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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

トカレスカ騎士団シリーズ

トカレスカ騎士団 とある少女と騎士団総長のお話

 とあるとある世界、とあるとある時代、あるところに騎士団がありました。人類史でいえば中世くらいの技術力をもった社会の中で人々が魔法を使える世界。その世界に騎士団はありました。


 大陸が剣と魔法を以て血で血を洗う絶滅戦争を経験してそれまでの文明社会がほとんど崩れ去ったあと、文明の瓦礫の中から立ち上がるものが現れた。その名を、アニール・トカレスカと呼ぶ。

 人間でありながら左半身が火傷で焼けただれて黒く変色した外見をしており、秩序の化物と呼ばれながらトカレスカ騎士団の長として野盗や魔獣の跋扈する大地を平定していったアニール・トカレスカ。


ーーー今日の物語は、そんな彼女、アニール・トカレスカがある日野盗の征伐に出かける話。




【トカレスカ騎士団初代総長アニール・トカレスカの場合】


 碧い髪を靡かせ、炎のように燃える瞳を湛えてアニール・トカレスカが乗馬する。部下が彼女の元へやってきて報告をする。


「野盗の人数はざっと18人です。しかし珍しいですね、総長が直に出撃するなんて……」


「部下の兵士たちに任せてばかりではいられないからな。それに、まだ騎士団を立てようとしていた頃の私なんか毎日闘ってばかりいたからな」


 50人。それがアニールが今回率いる人数だ。うち20人が弓をつがえ、20人は槍を持ち、あとの10人は荷物運びだ。


「さあ、行くぞ!!!」


 アニールの激に全員が応え、出撃する。



 結果は、快勝であった。森の中に居を構えていた野盗どもは突然の火弓におどろいててんでばらばらに逃げ回り、統率の取れない武装集団は弓と矢で個別に撃破していったのだ。

 家を背にしながら武器を下ろして投降するものが居る。アニール・トカレスカがその前へ歩き出る。


「お前たちがこの周辺一帯に出した被害は甚大であり、お前らへの罰は皆殺しと決まっている。なにゆえ、ひざまずくか?」


 威厳のある声に、投降した野盗が怯む。だが勇敢にもその野盗は声を張り上げる。


「あんたに頼みがある! この家の中にいる子供だけはたすけてやってくれ!」


「それは私たちの義務だ。ひとを助けることは頼まれてやるようなことではない」


 ほっとした野盗は首を差し出す。アニール・トカレスカは彼の覚悟を感じ取り、首を刎ねてやる。


 ブシュッ。首から出る血潮が、玄関のドアから顔を出した少女の顔に塗れる。


「お、おとーさん……?」


 少女は、自分の親代わりだった人の地面に転がる生首を見て、瞳孔が広がる。続いて親代わりの仇である左半身の火傷の化物の姿を見る。


「……お、おとーさんになにをした………わ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!」


 少女が泣き喚きながら走って逃げ出す。アニールが顎でしゃくって他の団員に指示を出し、少女を捕らえさせる。少女は団員の腕の中で泣き喚きながら大いに暴れ、気絶するように眠った。




 少女が目覚める。頭上には、磨かれた石の天井がある。自分の横たわっているところが柔らかいと気付いた少女は、高級なベッドの上で寝ていたことに驚く。


「おっ、目覚めたか」


 ドアが元気よく開いて、薄暗かった室内が急に明るくなる。入ってきたのは茶髪に茶色い眼の男だ。但し、顔や手などの肌が見えるところには数十の傷跡が刻まれている。


「ひっ……」


「待て待て。俺は味方だ。エルベン・シエジウムだ」


 見た目とは裏腹な優しい声音に幼女が警戒心を解く。


「…わ、わたしは…」


 自己紹介し返そうとして、自分に決まった名前がないのを思い出す少女。


「……な、名前がありません……」


「そうか。名前は後々にして、とりあえず一緒に朝食摂ろうか」


 エルベンが少女を誘うが、少女の足は動かない。流石に警戒しているのだろう。


「あ、あんたたちはなに?」


 戸惑いがちに問うてくる声にエルベンが答える。


「トカレスカ騎士団。俺はその副長をやっている。名前くらいは聞いたことがあるかな」


 少女にも聞いたことがある。名を聞かないものは居ない。大陸に轟く、おおきな騎士団。秩序の守り手にして随一の戦力を誇る大軍団。


「君は保護されたんだ。野盗の拠点にいた君をアニール・トカレスカが保護したんだ」


「あ……アニール・トカレスカさん」


 少女がそのなまえを繰り返す。彼女を助けてくれた恩人の名前、忘れるわけにはいかなかった。


「さあいこう、アニールが待ってる」


 エルベンの後についていく少女。少女の脳裏には、左半身が焼け爛れている人間のカタチをした化物が親代わりだった人を殺した風景が焼き付いていて首を何度振っても払えなかった。


