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ハレー彗星10

ヨギリ視点

 次々とドールがゴールへ吸い込まれていく中、観客は呆けたみたいに揃って口を開き、中には指を差して空を仰いでいた。


 ゴールしたドールも何事かと後ろを振り向き、そして、魅入っていた。


 神の手が雲を掻き分けたように開かれた青空から、伸びる一筋の光。


「何よ、それ」


 わたくしの口から自然と漏れたその言葉は、怒りを通り越して呆れが混じっていた。


「美しいじゃないの」


 青紫色の光は青い空を切り裂いて、一直線に進んでいる。彼女が死に行こうとしている。


 所詮は過去のドール、流行遅れも甚だしい型落ちドール。そんな揶揄ばかり思いついていた過去のわたくしを引っ叩き、彼女の生き様を真似させたいほど。


 レースでもあんなに高くは飛ばない。雲の中を突っ切るなんてもってのほか、彼女のような馬鹿みたいな頑丈さを持ち得てこそできる芸当。


 彼女の飛行を前にして、分厚い雲は恐れをなしたように引いていく。同時に姿を現した太陽が、上空を舞う彼女の破片を煌めかせる。


 キラキラ、キラキラと、雪のように。


「あ、あれ!」


 観客の誰かが声を上げ、上空を指さした。青紫に輝く彼女とは別に、観客の注目を集めるものが突如現れたのだ。


「あ、天の階……?」


 一筋の光が通り過ぎて、彗星の尾を引いた後の煌めきの中に現れた螺旋状の階段。ガラスのように透明で、煌めきを通してでないと見えないそれは、果てがなく、空高くへと、どこまでも伸びていた。


「ハレー……そこにいるのね」


 きっとあれは、天国へと通ずる道。わたくしたちのような無機物であろうと、還る場所があるという証明。


 わたくしは、これ以上に美しいものを知らない。


「ねえ、なんであんたはそんなにも美しいのよ。型落ちで、所詮は過去のドール。わたくしの方が輝けるはずなのに……、どうして!」


 観客のざわめきにかき消されるわたくしの叫びは、果たして彼女に届いているだろうか。


 魅せるということの意味を叩きつけられたわたくしは、拳をぎゅっと握る。ヒントは貰った。


 わたくしに出来ること、わたくしだから魅せられること。過去と比較することが癖だったハレーに倣って、一度振り返る必要があるのかもしれない。


 青紫の光が少しずつ薄れていく。燃え尽きようとしていた。


 破片の煌めきもまばらになり、たまに地面に落ちてくるようになった。


 混乱めいたこの状況をどうにかしようと運営が動き出す。セカンドクラスのレースを閉じようと着順が表示された大きな電動掲示板を消そうとするのをわたくしは急いで止めに入る。


「待ちなさい! まだ終わっていないわ!」


 レース中にコースへの立ち入りは禁止されているが、今ばかりは誰かが行かなくてはならない。


 走る。これはバトンを引き継ぐわたくしの役目。


 彼女の有終の美を褒め称えなくてはならない。


 わたくしはゴールライン上に立ち、両手を広げてその瞬間を待つ。


 やがて落ちてきた一つの部品を両手でしっかりキャッチし、胸元に抱えた。


「おめでとう、ハレー。あなたが優勝よ」


 銀色の羽がそっとゴールラインに触れた瞬間、掲示板にハレーの名前が刻まれた。







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