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63 もうどく

 ――ヴォン。


 目が覚めた。というより、起動した。

 目を開ければ、よく分からない部屋の中で浮いていた。


 ……すっぽんぽんで。


 俺の近くの壁から飛び出した寝台が、ウィーンと音と立てて壁の中に戻っていく。

 どうやら、俺はこの装置の中から出てきたようだ。


 似たような装置が、この部屋の中には十個ほど並んでいた。

 それらの装置の近くには、同じ数だけモニターのようなものが並んでいて、現在使用中のものには『あと何分』みたいなカウントダウンが表示されていた。

 ぱっと見は、死体安置所のようだ。


「ここは?」

「ここは、ヒューマノイド用のシャワー室兼乾燥室になります」


 答えてくれたのは、スタッフの服を着た女性ヒューマノイドだった。

 彼女は質問に答えたついでに、手に持った服を俺に投げて渡してくる。


 それを受け取った拍子に、俺の体が空中でゆっくりと回り始めた。

 そのまま渡されたパンツスタイルの服に着替えようとしたが、服と格闘している間にズボンがどこかに行ってしまった。


「あの……手伝ってもらってもいいでしょうか?」

「満足に着替えもできないなんて、アナタ本当にヒューマノイドなんですか?」

「……」


 いえ、人間の『コピー』です。

 というか、嫌味とかが一切ない感じでそう言われると、ただただ悲しいな。


 しかし、そこはヒューマノイド。

 彼女は嫌な顔を一つせずに着替えを手伝ってくれた。

 まあ、表情筋が微動だにしていなかっただけとも言うが。


 なんというか、顔が人間にそっくりなせいで、逆に怖い。


 着替えを終えてしばらくすると、人間のスタッフさんがやって来て、俺を客室として使用されているキャビンへと案内してくれた。


 キャビンでは、青井が難しい顔でタブレットを弄っていた。

 案内してくれたスタッフさんが帰るなり、青井が呟く。


「やはり、宇宙ステーションでは使える電子機器に制限があるな。美也子君がどこにいるのか分からない」

「なら、花蓮の居場所は?」

「それも分からなかった。宇宙ステーション内にある機器は全てが『ガードナー』という警備システムの管轄下にあるんだ。個人情報は調べようがなかったよ」


 ……警備システムとな?


「警備システムが動作してるんだったら、美也子さんも手が出せないんじゃないのか?」

「……それは違うよ」

「?」


「美也子君は、私の部屋から『猛毒』を持ち出しているからね」

「猛毒?」

「AIにとっての猛毒さ。使用すれば『ガードナー』だってひとたまりもない」

「なんだそれ……」


 聞いてないぞ、そんな話。


「猛毒とは言っても、本来は人間に害を及ぼす可能性のあるAIなどを適切に処理するためのもので、AIの自己修復機能よりも上位の削除命令が組み込まれているというだけだ。使い方さえ間違えなければ、とても有用なものだよ」

「それが今、美也子さんの手に?」

「そうだ」


「ちなみに、『ガードナー』が消えたら宇宙ステーションはどうなる?」

「私は『ガードナー』の研究に携わっていないから詳しくは分からないが……。おそらく、宇宙ステーションの環境維持に関わっている機器も、いくつか停止するのではないかな? もちろん、スタッフのヒューマノイドを含めてね」

「――はあ⁉」


 今コイツ、さらっとヤバいこと言わなかったか?


「そんなに焦ることはないよ。回避機構まで停止して、宇宙ステーションにスペースデブリでも直撃しない限り、脱出するまで十分に時間がある。それまでに美也子君を回収できればいいんだ」

「美也子さんを回収できたとしても、そのまま地上に戻ったら捕まるんじゃないのか?」

「問題ないよ。その時には、監視カメラのデータなども『ガードナー』と一緒に消えてしまっているだろうからね。ただのシステムトラブルだと判断されるはずだ」


 ……つまりコイツは、『猛毒』が使用されるのを止める気はないと?

 美也子さんさえ無事であれば、問題がないから?

 だから落ち着いていられる?

 美也子さんが花蓮を殺してしまうかもしれないのに?


