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6 じゅんけん

 自己紹介を終えた後は、愛音君に無人島内を案内してもらうことになった。


 自己紹介で他のプレイヤーたちの人となりを粗方把握することはできたものの、一日遅れでやって来た俺は、この集団の中で明らかに浮いたままだ。

 せめて、俺がいない間にどのように集団生活を送っていたのかは知っておくべきだろう。

 森の中を歩きながらそんな考えに至った俺は、前を歩く愛音君に尋ねることにした。


「ところで愛音君や、聞きたいことがあるんだが……」

「なんですか、先輩?」


「美也子さんには、お付き合いしている男性とかはいるのかね?」

「みやこさん? もしかして、清水目さんのことですか?」


「ああ、確かそんな名前だったような――」

「面識ないのに名前呼びとかキモイですよ、ライト先輩」

「……」


 めっちゃ蔑んだ目で見られた。

 泣きたい。


 美也子さんにそんな目で見られたら立ち直れない気がするので、名前呼びを止めて、お淑やかさん呼びで統一しよう。

 こうすれば、将来的にハートブレイクされる可能性が減ってくれるに違いない。

 では気を取り直して、もう一度。


「そういえば、愛音君たちはここに来てからどんな感じで過ごしてたんだ?」

「どんな感じ……ですか? うーん。まだ一日しか経っていないので、とりたてて何かあったわけではないですよ?」

「そうなのか? それにしては、疎外感がすごかったぞ?」


 疎外感というかなんというか『高校二年生から部活動を始めました』みたいな感じ?

 すると、何か得心がいったみたいに一つ頷いた愛音君が、歩くスピードを落として俺の横に並んだ。


「ああ……。それは多分、先輩がグループ分けに参加していないからですね」

「グループ分け?」

「はい。幸いなことに、皆で探索していた時にロッジを寝床として確保できていたので、他に必要な水、食料、火などを手分けして確保していたんです」


 そういうことなら、納得だ。

 俺は重役出勤してきた挙句に、火起こしも食料確保も何もしていない。

 そんな奴に食わせる飯が果たしてあるか? いや、あるわけがない。

 しかも、これからデスゲームが始まろうというのだ。警戒しないはずもない。


「ちなみに、まとめ役は誰が?」

「キョーヤさんです」

「……?」


 そんな名字の奴いたか?

 思い出せずに黙りこくっていると、愛音君がふうとため息を吐いた。


「宇留部京谷さんです。ディーチューバーの人ですよ」


 動画配信者と言えば一人しかいないな。

 なんだ、チャラ男のことか。


 ……ん? まてよ。

 お前がチャラ男を名前呼びするのは良くて、なぜ俺はだめなのか?

 知り合って日が浅いのは、ほとんど変わらないだろうに。


 仮に、会ってから一時間しか経っていないから名前呼びがキモイとするなら、それは二時間になろうが、三時間になろうがキモイはずだ。

 ここでは何時間経てばキモイのかは定義されていないため、いくら時間が経っても名前呼びはキモイものとすると、数学的帰納法から名前呼び=キモイ、が成り立つことになる。

 ちなみにここでは、名前呼びの許可を貰っていればキモくないという理論は通らない。


 がしかし、この理論はおかしいのだ。

 あまり面識のない相手に対して、名字で呼ぶ。

 これは主に日本における文化であり、世界人口から見ればマイノリティーに属する。

 マジョリティーに属する者達の文化や風習などをグローバルスタンダードだというのなら、異常なのは日本人の方であろう。


 特にグローバル化が加速している昨今の日本であれば、名前呼びは受け入れられて然るべきではないか?

 いや、そうあるべきだ。

 よって、俺がお淑やかさんに対して名前呼びをするのはキモくない。


 QED.


「先輩はバカなのか利口なのかどっちなんですか?」


 突然そんな厳しい言葉を愛音君から戴いた。

 どうやらまた、声が漏れていたらしい。

 なんか呆れたような眼で見てくるので、答えてやることにした。


「どちらでもないな」

「……はぁ」


「ごく普通の常識ある大学生だ」

「ええ?」


 なんか一瞬すごい顔をされた気がするが、気のせいだろう。

 そうに違いない。たぶん?


 そんな感じで、しばらく無駄話をしながら、ロッジの西方向へ。


 愛音君曰く、方角を測る方法はないので、ロッジの入り口の扉が向いている方向を南と呼ぶことにしているらしい。

 つまり俺たち二人は今、ロッジを出て右手の方向を真っすぐに進んでいるというわけだ。


 人が踏み均したような跡を辿っていくと、小さな川があった。

 小さいと言っても、川幅はおよそ二メートル。一番深そうなところで俺の腰くらいの深さはあるだろうか?


 ぱっと見は水質も奇麗で、川底の石が良く見える。

 ついでに小さな魚影も確認できた。


 初めての異世界生物だ。是非とも捕獲していろいろ確認した後、美味しく頂きたい。

 ということで、近くにあった手頃な石を装備。


「よっこらせっと」

「……ていっ!」


 石を持ち上げた途端、愛音君に手を叩かれた。

 その拍子に取り落とした石が、俺の足元の石群に音を立ててぶつかった。

 もちろん、魚は逃げた。


「なにをしてくれるんだ、愛音君や……」

「そのですね、つい……」


「つい、だと?」

「だって、何の断りもなく急に石を持ち上げる人がいたら怖いじゃないですか……。ライト先輩には小河内さんを撲殺しようとした前科もありますし」


 小河内ってたぶん、チンピラ鼻ピ男のことだよな?