「さあ、ここで朝ごはんを食べよう」


 テーブルの上に料理が並んである部屋。その部屋に入った瞬間、少女が目を見開いた。


 そこに、親代わりの仇がいたから。左半身の火傷痕。忘れ得ぬ、仇敵。


「あ、あ、あ……」


「お、おい!」


 エルベンの制止を振り切って涙を流しながら少女がテーブルの上のナイフを手に取り、アニールめがけて刺そうとする。ーーーが、アニールの右手に掴まれて阻まれた。


「はなせっ! おとーさんの敵! 仇! おとーさんをかえせええええええええええっ!」


 喚き散らす少女をアニール・トカレスカは悲しそうな、憐れむような目つきで見ている。


「おいおい、アニール。お前まさか……こいつの目の前で野盗殺しちまったんじゃねぇだろうな?」


 アニールから少女を引っぺはがしたエルベンが問う。


「……その私の殺した野盗が、なんかその子の親っぽいんだよね……」


「馬鹿か! 先に言えや、そういうことはよォ! 朝食会が台無しじゃねーかぁ!」


 エルベンがアニールに怒って、泣きながら暴れる少女を別の部屋に運んでやる。少女は散々泣いて恨み言を沢山吐いたあと、気絶するように眠った。



 少女が目を覚ます。見るのは二度目になる、磨かれた石の天井。身体を起こして周囲を見回す。すると、白く仄かな光を放つ羽根が周囲に舞っているのがわかる。奇妙だけれども、少女には心の落ち着くような風景だ。


「お目覚めですか?」


 声のしたほうを少女が振り向く。ーーーそこには天使がいる。天使が舞い降りてきたのだ。その名は。


「おはようございます、私はユーア・パステルス。トカレスカ騎士団の一員にして、天地をすべからく癒やす者。以後、お見知りおきを」


 天使が床に足をつけて、丁寧にお辞儀をする。そのあまりの美しさに、幼女は涙せずにはいられなかった。


「よ、よろしくお願いします、天使さん……」


「ご飯はまだ食べていないのでしょう? この部屋で私と一緒に食べましょう。あと、先程はおはようと言ってしまいましたが、今は夕方でした」


 優しい声音に、さっきまでの荒んだ心が癒やされるような心持ちが少女にはした。

 2人が丸テーブルを挟んで向き合い、ご飯を食べる。お互いの食事のキリがいいところで少女が天使に向かって質問をする。


「あの、体の半分が黒っぽい人ってなんでここにいるの? あ、髪が青い人なんだけど」


 それを言われて、ユーア・パステルスが少々心苦しいと言うような表情をする。


「それは、あなたの親の仇のことでしょう? 確かにここにいますが……」


「やっぱり!! あいつ悪いんだよ、おとーさんを殺したのさ、見たんだからね!! 信じてよ!!」


 少女が手をテーブルに叩きつけ、料理が床に飛散する。


「……落ち着いて。ゆっくりお話しましょう」


 天使に宥められて、少女はゆっくりと呼吸を整えて心を落ち着かせる。


「ゆっくりお話したって何も変わらないと思うけどなあ」


「そうですね。何も変わりません。でも、聞いて下さい」


 少女がだ液を飲み込んで、天使の話に耳を傾ける。


「まずあなたの父親? のことですが、確かにあなたにしてみれば愛すべき、立派な親だったかもしれません。一緒にご飯を食べた記憶も、一緒に遊んだ記憶もあるでしょう。……ですが、残酷なことですが、あなたの父親はあなたの見えない所では、他の人から奪い、殺す、そんな非道なことをしていました」


「ち、ちが……」


 ユーアの言葉を否定しかけて、少女は親代わりの人に感じていた違和感を思い出した。確かに一緒に遊んだりご飯を食べたりはしたが、いつも家から出してもらえなかった。親代わりの人が何の仕事をしているか知らなかった。毎日どこかに行って帰ってくるあの人の手からはいつも微かに血の匂いがしていた。

