精神回路の改善を実行してください。改善が見込めない場合、一分後に強制シャットダウンを行います。


「――ッ! ダメ! 今ここで倒れたら」


 脳内に響くアラート、ここでシャットダウンしてしまうと、すぐに私のことを見つけてくれる人がいない。こんな外れにお墓があることをヨギリお姉ちゃんは知らないし、捜索にも迷惑をかけてしまう。


「ダメ! 誰か……誰かいませんか!」


 精神的なダメージで声が掠れ、人気の少ない墓地に私の声はすぐ消える。


 残り十秒を切り、もう駄目だと諦めかけた時、ほとんど閉じた狭い視界に誰かが駆けこんできて、背中をさすってくれた。仰向けにされ、柔らかい物を後頭部に敷かれる。アラートのタイマーが止まり、状況を確認するプログラムが実行される。


「あなた、だいじょうぶ?」


 あまりにものんびりした口調、口元に添えられたコップから流し込まれる水が暴走しかけた精神回路を冷却した。


「落ち着いて。落ちても起動できるから」


 その誰かは私がスカイドールだと分かっていて、背中に隠された起動ボタンを撫でて探す。手つきがあまりにも慣れているから、もしかしたら製造関係の人かもしれない。


 しばらくしてアラートが沈黙し、大きく息を吐く。まだ目を開けるのは後にして、お礼だけ先に言う。


「落ち着きました。どうもありがとうございます」


「いえ、自分もよく同じ状況になって、姉上とメイドさんに迷惑をかけたものです」


(あれ? 同じ状況って、もしかしてこの人もドールなのかな?)


 落ち着いた精神回路は問題なく作動しているのを確認し、たぶん、距離感からして膝枕されている状況で瞼を開けた。


 飛び込んできた視界は少し眩しかったが、すぐに慣れた視界で見た人物は――。


「え? あ、……レイエル……さん?」


 あまりの驚きに身体が硬直し、レイエルさんの膝から逃げることは出来なかった。いや、そもそもこの人はレイエルさんなの?


「本当にだいじょうぶ?」


「あ、えっと……うん、大丈夫」


 漆黒の髪と赤い瞳。ゆったりとしたワンピースだけど、やっぱり黒色。首に巻いた包帯がほどけかけているのが気になるけど、見た目は間違いなくレイエルさんだった。


 なんとか身体を起こして正面から向かい合うと、いつもカラスのような得物を狙う獰猛な雰囲気はどこにもなく、どこかおっとりとして、見た目と中身が矛盾しているような気がしてならない。


「こんな所にもお墓があるんだね。あなたの大切な人?」


「うん。私のお母さんみたいな人で、世界で一番美しいドールだよ」


「そう。自分も手を合わせてもいいかな?」


 私が頷くと、レイエルさん? は両手の指を絡ませ、静かに目を閉じた。一分くらいそうして、ゆっくり瞼を開けた。


「あの、あなたは……?」


「自分? 自分は……、えっと、クーちゃんって呼んで」


「え? クーちゃん?」


 本当にここにいるドールはレイエルさんではないのだろうか? 最近は人気のスカイドールの格好を真似する人をたまに見かけるし、ヨギリお姉ちゃんとレイエルさんの真似は特に人気がある。だけどこの人はあまりにも似すぎている。レイエルさんを複製したのではないかと疑うほどに見た目がそっくりだった。


「ちょっとだけ、お話してもいいかな?」


「え? あ、うん」


 私が困惑しているのを見て取られたようで、それを緩和するように向こうから話しかけてくれた。


「“大翼の天使”という物語は知っている?」


「ううん。初めて聞いたかな」


「簡単なあらすじだけど、昔、とある博士は妹さんの空を飛びたいという夢を叶えるべく、翼の研究をしていたの。だけど、人は空を飛ぶことができないことに気づいて、代わりに空を飛んでくれる存在、スカイドールの研究に励んだ。これが私たちのご先祖様、原初のスカイドールに当たるの」


 クーちゃんはポーチから取り出したシートを地面に敷いてポンポンと叩く。そういえばここは雑草が生い茂る雑木林の手前だった。ありがたくシートの上に座る。


「妹さんは病気で床に伏せり、研究を急いだ博士はついにスカイドールを完成させるの。それでここからの展開は市場に出回っている本と原本とで違うんだけどね……」


 クーちゃんはもったいぶるように一度言葉を切り、持っていた水を飲む。どこか悲しい顔をしたクーちゃんは、それから少し視線を膝に落として続きを話した。


「スカイドールが空を飛ぶのを“妹と一緒に見上げた”というのが本の物語。そして、原本の方は、“博士の亡きがらを抱えて飛ぶスカイドールを人々は見上げた”というのが原本なの」


「博士はスカイドールを完成させたけど、何かの病気か何かで亡くなって、妹さんと見られなかった?」


「いいえ。この物語は、これでもだいぶマイルドに修正が入れられているくらい。原本より前、現実にあった事実はこうなの。“年老いた博士の亡きがらを抱える、妹の姿を模したスカイドールが空の彼方へと飛んでいった”」


 クーちゃんの言葉に、私はヨギリお姉ちゃんとアイナさんのことを思い出した。


「妹さんの姿を模した……?」


「結局のところは第三者が見たものだから、これ以上踏み込んだ真実は分からないの。この物語もどこまでが真実なのかも」


「でも、クーちゃんはどうして原本と、現実のお話を知っているの?」


「自分たちはドールの魂について研究しているの。そのきっかけはこの物語から影響されているから」


「それって――」


 レイエルさんが製造されたエンパティ研究所も確か魂について研究していたはず。ヨギリお姉ちゃんの中に眠るアイナさんの記録もたしかそこで……。


 何か線と線が繋がりそうな気がして記録を整理しようとしたが、クーちゃんが立ち上がり、膝を払った。


「ごめんね。もう時間だから、お話はここまで」


「こちらこそ、せっかくのお墓参りの時間を取ってしまってごめんね」


「いえ、自分はもう恩人の人に手を合わせられたので、満足です。それと体調には気を付けてね?」


「うん。もう倒れないようにする」


 シートを畳んでクーちゃんに渡す。私が倒れたせいで汚してしまったワンピースだけど、「黒だから目立たないでしょ?」とフォローまでしてくれて、そこまでしてくれたせいか、私はこのドールはレイエルさんではないと結論付けていた。


 墓地の出口まで一緒に歩いて、分かれ道でお互い反対に進むことが分かると、そこで改めてお礼をした。


「あの、本当にありがとう。クーちゃんが助けに来てくれてよかったよ」


「どういたしまして。困ったときはお互い様って姉上に厳しく言われていたから」


「それと、クーちゃんはスカイドールだよね? レースは出るの?」


「自分は……、もう引退したよ。短距離だったんだけど、怪我でね。だから自分の分も頑張ってね! シイナちゃん。次は絶対勝ってよ」


「うん! 絶対勝つよ!」


「その意気だよ。……それじゃあね。バイバイ」


「バイバイ! クーちゃん」


 お互い背中を向けて別れた。たまに振り向いて、クーちゃんの姿が見えなくなったところであることに気付いた。


「あれ? 自分の名前教えたっけ? それにレースのことも……」


 結局クーちゃんが何者かは分からなかった。似ているのはもしかしたらレイエルさんのお姉さんかもしれないし、レイエルさんから私のことを聞いていたのかもしれない。


「……まあ、いっか」


 細かいことは考えないようにして、ヨギリお姉ちゃんの待つジュエル・レディへと向かった。







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