「あの時はあの時、今は今だ」

「答えになってませんよ、先輩」


 何か行動する前にいちいち説明するのもそれはそれで面倒臭いが、そう何度も邪魔されてはかなわん。

 ということで、嫌々ながら愛音君に説明することにした。


「俺が今やろうとしていたのは、ガチンコ漁というモノだ」

「ガチンコ漁?」


「正式には石打漁とも言う。魚がいる周辺の大石に石を強くぶつけると、その衝撃波で魚が気絶、または死ぬというやつだ。その後は、ぷかぷか浮いている魚を回収するだけでいい」

「へえー。そんな魚の取り方があるんですね。知りませんでした」


 愛音君が尊敬の眼差しを送ってくれている。

 それに気を良くした俺は、ついでに注意事項も教えてやることにした。


「そりゃそうだ。日本でやったら違法だからな」

「え?」


 なんか愛音君の尊敬の眼差しが濁ったような気がする。

 しかし、そんなことは気にしていられない。

 俺は異世界の魚を取りたいのだ。食べられるどうかは分からないが。


「だが、ここは日本じゃない。つまり……わかるな?」

「いいえ……。あまり分かりたくない気がします。次に行きましょう、先輩」


 愛音君はそう言うと、再び石を探していた俺を置いて、歩き出した。

 案内されている身でこれ以上わがままを言うわけにもいくまい。

 泣く泣く異世界の魚を諦めた俺は、愛音君の後を追うことにした。


 次に案内された先は、ロッジの北側。

 どこへ行こうと、森が広がっていることには変わりないのだが、このあたりの木々は緩やかな斜面に生えていた。

 森の中の小道を上っていけば、これまでとは明らかに植生が変わった場所に出た。

 この周囲だけ、色とりどりの実をつけた木々が生えている。


 立ち止まった愛音君の側に行き、尋ねる。


「この場所は?」

「皆ここを果樹園と呼んでいます」

「ふむ?」


 果樹園とな?

 ぱっと見た感じ、目に付くのは日本で慣れ親しんだ果物ばかりで面白みがない。

 がしかし、さっき俺が魚を取り逃したことに関して愛音君があまり気にしていなかった理由が分かった。


 ここが食料源になっていたのか。

 だとしても、動物性タンパク質は足りなくなるだろうし、魚とかはもっと必死に取っておいた方が良い気がするけども。


 ……いや、やっぱりそんなことは気にしなくてもいいか。


 たぶん、俺たちの体に何かしらの異常が現れるよりも、ゲームが終わる方が早いだろうし。

 そう考えれば、俺たちは恵まれているんだろう。

 まるで俺達がゲームに集中するために、食料確保に気を裂く必要を無くしてくれたかのようにも見える。

 やはり、悪魔様は紳士だったのだな。


「あと、果樹園の奥の方に見たことのない実をつけた木がいっぱい生えているんですけど、食べられるのか分からないので、まだ誰も手を付けていません。一応、ライト先輩も気を付けておいてください」

「……うむ。分かった」


 食えるかどうかわからないということはつまり……。

 誰も見たことのない実がなる木が生えているということじゃないか⁉

 そうだな、それは気をつけないとダメだよな!


 俺が小さくガッツポーズしている間に、愛音君が手近な木に生っていた桃を捥いだ。そして、適当に皮を剥いて、桃の果肉を全く抵抗なく口元に運ぶ。

 かぶりついた途端、ぶじゅりと音が立ち、愛音君の頤に果汁が滴った。

 捥ぎたての桃の甘味を口いっぱいに感じてか、うっとりと目を細める愛音君。


 それにつられて、俺の喉がこくりと鳴った。

 すんごく美味そう。

 そういえば、ここに来てから何も飲んでないし、食べてない。

 桃で水分補給もありだなと思った俺は、桃に手を伸ばす前に、愛音君に一つ質問することにした。


「ところで、その桃が安全かどうかは確認してあるんだよな?」

「……え?」

「ん?」

「何言ってるんですか、先輩? 桃は桃です。見たら分かるしょう?」

「……」


 愛音君は俺の質問の意味を介せなかったらしく、首を傾げた。

 おバカを見るような眼でこっちを見るな。ちょっとだけイラっとする。

 というか、コイツこそ何言ってるんだ?


 ここは異世界だぞ? それは確かに桃に見えるが、俺たちの知っている桃である保障なんて、どこにもないだろうに。

 俺をおバカを見るような眼で見て来た罰として、このおバカには教えてやらない。

 後で腹を壊しても知らないからな。


 それはそれとして、聞いておきたいことが増えた。

 なので、今も横で口をもきゅもきゅと動かしているおバカさんに聞くことにする。


「……誰が最初にここの果物を口にしたかわかるか?」

「へ? なんでそんなこと聞くんですか?」


「いいから答えろ」

「えーと。たぶんですけど、私じゃないですかね? お腹が空いてた時に、『これ、食べる?』って聞かれたので、食べちゃいました」


「誰にすすめられた?」

「確か、花蓮さんだったと思います」


 へえ……。

 花蓮さんね。

 誰の名前だったかは思い出せないが、その名前は覚えておくことにしよう。


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