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7 てんけい

 人狼ゲーム開始前に、なんとも面倒なことに気づいてしまったものだ。


 これが俺の思い過ごしの可能性もあるから、迂闊に愛音君に話すことも出来ないので、花蓮とかいう人物のことは一応警戒しておくべきだろう。

 というか、仮に愛音君が毒見役に使われていたとして、それを本人に伝えるのはナンセンスなことには変わりない。なぜなら、人畜無害そうな顔で桃を頬張っているこのおバカさんは、顔に出やすいのだ。


 仮に愛音君に教えてしまった場合、それが人狼ゲームにどう影響するか分からない。だからこそ、何も教えないという選択を取るべき、というのが俺の結論である。

 それに、知らぬが仏ともいうじゃないか。

 だからこれは、俺のことをおバカを見る目で見てきた愛音君に対する仕返しなどでは決してないのである。


 沈黙は金であると、ダビデさんが身をもってそれを証明しているのだから、きっと正しいに違いない。

 まあ、ダビデさんは沈黙で失敗していた気がしなくもないけども……。

 俺は何も知らなかった。つまりは、そういうことだ。

 ついでに、ここに完璧な言い訳が成立したことは宣言しておきたい。


 そんなことを考えながら、桃を食べ終えるのを待っていると、愛音君と目が合った。


「食べます?」


 いらない。

 が、そう言うと、「なぜ食べたくないのか」と聞かれた時に言い訳するのが面倒臭い。

 ならば、当たり障りない会話に変更しよう。そうしよう。


「いや、それよりウ〇コしたいかもしれん」

「ええ……?」


 またまたバカを見るような眼で見られた。

 桃を食べ終えた愛音君から、「先輩はデリカシーが足りません」とかなんとか小言を頂戴しながら次へ。


 ……なんというか、解せぬ。


 次に案内されたのは、ロッジの東側。

 そこには、森の中に朽ちた教会がぽつんと一つ残されていた。


 教会は赤茶色のレンガで作られていて、所々がシダ科の植物に覆われている。

 その造りはしっかりしていて、壁が崩壊したような跡は見受けられない。がしかし、両開きの扉の上にあるステンドグラスは割れ、骨組みの一部だけが残されており、扉の横の壁面に施されていたであろう装飾も欠けていた。


 朽ちてはいるが、朽ち果ててはいない。

 そんな微妙な感じの古さを漂わせている建築物がそこにあった。


「ここは?」

「見てわからないんですか、先輩? 教会ですよ?」


 見てわからないような人物だと思われているという事実に、度肝を抜かれた。


 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているんだぞ、愛音君や?

 君が俺をおバカだと思っているのと同じように、俺も君をおバカだと思っているんだからな?

 ……あれ?

 ミイラ取りがミイラになってんのは俺も同じじゃね?


 つまり、俺はおバカかもしれんということか。

 だが、それは認めん。

 おバカは君だけで十分なのだよ。


 仕方なく、俺はおバカに分かるようにもう一度聞くことに。


「ここはもう調べたのか?」

「……いいえ。調べていません」


 こんなに目立つ建物が森の中にあるのに?


「なぜ?」

「中に入れなかったんですよ。たしか、小河内さんが入り口の扉を蹴破ろうとしてましたけど、開かなくて……」


 ……ほう?


 小河内というのが誰かは覚えていないが、蹴破ろうとしたということは、たぶんチャラ男かチンピラのどっちかに違いない。

 誰が扉を蹴ったのか、とかはどうでもいいのでスルーしよう。


 それに、「扉が開かない」と聞けば思い出すこともある。

 勿論それは、ロッジに閉じ込められたあの時のことだ。

 そして、悪魔様がお返りになると、扉の固定状態は解除されていた。


 その時と同じような力がここにも働いていたのだとしたらどうだろうか?

 仮にもし、固定状態の解除条件が『夜時間が始まること』だとしたら、どうだ?


 これはもう確かめてみるしかあるまい。

 それに、「嘘から出たまこと」と言うべきか――

 いま俺は、確実に便意を催していた。


 つまりこれは、「扉を開き、ここのトイレを借りろ」という天啓に違いない。


 そう考えると不思議なことに、目の前の扉が開くのは当然のような気がしてきた。

 なんとなく自信が漲って来たので、意気込んでドアノブに手をかける。


「ごめんくださーい!」


 おそらく誰もいないだろう教会に向けてそう言いながら、ドアを押す。

 ――が、扉はびくともしなかった。


 そんなバカな⁉


 俺が主人公じゃないから、運命力がないから開かないとでもいうのか⁉

 それに、このままじゃ俺は一体どこで用を足せばいいというんだ⁉


 愕然として固まる俺。

 そんな俺の背に、愛音君が無情な言葉を掛けた。


「ライト先輩……その扉、引かないとダメなんじゃないですか?」

「……‼」

「先輩?」

「そんなこと、君に言われなくても試すところだったさ……」


 だから、そのおバカを見る目を今すぐ止めるんだ。


 というか、ドアノブがついているような旧時代的な扉なんて、現代人の俺には触れる機会なんてそうそうないんだから、分からなくても仕方ないじゃないか。


 今どきは全部自動扉なんですー。

 俺の家の鍵だって、脳内チップの生体認証で自動で開くんですー。

 ばーか。ばーか。愛音君のばーか。


 ちなみに、扉は引いたら開いた。


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