 ーーー結局、少女はユーアの言葉を否定できなかった。代わりに、黙りこくってしまった。


「お話を続けます。私たち、トカレスカ騎士団はそのような輩を倒し、この大陸を平和にしていくことが使命です。ですから、あなたの父親は私たちトカレスカ騎士団が倒さなければならない人だったのです。そして、実際に殺しました」


 ユーア・パステルスが幼女に向かって頭を下げる。


「使命のためとはいえ、あなたの家族を殺めてしまったことをトカレスカ騎士団の一員として謝罪します。申し訳ありませんでした」


「……」


 少女が黙ったまま、しばらくの時間が過ぎた。それから、少女が重い口を開ける。


「……誰なの、私のおとーさんを殺したのは」


「我らがトカレスカ騎士団のトップにして騎士団の創設者、アニール・トカレスカ総長です」


 名を聞く前から、そうかもしれないと幼女は思っていた。だって、アニール・トカレスカの御姿はその特異さ故に名前とともに大陸中に響き渡っていたのだから。


「……アニール・トカレスカ、ね。その人から謝罪されないと気が済まないよ」


 恨みのこもった声で少女が言う。だが、ユーアは首を横に振る。


「騎士団の者が、罪あるもの者の遺族に対して謝罪したりするのは、本来ならばタブーなのです。それは騎士団側に非があると取られかねないからです。特に、アニールさんはそのような行為は自らの誇りのためには絶対にとらないでしょう」


「……じゃ、いいや。でも、会わせてくれない?」


「分かりました。少しお待ちを」


 ユーアが部屋を退出して、少女が待つこと十数分。ユーアが落としていった羽根を少女がいじっていると、ユーアが戻ってきた。


「いま、会えるって。行こう」


 それから外側の回廊を回って歩く。少女は今まで気づかなかったが、今いるのは城らしい。柵の向こうの夜空に、大三角形の星座が見える。その大三角形のうちひとつの星は、鷲を表す星座のひとつらしい。遥か大昔にはほかのふたつも何かを表していたそうだけど、極寒の過去に忘れ去られてしまったらしい。


「ここだよ。アニール、入るよ」


 ユーアがノックし、少女が唾を飲み込む。2人して部屋の中に入る。闇の帷が降りた部屋の中でろうそくの明かりだけが半身火傷のアニール・トカレスカの顔を照らしている。


「君は……名前が無いんだったね」


「……はい」


「私は心配だったんだ。体調が優れない所は無いかい? お腹は空いてないかい?」


 少女が首を横に振る。それから一歩前に歩き出て、首を垂れる。ユーアが、まあ、と驚きの声をあげる。


「あなたを襲ったこと、謝る。……ごめんなさい」


「気にしないでくれ。元より、沢山の恨みを買っている自覚はある。だから君も、謝らなくていいんだ」


 落ち着いているが、聞いていると気圧される声音だ。それでも少女は正直に、言いたいことを言う。


「いいえ。これは私が悪いと思ったから私が謝りたいの。おとーさんは、いいひとだったけど薄々気づいてたの、よくないことをやっていると……。だからあなた方は正しい。正しいのに、手を挙げた私が悪い」


 少女は今にも吐きそうな気分と戦っている。優しかった親代わりの人を思い出しながら、彼を悪人だと自ら認めるように謝罪しているからだ。少女のかつての日々の思い出が汚れてゆく、そんな思いだ。それでも、少女は頭を下げる。


「私はこれから、正しいやり方で生きていくつもり。……お世話になりました」


 頭を上げて、少女とアニールが目を見合わせる。少しの間が立って、決心したような顔でアニールがひとつの提案を持ち掛ける。


「君、私の養子になるつもりはないか?」





 少女からの返事は、考えさせてください、だった。

 大陸に名が轟く、誉れ高き騎士団。その始祖にして最高の英雄とも目されるアニール・トカレスカの養子になる事はとても誇り高き、誉れ高きことなのだ。故に少女はためらった。

 理由はふたつ。ひとつ、最高の英雄の養子になる事が眩しすぎるからためらうのだ。ふたつ、自分の親のような人を殺した人に対して恨みの気持ちが消えたわけじゃないから。恨みの感情はいま論理の頭で抑えているに過ぎない。アニール・トカレスカと暮らしていくうちに恨みの気持ちが燃え盛ってまた襲ってしまいやしないかと少女は心配なのだ。


