5 ぷれいやー
ふう。スッキリした。
ただなんというか……今度願い事をする時は、まんじゅう怖いメソッドを使用した方が良いのかもしれないな。
そんな取り留めもない事に思考を割きながら、ロッジの中へ。
室内に戻ってみると、チャラ男の側に人が集まり、皆が深刻な顔で羊皮紙を睨んでいた。
彼らの近くで一人座っているお淑やかさんは、どこか居心地が悪そうに見える。
「これは……いわゆる人狼ゲームってやつか?」
「確か、狼が誰か当てる遊びよね?」
チャラ男の呟きに答えたのは、気の強そうな女の子。
「ああ、だけどそれをリアルでやらされるってなるとな……」
真剣な顔で話し込むチャラ男。
「貸しなさい」
と、その横からチャラ男の持つ羊皮紙をモデル女が奪い取った。
チャラ男はモデル女を一瞥するだけで何も注意したりはしなかった。むすっとして何か言いたそうにしている気の強そうな女の子の肩に、とんと手を乗せて肩をすくめるだけだ。
「今日から長間期ってことは、本格的にゲームが始まるのは今から大体三十五時間後ってところか」
チャラ男はロッジの壁際に置かれた振り子時計を見ながらそう言った。
大きな振り子時計の文字盤の一部には現在、太陽のマークが表示されている。
これは、今が『朝時間』ということを指しているのだろう。
振り子時計なんて、現物を見たのは初めてかもしれん。
……そういえば、振り子時計があるということは、ゼンマイがあるということだよな?
大昔のヨーロッパでは、時計のゼンマイに鯨のヒゲを利用していたという記録があったはずだし、あの時計を分解したら異世界のアイテムとかが手に入らんもんかね?
そう考えて歩き出した俺の進路は、愛音君によって塞がれた。
「ライト先輩、何か気になることでもあったんですか?」
「……いや、べつに」
「そうですか……。なら、いいんです。くれぐれも奇行に走らないで下さいね?」
きこう? ああ、奇行か。
そんなことを言われても、申し訳ないが心当たりが無い。
つまり、そんなことを俺に言っても無駄だな。
というか、心配性すぎないか君? お前は俺のお母さんか?
「お母さんじゃないです」
「おお、口に出ていたか。すまん」
「それじゃ、先輩。皆さんのところに行きましょう」
「……なぜ?」
「先輩、自己紹介しましたっけ?」
「してないな」
「ですよね。それじゃ、先輩のことは私が紹介しますから、今はおとなしくしてくださいね」
「お、おう……」
強めの口調でそう言われてしまうと、何も言い返せん。
まあ、ここにいる連中のことはよくわからないし、愛音君が間を取り持ってくれるというのなら何も言うまい。
これから始まるのが人狼ゲームだと言うのなら、目立つ行動や不用意な行動は避けるべきなのかもしれんし、好奇心のままに動くのは少し抑えるとしよう。
やっぱり、印象は大事なのだ。
そうしてロッジに戻った俺は、愛音君の紹介で全員と顔を合わせることになった。
一人目はチャラ男。
名前は宇留部京谷。職業は動画配信者で、愛称はキョーヤとのこと。
愛称なんて聞いてもいないのに自分から名乗り始めたあたりが、生粋の目立ちたがり屋である証拠だろう。
というか、俺は人の顔と名前を覚えるのがすこぶる苦手なので、愛称とか名乗られても余計に混乱するだけだ。よってコイツはチャラ男で充分。
驚きだったのは、年齢が三十代前半だったことくらい。
二人目は普通の好青年。
名前は日野圭太。職業は普通のサラリーマン。
ここには彼女と一緒に来てしまったらしく、人狼ゲームの強制参加に対してかなり不安そうにしていた。
惜しいな、彼女持ちでなければ仲良くできたかもしれないのに。
「お互いに頑張ろうな」とか言われても、困るだけである。
三人目は好青年の彼女。
名前は中山唯。職業は普通のOL。
彼氏と一緒に一刻も早く日本に帰りたいのだそうだ。
こんなに異世界異世界している面白い場所からすぐに離れたいだなんて、どうも奇特な女であるらしい。
二人の名前を覚えるのは手間なので、この二人は一括りにして「普通のカップル」と覚えることにしよう。
この女も愛音君に対して、「お互いに頑張ろうね」と言っていたが、このカップルが俺達に共感するような素振りを見せていたのは何故だろうか?