 ……やっぱり、わけがわからん。


「美也子さんを探しに行かないのか?」

「探すともさ」


 そうは言いつつも、青井はすぐには動く気はないらしい。

 なんか、めっちゃ腹立つ。

 が、言い合いをしてもコイツには話が通じない気がしたので、一人で探すことに。


「……美也子さんを探してくる」

「行ってらっしゃい」


 部屋を飛び出し、会場へ急ぐ。

 がしかし、一人では移動することすら難しかった。


 通路のあらゆるところに体をぶつけながら、ようやく会場の前に到着。

 その時にはすでに、イベント開始まであと九十分を切ってしまっていた。


 イベント会場とは言っても、それは宇宙ステーションの中央部にある商業区画全域を指していて、広さはゆうに東京ドーム二杯分もあるらしい。

 そう、商業区画だけで東京ドームの二杯分である。

 その外見も確か、ハンバーガーよろしく東京ドームを二つ重ねたような形だった。


 他の利用客に続いて内部に入ってみれば、だだっ広い空間に巨大なステージが一つ浮かんでいるのが見える。


 巨大な空間のど真ん中に浮いているステージは、ランウェイまで備えていて、ライブからコンサートまでさまざまな催し物に利用できそうな大掛かりなモノだった。


 よく目を凝らすと、ステージの周りには報道陣らしき人たちの姿があった。

 さらにその周囲には、赤い光で規制線のようなものが張られていて、規制線のすぐ外側を警備用の箱型ドローンが徘徊している。


 そこから近場へと目を遣れば、りんご飴のように棒のついた巨大な球体が、壁からいくつも生えているのが見える。メタリックな球体の表面には、時たまどこか見覚えのある広告の動画が表示されていた。

 動画の内容から推察するに、この球体は全てが何かのショップであるらしい。


 ついでに言うと、イベント会場の壁面の大部分がスクリーンになっていて、リアルタイムの地球や星の映像を映し出していたりもしていた。

 そういった情報だけでも、ただでさえ目にうるさいというのに、この空間にはもっと目にうるさいものが存在していたりする。


 不規則に並ぶ球体ショップの近くを奔り回る、色とりどりの光線。


 それらの光線を発しているのは、ステージライトなどではなく、宇宙ステーションの利用客が持っている移動用のポインターだった。

 移動したい先に向けて光を照射すると、空中に蛍光色の軌跡が描かれ、空中に描かれた線に沿ってステーション内を移動できるようになる、という代物である。


 空中に光の軌跡を残すのは、衝突防止のためだそうだ。


 原理はよく分からないが、ヒューマノイドの俺にも使えた。

 がしかし、使えるのと使いこなせるのは別問題だ。


 かくいう俺も会場に入る時にポインターを配られてはいたものの、このポインターの操作がまたメチャむずかった。

 というか、ヒューマノイドの体の操作がただでさえ難しいのに、そのうえポインターなんて使いこなせるわけなんてないのである。


 そうやってしばらくイベント会場を飛んでいると、美也子さんを探そうとしてよそ見をした拍子に、盛大にドローンを蹴飛ばしてしまった。

 反動で体がくるくると回転する。


 ポインターを使って回転を止めようとしても、上手くいかなかった。

 ついには進行方向どころか、上下左右すらもよく分からなくなってきた。


 メーデー、メーデー、メーデー。

 識別符号は2180でいいや……。女性型ヒューマノイド一体、操縦不能。

 などと救難信号を発信したところで、受け取ってくれる存在なんているわけもなく――

 俺は、球体型ショップから出てきたばかりのお客さんと衝突した。


「きゃっ⁉」

「うわっ⁉」


 そのままお客さんを巻き込み、空中でもつれるようにして二人一緒に回転。


 くるくると空中を絡まりながら進む俺たちを助けてくれたのは、巡回していたヒューマノイドのスタッフさんだった。

 すると、ヒューマノイドさんが去り際に一言。


「気を付けてくださいね」

「す、すみません……」「ありがとうございます」


 俺とほぼ同時に、被害者の女性がヒューマノイドさんにお礼を言う。


 ……あれ?

 この声、どこかで聞いたことがあるような?

 とは思いつつ、今はそんなことよりも謝罪が先だよな、と考え直し、女性の方を振り向くべく体を捻った。


「ぶつかってしまって、すみま――」


 言葉の途中で、俺はフリーズしてしまった。

 驚きで言葉が出なかったのだ。


「なんで……?」


 俺の呟きに、目の前の女性が首を傾げる。


「どうかしました?」

「……」


 どうかしました? じゃない。

 いや、今確実にどうかしているのは俺の方なんだけども。


 そんなことより、なんでここに君がいるんだね――



 愛音君や?


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