表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/30

女王の凱旋3

「命令だ、ヨギリ」


 それは一日の練習終わり、わたくしのボディにちょっとした異変を見つけたことをマスターに報告した翌朝のこと。いつものようにマスターを起こすために入室したわたくしに、突然命令が下された。


 カーテンはすでに開かれていて、朝日が舞い込んでいる。しかしここにシイナはいない。もしくはマスターが追い出したか、そうすべき理由があると察する。とにかくわたくしはマスターの命令に従う他はない。


 どんな命令を下すのかと待っていると、マスターはやけに真剣な顔つきで、窓の外を指差した。指差した場所をわたくしは見間違えない。そこは王城よりも高い壁で覆われた白く四角い建設物で、ここは王室のバックアップを受けて最先端のドールを研究する『ファーメイル研究所』という。


 王都の歴史に名を残したドールの大半がこの研究所で創造されるドールであるほど、というより、現在王都でスカイドールの製造許可が下りているのは、ここともう一つしかない。


 ちなみにファーメイル研究所はわたくしの生家でもある。


「ヨギリ、今日は練習を中止し、実家に帰って整備をしてこい。お前の好きなようにボディを弄ってくるといい」


「なんですって? 薄情にもわたくしを追い出したあの家に帰れと?」


「そうだ。ヨギリのボディを正確に把握していたハレーがいなくなった今、お前を満足に整備できるのはあそこだけだ」


「ハレーだってわたくしのボディは満足に整備できていなかったわ。でもそれで問題はなかったし、頑丈なわたくしならこのままでも――」


「ダメだ! この後すぐに行ってこい」


 マスターに一喝されると、わたくしからは何も言うことができなくなった。マスターの命令は絶対、その掟は不変であり、ドールは命令に従わなくてはならないが、わたくしは少々特殊な事情で命令を無視することも可能だった。


 ここにいるマクロという男はわたくしの本当のマスターではない。だから命令というのもわたくしがマスターへの恩が命令を受諾しようとしていた。


「どうしても……、わたくしを見捨てたお父様に会いに行けとおっしゃるので?」


 マスターは何度も言わせるなとばかりに首を縦に振った。どういう意図があってわたくしをお父様と会わせようとしているのかは分からないが、わたくしはあの家を視界に入れることも嫌うほどに憎んでいる。しかし王都のどこにいても目立つあの建設物を見ないで過ごすにはあまりにも日常が不便すぎる。


「外から技師を雇ってはダメなのかしら?」


「ダメだ、お前の整備はあいつが行う契約だ。話は通してある。行け」


「……ッ!」


 最後の望みも虚しく、最後は口調も強く命令が下された。久しぶりに怒りの感情が込み上げてくる。


「…………」


 ドールは『負』に該当する感情を長く維持しないように出来ている。だからこの怒りもすぐに消えた。結果、虚しさだけが残った。


 地団駄を踏もうとした持ち上げた右足を静かに下ろした。冷静になった今、ヒールの踵を折るのは勿体無いと思った。


「今日一日、暇をもらうわ」


 マスターは答えない。分かっている。本当はわたくしの顔を見たくないことくらい。





 間近で見上げる“実家”はやはり迫力があった。


 ファーメイル研究所は数多の倉庫が高い外壁に囲まれながら敷地内に並んでいて、中央に研究員が住み込みで働けるように建設された巨大な屋敷がある。


 敷地に合わせた正門もまた見上げるほどに高く、精緻な装飾は流石の貫禄だった。


 守衛にはわたくしが睨みを利かせると顔パスしてくれる。本当はドールの照会をしなくてはいけないが、時間がかかる上に担当の者が見えないから無理矢理通る。わたくしの悪いところだけを聞いたであろう守衛にはこれが効く。何か上に報告してくれるなら好都合、向こうから出向いてくれる。


「たまに見たくない顔がやってくるけど」


 守衛の一人が報告したのだろう、屋敷の扉が開き、少女が後ろに傍付きを従え、わたくしの前に姿を現した。ちなみに以前、わたくしに仕えていた老齢のメイドはわたくしの家出を手助けした疑いで解雇処分となった。今は元気にしているだろうか。


「あら、お姉さまじゃないですか。家出した身でのこのこ帰ってきて、恥ずかしくないんですかぁ?」


「あなたに用はないわ。ごめんあそばせ」


 妹、アサギリの横を通り抜けようとすると、彼女は通せんぼするように進路上に立ち塞がった。アサギリのハーフアップの銀髪が縦に揺れる。ドリルのように巻いたその髪を引っ張ってやりたい。


 自信に満ちた表情で、わたくしを見上げる彼女の顎は上がっていて、わたくしのことを見下しているのが見て分かる。


「……なにか?」


「なにか? じゃないですよ。何の用があって我が家の敷地に土足で踏み入れているのかと聞いているのです。もしかして忘れ物ですか? なら、もう物はありませんよ。すべて燃やしましたから」


「そう、……片づける手間が省けたわ」


「何を強がっているんですかぁ? すべてですよ? すべて。お姉さまがその身一つで出て行ったから、部屋にはお姉さまの思い出の品々が残っていたのに。ドレスやアクセサリー、化粧品なんかもすべてです」