「腹が決まるまではここにいていいぞ」と騎士団の総隊長である緑髪の槍使いウインダムズ・ウィンガーディアンに言われはしたものの、いつまでもいるのは流石に申し訳なかった。

 アニール・トカレスカと話したとき、ろうそくに照らされたトカレスカの瞳は優しかった。あの瞳は鮮烈に覚えている。身寄りのなくなった身としては申し出は非常に有り難かったし、不自由ない生活の保証もされる。それでも、一緒にいられない理由がある。


 


 少女は、やはり断る選択をした。アニールの執務室で、彼女にその旨を伝える。


「そうか。……里親を探してやれるが、どうする」


「そこまでお世話になるわけにはいかないので、自分ひとりの力で生きていきます」



 それ以上はアニールも少女も何も言わなかった。

 ユーアが城の門まで少女を案内してお見送りする。夏のなまあたたかい風が吹いていた。


「ほんとに……ひとりで大丈夫?」


「……こうするしかありませんでしたので。私は私で生きてゆきます」

 ユーアが手を振り、少女もそれに応じて手を振る。丘の上に位置する城を離れて城下町に行く少女。


「さて、ここで仕事を探さなくちゃ」




 二ヶ月後。結果から言えば、少女はこの二ヶ月間に過酷な目にあっていた。最初の1週間になかなか職が見つからず、やっと見つけたのは住み込みで隊商の雑用をする仕事だった。やっと見つけた職だからと何も考えないで応募したのが駄目だった。殴る蹴るは当たり前で、隊商と共に移動するから旅の過酷さも少女に襲いかかっていた。今の少女は、虚ろな目で淡々と雑用をこなしている。

 ある日、トカレスカ騎士団の本拠地から少し離れた野路を少女の働く隊商が通ってるときだった。


「なんか森のざわめきがいつもと違わねえか…?」


 そういったのは、隊商の中で一番のベテランである。その言葉を聞いた護衛隊が一斉に武器を構え、隊商が停止する。

 ーーー関の声を上げて、野盗どもが森から襲いかかってきた! 護衛た隊が応戦しようとしたとき、矢の雨が降り注いで護衛隊の隊員数人かに刺さってしまった。

 矢の雨に困惑して統率の乱れた護衛隊に威勢よく襲いかかる野盗ども。その様子は誰の目にも明らかに、野盗どもが有利だった。その様子を、少女はただ突っ立って見ている。


(これ、もし負けたら私って死ぬのかな。 ……生きる意味とか分からないし、それでもいいかもしれない)


 元の親が誰だったのか分からない。親代わりの人は野盗と言う悪人だった。自分には良いことが何一つも無い。少女はそう思い、自分の人生に価値を見出せなくなっている。

 護衛隊が苦戦しているのを見て、隊商のベテランが急いで色の付いた狼煙を上げる。トカレスカ騎士団に助けを求める狼煙だ。


「よく聞けい、野盗ども! 私は今、トカレスカ騎士団に助けを求めた! お前らはこれから大陸最強の軍団の力をこれから相まみえるようになるであろう! 命惜しくば、この場から立ち去れい!」


 しかし野盗どもは笑う。ついにはこんなことまで言い出す始末だ。


「おつかれさん、隊商さん。誘き寄せの協力ありがとうございっ」


「な……!?」


 野盗どもは、鬼をも黙らせるトカレスカ騎士団の名を聞いても怯まず、隊商に攻撃を続ける。護衛隊や隊商メンバーが槍に貫かれて倒れ、矢に刺さって倒れ、剣に斬られて倒れる。

 ついに野盗どもが隊商を丸ごと奪おうとしたとき、輝かしきトカレスカ騎士団が到着した。その先頭は、アニール・トカレスカだ。アニールが周囲を見回すと、2ヶ月前に介抱して別れた少女の姿が目に入り、歯を強く噛み締める。ーーー日常の暴力の跡が少女の身体に残されていたからだ。

 少女のことは一旦おいといて、アニールが状況を把握する。


「……野盗は、隊商を襲っている約30人だけではないな。まだ森や岩陰に隠れているのが……150……私は誘き寄せられた、か」


 この襲撃地点に一番近かったのが、様々な行事などで本拠地から少し離れていたアニール達だったのだ。野盗どもはそのスケジュールを把握し、誘き寄せの計画を立てていたのだ。

