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太陽の子4

 たとえドールであろうと、毎日の練習はオーバーワークに繋がることがあり、定期的な休みを設けることにしている。


「おーほっほっほ! シイナ、今日は出かけるわよ!」


 部屋の扉をノックされ、私が返事をするよりも先に入って来た、やけに上機嫌なヨギリお姉ちゃんが、久しぶりの真っ赤なドレスに身を包んで私を迎えに来た。


 最近は落ち着いた黒や、イメチェンしたいと青いドレスばかり着ていたけど、今日は前みたいに真っ赤なドレスを選択していた。


「やっぱりヨギリお姉ちゃんは赤が似合うよ」


「でしょう? 白もいいけど、やはり女は燃える赤よ。ブルーな態度の男は焼き尽くす赤で対応しないといけないわ」


 そのブルーというのはおそらくテオさんのことだろうけど、ヨギリお姉ちゃんはもはやテオさんとの関係をネタにしている節がある。


 ヨギリお姉ちゃんからわざわざテオさんの研究室まで挨拶をしに行くほど(それはもう皮肉の域だろうけど)に弄っている。私の前ではいつもテオさんの悪口を言っているが、それでも顔は明るいから本当に弄る程度なのだろう。


「そういえば、この前レイエルに会ったんだっけ?」


「うん。不法侵入していたけど」


 研究所を出て、のんびりと街中を歩いていると、フリルたっぷりの赤い日傘をクルリと回したヨギリお姉ちゃんが、いつ話そうかと待ちわびた様子でレイエルさんの名前を出した。


「レースの度に会うけど、レイエルさんのことはいつまで経っても理解できないんだよ」


「あの子ねぇ、あの子は珍しくファーメイル研究所産のスカイドールではないのよね」


 スカイドールは現在、王都で製造許可が下りているのはファーメイル研究所と、王都の端の方に位置する“エンパティ研究所”の二ヶ所だけとなっている。


 かくいう私もファーメイル研究所で製造されたスカイドールであり、首の後ろにその証である“F”の文字が刻まれている。


 この二つの研究所の製造比率はどれくらいかというと、そもそも私はレイエルさん以外にエンパティ研究所産のスカイドールを見たことがない。


「あっちの研究所ってなんか不気味なのよね。表向きは部品開発とドールの魂の研究と銘打っているけど……」


 ヨギリお姉ちゃんは一度言葉を切って、左胸に手を当てた。


「わたくしという存在はお父様一人で出来る代物ではないわ。こんなのお父様の専門外だもの。絶対外部の力を借りたに決まっているわ」


「アイナさんの……魂」


「魂の記録なんてファーメイル研究所では関わっていないわ。むしろ禁止事項に含まれていて、定期的に厳しいチェックが入るという話よ」


 そうなるとヨギリお姉ちゃんの中に眠るアイナさんの記録は、エンパティ研究所が関わっているのかもしれない。


 そんな研究所で製造されたレイエルさんの気が強いのは、魂の研究成果と言えるんじゃないかな? それが偶然のものか意図的なものかは分からないけど、現代の短距離レースで最強のスカイドールであることは間違いない。


「本当の意味でこの記録は早く眠らせてあげたいし、誰にとってもわたくしの活動可能期間が縮んだことは喜ばしい事だったわ」


「シイナは嬉しくないよ。一人ぼっちになるもん」


 ヨギリお姉ちゃんはしまったという顔をして、バツが悪そうに頭を掻き、誤魔化すように髪をかき上げた。


「ありがとう。わたくしの周りがあんなだから、シイナみたいなことを言ってくれる人が誰もいなくて。正直に嬉しいわ」


 私の頭に添えられる手は優しくてつい受け入れてしまったが、私にはもったいないように思える。


「シイナは一人でやっていける気がしないよ」


「大丈夫よ、あなたは強い。マスターも口にしていたでしょう? シイナは太陽の子。堂々とお日様の下を飛んでいれば何もつらいことはないわ」


 私がどうして太陽の子なのか、その意味は未だ分かっていない。そもそも意味があるのかどうかも怪しい。


 空を見上げると、眩しいほどの日差しが私の目を焼いた。人間と同じく、太陽の見すぎは網膜機関に激しい損傷を与える。瞳孔が閉じて暗転する視界を手で覆って元に戻るのを待つ。ヨギリお姉ちゃんが「何してんのよ?」と呆れた声で聞いてきた。


「シイナが太陽の子なら、太陽を見ても平気かなって思って」


 冗談交じりにそう答えると、ヨギリお姉ちゃんはカラカラと快活に笑う。そして、私の勘違いを訂正した。


「太陽の子ってそういう意味じゃないわよぉ。マスターがわたくしたちを慰める時にそんな曖昧な言葉で済んだことはないじゃない? もっと核心にブスリと迫った酷い言葉だったでしょう? ああ、でもシイナにだけはずいぶん優しい言葉を選んでいたからもしかするかもだけど」


「じゃ、ヨギリお姉ちゃんは“太陽の子”ってどういう意味か分かるの?」


「分かるわけないじゃない」


「もう! シイナをからかっているの!」


 日傘をくるくると回すヨギリお姉ちゃんは上機嫌で、核心を教えてくれることはなかった。


「ただ、入院中のマスターはずっとレイエルについて調べていたわ。エンパティ研究所のこともついでにね。資料は焼いたのかどこにもなかったけど、シイナには内緒にしてくれと言われたわ。あなたのために何か調べていたのは間違いないわね」


「……それ、言ってよかったの? 内緒だったんでしょ?」


「内容までは知らないわよ。ただ、マスターが調べ物をしてそれの解としてあなたを“太陽の子”と呼んだ。この繋がりをどう解釈するかはあなた次第ね」


 これ以上は分かんないと肩を竦めたヨギリお姉ちゃんは今にもスキップしそうな軽快な足取りで先に行ってしまった。


 もう目の前に迫ったドレス専門店ジュエル・レディに向かう。ヨギリお姉ちゃんが顔を出すと事前に連絡していたため、お隣のカフェを貸切っての交流会らしい。私もドレスを着てくるべきだっただろうか?


「お父様……、シイナは……」


 その後に続く言葉は誰にも届かないと知って、静かに口を閉ざした。






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