表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/76

59 けんこんいってき

 ロッジにいる全員の注目を集めているにもかかわらず、美也子さんはいつも通りに泰然としていた。


「オッサンも気がついた通り、あのとき花蓮を殺せるのは美也子さんしかいなかったうえに、ただのプレイヤーが聖なる水の効果を知っているのはおかしい。というか、『最初から効果を知っていた』という以外にあり得ないんだ」

「あり得ないって……そんなことなんでわかるのよ?」


「美也子さんは、聖なる水の説明が書かれた紙を読むことは出来ないんだよ……。あれは彼女が目を通す前に、諸事情により紛失してしまったからな」

「なら、アンタがなくす前に目を通してたんじゃないの? だって、アンタがこの世界に来たのは一番最後だったハズでしょ?」


「その紙は、教会の中にあったんだぞ? 教会の中に入れるようになったのは、デスゲームが始まってからだ。この意味が分かるだろ?」

「?」


 俺の言っている意味が分からなかったのか、不思議そうにするポニテ女子。

 仕方ないので、説明を追加する。


「俺たちの前に悪魔が現れた時のことをよく思い出せ。あのとき俺と愛音君は、デスゲームのルールの書かれた紙を持っていた美也子さんと、その周りを取り囲んでいたお前たちを置いて、一番にロッジを出ている。その後の美也子さんの行動は、お前たちの方が良く知っているんじゃないか?」


 というか、知っていなければおかしい。

 なぜなら、美也子さんが自由行動ができるようになった時間には、大体のあたりを付けることができるからだ。


 というのも――


 あの日の俺は、話し合いを終えて海に向かおうとしていたチャラ男グループと、テントの広場で合流している。それも――俺たちが教会に寄った帰りに。


 そう、チャラ男達テントの広場で会ったのは、教会に寄ってからだ。


 また、ロッジから東の教会、西の川、南のテントの広場、北の果樹園までは全て等距離であり、徒歩十五分くらいかかる。つまり、会議が終わったのは、チャラ男がテントの広場に来た時から遡って、十五分くらい前ということになるはずだ。


 仮に、話し合いの終了時間が多少前後していたとしても、美也子さんは俺たちとすれ違っていなくてはおかしいことになる。

 ましてや、目撃すらしていないというのは絶対に変だ。


「あの日、俺と愛音君は、海に調査に行く前にすでに教会に寄っていた。この情報をもとに、俺たちより前に美也子さんは教会に行けるのかを考えてくれ」


 するとしばらくして、カップルの男が口元に手を当てたまま頷いた。


「無理だね。時間的に」


 副リーダーが言うのなら、そうなのだろう。

 俺の仮説は正しかったわけだ。

 俺はカップルの男の言葉に頷いてから続けた。


「つまり、美也子さんには『聖なる水』の効果を知る機会はない。にもかかわらず、あのときだけは、花蓮が飲む水に『聖なる水』を混ぜ込んでいたことになるわけだ――」


 そこで言葉を切ってから、美也子さんに視線を合わせる。


「それは一体何故でしょうか?」


 俺の問いに、美也子さんは身じろぎ一つすることなく、眉一つ動かさないままに答えた。


「偶然ではないのですか? 誰かの悪戯で、『聖なる水』とやらが混ぜられてしまったと、考えることもできるはずです」

「……本当に偶然なんですか?」

「どういうことしょう?」


「俺にはとても偶然には思えないんですよ。……最初の投票の時、嘘を吐いてまで俺に票を入れ、あわよくば殺そうとしたのは、他ならないアナタなんですから」

「……」

「アナタが俺に票を入れたであろうことには、『噓吐き』がいると発覚した時点で察していましたが、確信にまでは至っていなかった。というのも、投票される理由が分からなかったからです」


 美也子さんの表情の変化を見逃さないように注意を払いながら、俺は自分の胸に手を当て、「しかし、今は違います」と言ってから続けた。


「アナタが俺を殺そうとしたのは、俺に先に『聖なる水』のフレーバーテキストを読まれてしまったから――違いますか?」

「……」


 俺の問いに――美也子さんの表情は動かなかった。

 ならば、次だ。


「それに、なぜこのような手の込んだ真似をしたのかは分かりかねますが、アナタの目的がまだ達せられていないことくらいなら、俺にも分かりますよ」

「私の目的……ですか?」

「こんなことまでやっておいて、『現世で罪を犯した者が誰なのか知りたかった』とか、『どんな罪を犯していたか知りたかった』だけだとは考えにくい。ましてや、『人狼ゲームで俺たちと遊びたかった』だなんて馬鹿げています――」