 アニールの隊は50人。対して野盗は180人。野盗といっても兵士崩れが多く、統率は少しばかり取れている。数の劣勢にも怯むことなく、アニールが号令をかける。


「槍もて弓もて、我が剣に続けよ騎士団!!」


 隊商を護るために、まず隊商を襲っている方へ突撃するトカレスカ騎士団。アニールの予想通りに襲撃者が隊商を諦めて後退し、森から潜んでいた者たちが野路に出てきて挟み撃ちにされる。アニールはこの後に起こる出来事を先に察知する。このまま隊商を囲って挟まれたままでいては動けずに矢の雨を降られてやられる。ならば選択肢はひとつしかない。野盗がいない方の北の森に全員紛れ、増援が来るまでの時間を稼ぐことだ。そこまで考えて、アニールは号令をかける。


「全員、隊商の者たちを連れて北の森に紛れよ! そして、増援までの時間を稼げ!!」


「応!!!!」


 野盗が弓を射る準備ができる前にトカレスカ騎士団の隊員たちが怯える隊商の者を起こし、森の中に紛れる。


「おい、少女! 立てるか? 逃げるぞ!」


 アニール自らも、地面にへたり座る少女を逃がそうと膝をついて声を掛ける。だが、その少女の眼に力は無い。


「……アニール様、久しぶりですね。でも私のことはいいですから……」


「どうでも良くない。悪いが無理やりにでも守らせてもらう」


 そう言ったアニールが少女を担ぎ、森の中に紛れる。


 トカレスカ騎士団の者は増援が来る時間まで耐えようと必死に抵抗する。矢の雨は森の枝葉に遮られて効果が半減し、野盗らは森の中に突入せざるを得なくなる。


「槍の壁を形成せよ! 矢で真っ直ぐ射って、出来る限り近寄らせるな!」


 隊員が槍の壁を形成し、その隙間から矢を番えることで鉄壁の守りを作る。その後ろには、守るべき隊商の者たちが控えている。

 野盗側には粗悪な槍の持ち主が多い。これならトカレスカ騎士団の槍手が槍を振るうたびに相手の槍を破壊し、無力化できるだろう。


「来るぞ、みな息を合わせろ!」


 そう叫ぶアニールの脳裏には、傷ついた姿の少女があった。二ヶ月間の間に何があったか心配でならなかった。だがすぐに意識を変えて、目の前の敵を対処することに集中する。


 ヤーッ!!と声を上げて野盗どもが槍を構えて突撃する。兵士崩れが多いのか動きは妙に統率が取れていたが、槍の性能と練度はトカレスカ騎士団の方が上。野盗どもは槍を壊され、突き伏せられていく。夜盗どもの死体が積み重なっていって、自然と屍の丘が防柵の役割を担うようになった。

 トカレスカ騎士団が1人の欠員を出さないまま夜盗が30人やられたところで、夜盗どもの足が止まる。明らかに怯えの感情が彼らの顔に張り付いている。———だが、敵の指揮官はまだ怯んでいなかった。


「槍では駄目か。こうなれば弓で真っすぐにちまちま射っていくしかない。どうせ森の中での射難さはトカレスカ騎士団も同じだ」


 野盗が弓の直射体勢に入る。木々に阻まれながらも矢が隊員たちのところに飛んでくる。ドスン、ドスンと力強く木々に刺さる矢の音が隊員の後ろの隊商たちの気力を削いでいく。騎士団も応戦して直射する。しかし、数が多いのは野盗。数の利に押されて、隊員がひとり、またひとりと倒れてゆく。


「くっ……更に森の奥へ! できるだけ時間を稼ぐことを意識しろ!」


 後退するトカレスカ騎士団。前進する野盗たち。命絶えてゆく隊員の断末魔を聞きながらアニールは歯を食いしばって矢を払いのけて指揮する。


 少女は虚ろな目で見ている。傷から血を噴き上げながらも少女らを守るトカレスカ騎士団の背中を。そして、こう思うのだった。


(不利なはずなのにどうして逃げない? 私たちを捨てて逃げないのかな……)


 矢を胸に受けながら立っている者がいる。腕を捥がれてもなお肉の盾にならんとする者もいる。彼らを突き動かすものが何なのか、彼女には気になった。———ボロボロな騎士団の背中が後光を受けて、輝かしく見えた。