 ぺらぺらとよく回る口で嬉々と語る彼女はどれをどのように燃やしたかを細かく語り始める。もうわたくしの物は残っていないことは分かっているから、適当に聞き流そうと思ったけど、気になったことが一つ。


「アサギリ、ちょっといいかしら?」


「なんですかぁ? あ、家具はマキ代わりになったそうですよ」


「タンスの中にあった写真立てはどうしたかしら?」


「写真立てですか? あー……そういえばありましたね。お姉さまと痩せた男性、それとお父様が写ったモノクロ写真ですよね?」


「それよ。どうしたのかしら?」


「どうしたって、そりゃ燃やしました。お父様と一緒の写真なんてお姉さまにはもったいないですから」


「…………そう」


「あれ、もしかして大切な物でしたか? ごめんなさいね、教えてくれれば保管したのに」


「いいのよ。あなたが燃やさなければ、今日、わたくしが燃やしていたわ」


 保管してくれたところで脅しとして利用してくるのは目に見えている。だったらこちらの手札はゼロの方がやりやすい。


「じゃあもう用事は済みましたね。回れ右してお帰りください」


 妹が口の端を吊り上げながら綺麗なカーテシーをする。ふわりと膨らんだスカートから伸びる細い脚は傷一つなく、お父様に愛されている彼女はしっかり整備されているようだった。


 わたくしが最後にオーバーホールしたのは家出する前、もう四年以上前のことだ。レースの度に傷つくボディのメンテナンスはハレーが可能な限り直してくれたが、接触によるヘコミや破損はどうしようもなく、活動に支障がない限りそのままだった。


 お父様は家出したわたくしに一度だって声を掛けに来ない。わたくしは本当のマスターであるお父様に愛されていない。今日だって会うことを恐れている。


 悔しいが妹の言う通り引き返そうとすると、玄関扉が開き、皺一つないきちんとした白衣を着た男が現れた。


「あ、お父様、おはようございます!」


 彼女はわたくしのことなんか興味を失くしたみたいにパッと後ろを振り向いた。親に甘える子どものように笑顔を振りまいていた。


「テオお父様……」


 わたくしとアサギリの生みの親であるテオお父様は、ひょろりとして背が高く、いつも寝不足なのか目の下に大きな隈をぶら下げている。ギョロリとわたくしの方へ視線を向けると、しばらくそのままわたくしと視線を交わす。故障が起きたわけでもないのにどうしてか視線を外せない。やがてお父様が長い瞬きを一つすると、わたくしの身体は動くようになった。


「ヨギリ、何をしている。時間は限られているんだ。早く来い」


「あ、えっと……」


(四年以上ぶりの再会に、一言目がそれなの?)


 歓迎されないのは想像通りで、事務的な口調を向けられるのも分かっていたけど、口答えを許さない迫力に足が前に進まなかった。


「お父様、お姉さまがなんの用なんですか?」


「アサギリには関係ないことだ。時間がない。離れてくれ」


「嫌です! お父様、今日は私とお茶をする約束です」


「そんな約束はした覚えがない。それに、ドールは水があれば十分だ。余計な手間が増えるようなことはするな」


 わたくしがお父様と会うことが気に入らない妹は、してもいない約束でお父様の気を引こうとしているが一蹴される。


 お父様の意識が彼女へ向いている今、早足でお父様と彼女の隣をさっさと通り抜けて開かれた扉の先へ進んで待つ。


「あ、お姉さま! くっ……。そ、そうだ、お父様! お姉さまったら自分の部屋にあった写真を捨てられたからって私に手をあげようとしたんです!」


「アサギリ! わたくしはそんなことしていないわ!」


「ほら、こんな激昂して、私怖かったんです」


 違う! そうじゃない! わたくしが怒っているのはそんなことじゃない。早く、今の発言を取り消しなさい! そうしないと、そうしないと――。


「…………」


「あ、あの、……お父様? 私、怖かったんですよ?」


「ヨギリ」


「……なによ」


「写真というのは、“あの写真”か?」


「……そうらしいわ」


「そうか」


 お父様は力任せにアサギリを引きはがす。


「キャッ! お、お父様?」


 地面に捨てられたアサギリは、恐る恐るお父様を見上げた。ここからではお父様がどんな表情をしているかは分からない。ただ、お父様が怒りの感情を抱いているのは伝わってくる。


 彼女を拒絶するように玄関扉を後ろ手で閉めたお父様は、何事もなかったかのように顔を上げて、スタスタと歩き出す。


「行くぞ」


 お父様がわたくしの傍を横切る際、大きな手がわたくしの頭に載せられた。


「――――ッ!」


 それを力任せに振り払う。今更その手で撫でられたくない。


 振り払われた自分の手を見つめたお父様は、わたくしの目を見ることなく「悪かった」と謝罪すると、背中を丸くし、白衣のポケットに手を入れて歩き出した。


 見れば分かる。お父様は怒っている。でもその怒りが伝わってくることはない。なら、お父様は何に対して怒っている?


「捨てたくせに、今更謝罪なんて聞きたくなかったわ」


 お父様に聞こえない声量で呟いたわたくしは、静かに目の前の猫背を追った。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