 まだ、美也子さんの表情に変化はない。


「アナタの本当の目的は、おそらく――『復讐』ですよね?」


 復讐という言葉を聞いて、美也子さんの目が明らかに揺れた。

 ……ビンゴだな。


「だったら、何だというのですか?」

「別に何もありませんよ? むしろ、俺にも復讐のお手伝いをさせて頂きたいなと思っただけです」


 俺がそう返すと、


「――どういう、ことです?」


 と、美也子さんの目が怪訝なモノに変わった。


 俺の申し出は、流石に予想していなかったようだ。

 他のプレイヤーたちに至っては、俺たち二人の会話の意味が分からなかったらしく、ポカンとしていた。


 つい表情に出してしまったらしい美也子さんであったが、彼女は表情を引き締め直すと、いつも通りの柔和な表情で尋ねてきた。


「何を……言っているのでしょうか?」


 そんな『裏切り者』の姿を見て、俺の中で理性の獣がほくそ笑んだ。

 今までのどうでもいいともいえる俺の推理ショーが、俺の言葉に説得力を持たせてくれる、この時をこそ待っていたのだ――と。


 ここからが俺にとっての真剣勝負。

 『裏切り者』に慈悲なんていらないのだ。


「いえね……。このままでは、アナタの復讐は失敗してしまうのではないかと、俺は危惧しているんですよ」

「失敗ですか? どうしてでしょう?」

「それは――アナタの協力者が、復讐を望んでいないからです。美也子さんに心当たりがありませんか?」


 ……別に心当たりなんてなくても構わない。

 今までの俺の推理が当たっていた分だけ、俺の言葉は美也子さんの中で真実になる確率が上がり、ありもしなかった『心当たり』を作り出してくれるだろうから。


 疑心。


 それが僅かでも生まれれば、つけ入る隙となる。


「っ……」


 ついといった様子で、美也子さんが視線を逸らした。

 その姿に作戦の成功を見た俺は、ここぞとばかりに続ける。


「罪を犯した犯人を知るために、仮想現実で『人狼ゲーム』をする……。このような方法を考えたのは美也子さん、アナタですか? 俺にはとてもそうは見えないのですが」

「それは……」


 答えを濁す美也子さん。

 それが答えのようなものだった。


 彼女が『ゲームマスター』であるとした場合、『知り過ぎているが故に、ぼろが出る』ということが一切なかった。というよりむしろ、『聖なる水』の情報を知っている点以外では、ほとんど俺たちと変わらないように見えた。


 美也子さんの行動はあまりに自然過ぎたのだ。

 つまり、『ゲームマスター』は別にいる可能性が高い。

 とすれば――


「ならなぜ、アナタの協力者はこのようなまどろっこしい真似をしたのでしょう? 他にやりようはいくらでもあったように思うのですが?」

「……」

「どうなんです?」

「その方が良いと言われただけで、詳しくは分かりません……。確か、サイバー犯罪の捜査網を潜り抜けるためには、ゲームの体裁を保っていた方が都合が良いのだとか……。でも、それが復讐と何の関係が?」


 仕掛けるなら、ここだな。

 そう判断した俺は、畳みかけるように言った。


「それが、真っ赤な嘘でも……ですか?」

「え?」


「俺たちの『コピー』を作るために生体情報をスキャンした時点で、脳内チップの情報も参照しているハズです。脳内チップの情報閲覧は立派な犯罪行為。サイバーポリスが動くほどの犯罪に該当します。それほどのことをしておきながら、『人狼ゲーム』ならサイバーポリスの捜査網を掻い潜れるということ自体がおかしいんです」


 まあ、真っ赤な嘘を吐いているのは俺の方なんだけども。

 だが、この世界は人狼ゲームの世界なのだから何も問題がない。


 というわけで、違和感を抱かれる前に新しい情報を叩きこむべく、続ける。


「そもそも、脳内の情報の閲覧が可能になった時点で、花蓮がアナタの復讐の相手であることが分かっていてもおかしくないんですよ。でも、アナタの協力者は、アナタにそれを伝える気はなかった。……これは一体どういうことでしょう?」

「それって……⁉」


 揺れていた美也子さんの瞳が、テーブルの一点で止まる。

 蝋燭に照らされた彼女の瞳が、暗く濁った炎を宿したように見えた。


「だから、俺が協力すると言っているんです」

「そんなこと……。『コピー』のアナタがどうやって?」

「時間稼ぎくらいならできますよ。……復讐を邪魔されないよう、急いでくださいね?」


 俺は、美也子さんの質問には答えずにそう返し――

 それからほぼ同時に、右手を挙げた。


「なにを言って――」


 ドン。


 という大きな破裂音がロッジの中に轟き、美也子さんの額に大きな風穴が空く。

 額から血飛沫を上げた美也子さんがぐったりと脱力して、椅子から落ちた。


 そして、死体を近くで目撃したゆるふわちゃんが、「ひっ!」という悲鳴を上げると同時に、一瞬だけ視界が暗転した。


 スイッチが押されたのだ。


 ……ナイスタイミングだ、二人共。


 あとは、俺が賭けに勝てるか否かに掛かっている。

 祈るような気持ちで、ただただ待つ。


 すると、ほどなくして中空に濃い紫の靄が生まれた。

 それを目の当たりにした瞬間、俺は自分の頬が笑みの形につり上がっていくのを抑えられなかった。


 第一関門はクリアした。


 ――さあ、会議の時間だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