 だがそれは少女の話。ボロボロになりゆく騎士団を見て、隊商のひとりがうろたえて逃げる。


「も、もうだめだ! 俺は自分で勝手に逃げ———」


 ドスン。騎士団から離れた人が、野盗の矢を腹に受ける。矢が刺さった人は声も出ず血を吐いて倒れる。恐怖がその場に伝播し、隊商の者たちが一斉にパニックになってほうぼうに逃げ出そうとする。


「うろたえるな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 大きな声で、アニールが檄を飛ばす。その言葉は実績の重みを伴って、隊商たちの足を止めた。


「心配かけてすまない。だが、私たちはあなた方を必ず守り切る。信じて欲しい」


 アニールが隊商の者たちを見渡し、最後に少女の姿をその瞳に捉える。少女の視線とアニールの視線が繋がる。


(無理だよ。私たちのことなんかほっといて逃げればいいじゃん)


 少女の瞳が、そう語りかけているようだった。だが、アニールの瞳は優しさと勇気に溢れている。


(大丈夫さ。守り切るさ。こんなこと、今までも沢山あったさ)


「はっ……」


 少女には、そう聞こえた気がした。アニールが隊員たちの列の前に出る。———有らん限りの空気を吸って、叫ぶ。


「聞けよ、我が名を! 我が名は、トカレスカ騎士団総長アニール・トカレスカ! ソルドラス大陸に秩序を齎す者にして、陸空海の三界に名を轟かせる者だ! 聞けよ、数多の命を殺めし罪人共よ! 最早お前らは今進むとも引くとも後に来る千万の我が騎士団に斬首され命果てる定めの身! ならば今、私に進め! 私の剣にてその命を捨て、遥か深き冥府にて私の名を轟かせよ! 私は、大陸の運命を塗替えし秩序の化身、アニール・トカレスカなるぞ!」


 その声は天地を揺るがし、人びとの心を震わせた。今までに沢山の敵を葬り、血塗れた剣で人々を平和と秩序に導いた道程がアニール・トカレスカを秩序の化身たらしめている。隊商の者たちにも隊員たちにも、少女にも、アニール・トカレスカの姿そのものがこの世に非ざる神のものに見えた。


「うろたえるな。やつとて人間。矢を射れ」


 野盗の指揮官は流石だ。狼狽えることなく冷静に次の一手を命じる。弓手がアニールの言葉に狼狽える時間を与えられずに弓を射る。


 ビュオッ!


 一本の矢が風を切ってアニールめがけて飛翔する。まるでアニールの神々しさなんて知らないかのように矢は飛ぶ。


 キィン。


 だが、矢は弾かれる。アニールに刺さる寸前で、彼女に拒絶されるようにアニールの剣で弾かれたのだ。


「これだけか? もっと私に向かって来いよ! 無辜の民の血で大地を汚す野盗どもよ、私を倒してみろ! アニール・トカレスカという名の秩序を倒さぬ限り、お前らの望む混沌の世は訪れない!!!!!」


 魔法とはまた違う、神の威というべきオーラを纏いながらアニールが野盗たちの方に近づく。無数の矢がアニールに殺到する。アニールの剣の閃光が迸って、数多の矢を叩き落し続ける。剣を逃れて迫る矢には魔法の障壁を作って防ぐ。


「どうした!!! お前らの目的は私なんだろ!!! 臆病者は去れい!!! 恐れ知らずの者はその魂に秩序の何たるかを刻みつけてから冥府に飛ばしてやる!!!」


 四人の野盗が槍の先を揃えてアニールに突撃する。戦場に於いてメインウェポンである槍。リーチが長く相手を寄せ付けない、戦場に於いて最も多く最も強い武器。だが、アニールには関係ない。槍と槍の間にするりと入って敵の内側に潜り、アニールは左下から右上に斬り上げて2人の首を刎ねる。残るふたりの槍の持ち手は反応が遅れ、胴を真っ二つに斬られる。今度は十の槍が襲い掛かる。


 するり。


 という音さえ聞こえそうな身のこなしで槍の殺到を避け続けるアニール。まるでアニールから溢れ出る神威のオーラが敵を寄せ付けないかのように、野盗の攻撃が当たらない。幽玄なる威の衣を纏ってアニールが躍る様に一定のリズムで斬ってゆく。今度は野盗どもの手首が草葉の上に落ちてゆく。手首を失った野盗どもは痛みをこらえきれずに大地に伏して自ら頭を差し出し、斬首されてしまう。

 アニールの進撃に怯む野盗たちだったが、ある1人がアニールの肩が上下しているのを見て叫ぶ。


「見ろ! あいつ疲れてるんだ! あいつだって人間だ、俺たちがやってやれないことはない!!!!!」


 ちっ、とアニールは舌打ちした。自分の強さを見せつけて相手を引かせるはずだったが、人間的な部分が露見して敵の恐怖が半減したのだ。すぐさま士気が上がる野盗ども。今度は無数の矢に数十の槍がアニールを襲う。ひとり、剣を持ち直して応戦しようとするアニール。


「あなたひとりだけに無理はさせません!」


 アニールの後ろに下げられていたトカレスカ騎士団の隊員たちがアニールと肩を並べるように列を作って、向かってくる数多の矢と槍に立ち向かう。


「済まない、ここで後ろの人たちの為に命を張ってくれ!!」


 そう言いながらアニールが矢を払いのける。騎士団と野盗の軍団がぶつかり合い、激しく火花を散らす。

 激戦の続く中で少女はアニールの背中を見る。


(アニールさんの覚悟、すごい。どんな実績を積めればあんなに神々しく見えるようになるんだろうか。いったいどれだけの苦しみを乗り越えれば声に力がこもるのだろうか。これじゃ、もう憧れるしかない)


 自然と少女の目から涙が流れる。アニール・トカレスカの巌のような覚悟、揺るぎなき勇気が少女をそうさせたのだ。

 アニールらの隊は劣勢ながらも時間を稼ぐために徹底抗戦した。矢が刺さったり槍に貫かれた隊員も、一度の負傷では倒れず全身に穴があくまで戦う。5分経過、アニールらの隊員は残り42人。10分経過、27人。20分経過、15人。数十分後、アニールと2人の隊員だけが生き残って野盗の大群に囲まれる。アニールは疲弊し、残るふたりも傷だらけで満足に戦えはしない。

 ぼろぼろになったアニールの姿を見るのが耐えられなくて、少女がつい叫ぶ。


「よく、やったよ……アニールさん! でも、もういいよ! 逃げて……私のことなんかいいから!」


 アニールからの返事なんてわかりきっているはずなのに、少女はそれでも叫ばずにはいられなかった。生きててほしいと、少女は心の底から思っているのだ。


「逃げないよ。ここで逃げたら、私の魂が死ぬ」


 アニールが剣についた血を払って、野盗どもになおも立ち向かう。


「我は屈せず、騎士団は屈せず! たとえ私死すとも騎士団の魂は死せず! 私の偉大なる名と事業を引き継ぐものが再び現れ、その者に秩序の魂は再び宿る。さあ私を倒して見せるがいい! 秩序は不滅であることを、これから築かれる歴史を以て教えてやろう!」 


 浅い切り傷がたくさん刻み付けられてぼろぼろになったアニール・トカレスカ。それでもまだ彼女の全身から発せられる凄まじきオーラは消えない。彼女が一歩進めば、敵が一歩下がる。


「何をしている、立ち向かわんか! 数はこちらが圧倒的有利なのだぞ!」


 トカレスカ騎士団総長が疲れているはずなのに、たくさんダメージを喰らっているはずなのに、それでもまだ立っている。その姿は不思議と一騎当千の化物の力を幻覚させ、野盗どもは恐怖して後ずさるのだ。矢の尽きた野盗は槍を構えてアニールを近づかせまいとするだけになってしまった。


「……あ。来る」


 アニールの踏みしめる大地が揺れている。遠くから大軍がやってくる。トカレスカ騎士団の増援であることを、アニールがその場の誰よりも一番に理解した。遅れて野盗たちもトカレスカ騎士団の増援がやってきたのに気づく。そして野盗どもは一斉に恐怖し、武器をその手から取りこぼす。

 その増援は太陽の光を背負ってやってくる。空飛ぶ天使の弓隊に旗を靡かせる騎兵隊、魔法に特化した種族で構成される魔導隊。誰の目にも、あの軍団には勝てないということが明らかに見える。


「くっそおおおおおお! 時間切れかよおおおぉ!」


 そう叫んだ敵の指揮官の頭を矢が貫く。蹂躙が始まる。悪は地に伏せられ、秩序の軍団がその上に立つ。天使の矢が空から降り注ぎ、騎兵隊の突撃に踏み潰され、魔導隊の比類なき魔法で灰燼に帰す。———、一方的な蹂躙に少女は嘆息する。


「この軍団を、アニールさんが築き上げた……」


 少女の目には、ぼろぼろなアニール・トカレスカの背が輝かしく大きく見えた。たった一人の人間のなかに、巌のように揺るぎようのない偉大な力が込められているように見えた。そのとき、アニールが振り返って少女のほうフラフラとした足取りでやってくる。


「なぁ、二か月ぶりだな。大丈夫だったかい、少女……」


 少女の近くまできたアニールは膝を地面について同じ目線の高さになり、少女を抱きしめる。


「無事でいてくれてよかった。いままで大変だったろう……」


 涙を流しながら、アニールがそう言う。そのとき、少女がいままで隠していた感情を露わになる。


「……うっ、うっ……助けてくれてありがとう……うわあああああぁぁぁぁぁ!」


 大きく泣き叫ぶ少女。二か月間、いじめられ続けてずっと苦しかった。野盗が襲ってきたとき、本当はとても怖かった。少女はアニール・トカレスカを強く抱きしめて彼女の胸の中で嗚咽する。アニールはそんな少女をマントの中に包んで、やさしく抱きしめる。




 戦いは、トカレスカ騎士団の勝利に終わった。といっても、当初にアニールといた隊はほぼ全滅し、手放しで喜べる状況ではない。それでも隊商の者たちはほぼ守り抜き、目標は達成できたのだ。

 襲撃された隊商の者らは城下町の救護施設に運ばれて治療を受けるが、少女だけは騎士団の城に介抱される。隊商たちが少女に対して虐待を行っていたことが明らかになり、一緒にさせるわけにはいかなくなったからである。


 ここはアニール・トカレスカが治療を受けている部屋。重要人物のため、個室で治療を受けているのだ。窓から差す日差しの暖かい、落ち着いた雰囲気の部屋だ。

 コン、コンとノック。


「入っていいよ」


 アニールが許可を出し、来訪者がドアを開ける。その来訪者は少女だった。少女の瞳は決意に満ちていたので、アニールは少女の言葉を待つ。


「養子の申し出を前に断ってしまったけど、撤回したい。養子にさせてください」


 少女が頭を下げる。


「どうしてだい? 何か、気持ちの変化でもあったのかな」


 微笑みながらやさしい声音で問うアニールに対して、少女が決意の満ちた力強い言葉で答える。


「最初に断ってしまったのは、一緒にいられない理由があったから。あの時はまだどこかあなたを恨む気持ちがあって、あなたの迷惑になりたくなかったから。それに、英雄であるあなたと名もない少女である私じゃつり合いが合わないと思ったから。でも今は違う」


 過去の思いを振り切るように少女が首を横に振る。


「おととい、あなたが私たちを守る姿に、私は感謝し憧れた。そして思ったの。私もこういう風になりたいなって。それに、あのとき抱きしめてくれたあなたの暖かさが忘れられないの。抱きしめてくれてから、あなたを憎む気持ちはどこかに消え失せてしまったの。私はあなたと一緒にいたくなったし、あなたのようになりたい。あなたの近くであなたの背中を見て学び、あなたのような最高の騎士になりたい」


 一呼吸おいて、少女が続ける。


「だから……一度断った身でこんなこと言う資格はないかもしれないけど、許して。わたし、あなたのところに居たい」


 しばしの沈黙。だが、その沈黙の空気にはどこか暖かいものがある。しばらくして、アニールが答える。


「あはは、これじゃ養子というよりは弟子入りみたいだな。いいよ、元は私から申し出たことだし。おいで」


 アニールが身を起こしてベッドに腰かけ、両腕を広げる。少女はゆっくりと歩き出て腕の中に入り、お互いがお互いを抱きしめる。体温を感じ合い、親子の絆をここに作る。


「そうだ、名前はないんだったね。私がつけてもいい?」


 少女が頷き、アニールは悩む。


「んーと……じゃあこうするか。君の名前はルダームティアだ。古ラール語で”精霊の加護を受けし者”の意味だよ。これは私の君に無事にいてほしいという願い。どうかな?」


「うん。いい名前だよ。私は、今日からルダームティア・トカレスカなんだね」


 アニール・トカレスカとその娘ルダームティア・トカレスカが微笑み合って笑い合う。


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