もし愛音君と俺をカップルだと認識していたのなら、それは勘違いだ。
説明してやろうと思ったところで、愛音君に腕を引かれて次の人物のもとへ。
四人目はモデルのような見た目の女。
名前は天ケ瀬花蓮。職業はモデル。
服装は豪奢というより、場違い感が強い。
悪魔様に対して臆することなく質問できるあたり、とても肝が据わっているようだ。
がしかし、コミュニケーションに関しては難がある様子。
事実として、コミュニケーション能力に関しては俺よりも高いはずの愛音君に対しても、非常に素っ気ない態度だった。
美人ではあるが、印象はあまりよくはない。
ゲーム中は距離を置いた方が良いかもしれないな。
名前を覚えるのは後回しで。
五人目はモデル女の御付きの男。
名前は魚切碧人。職業はモデル女のマネージャー。
スーツを着た黒縁眼鏡の男。
モデル女に自己紹介していると鋭い目つきで睨まれた気がした。
こちらを見下している言動が隠しきれていないところがある感じ。
モデル女と同様に、態度は非常に素っ気ない。
モデルがモデルならマネージャーもマネージャーである。
というか、モデルの態度が悪ければそれをフォローするのがコイツの仕事なのでは?
それとも、非常事態につき職務放棄をしているということなのだろうか?
出来ればゲーム中は距離を置きたいところ。
名前は微妙に覚えにくいので、黒縁眼鏡君で覚えよう。
六人目は酔っ払いのおっさん。
名前は文岡弦。職業に対する回答はなし。おそらく無職。
悪魔様のプレッシャーに動じていなかった強者で、まだ少しだけ酒の入った酒瓶を片手に自己紹介に応じてくれた。
こちらを値踏みするような視線は気にはなったが、悪感情は感じなかった。
呼気のアルコール臭が強いので、少しばかり距離を置きたい。
アルコールが切れた後はどうなるか分からないからな。
七人目は気の弱そうな青年。
名前は金城柊。職業は研究職。
どこかの大学の研究所に務めているらしい。
自己紹介をしている間、終始おどおどしている様子だった。
悪魔様の一件でも、すぐにパニックを起こしていたことから、元からパニックを起こしやすい性格なのかもしれない。
ゲーム中にパニックを起こされてはたまらないので、距離を置きたい第一候補。
よって名前を覚える必要性が低いので後回しで。
八人目はチンピラに絡まれていた女。
名前は笹倉結奈。おそらく高校生か大学生。
軽く話して見た感じ、人がよさそうで、気が弱そうな感じだった。
見た目も可愛らしいので、チンピラに狙われるのも良くわかる。
というか、隣の気の強そうな女の目が厳しいので、あまり長く話すのは止めておいた。
特徴はゆるふわな服装と髪型。なので、ゆるふわちゃんと命名。
九人目は気の強そうな女。
名前は灰塚凛。ゆるふわちゃんと同級生だと思われる。
警戒しているのが丸わかりなので、身辺情報とかは聞けない感じ。
チンピラのせいで、コミュニケーションに影響が出ていて非常に面倒臭い。
まあ、この子がいれば、ゆるふわちゃんは心配いらないだろう。
ぱっと見、引き締まった体型をしているので、何かの運動系の選手に見えなくもない。
特徴はポニーテール。
十人目はお淑やかさん。
名前は清水目美也子。職業は不明、というか聞きそびれた。
その楚々とした振る舞いからして、どこかのお嬢様っぽい。
この集団の中では最も良識のある人のようで、気遣いも素晴らしい。
この非常事態の中でも取り乱さない精神力を持っている。愛想も良く、その座り姿は牡丹のようで、たおやかな立ち姿はまるで芍薬のようだ。
ゲームの時には是非とも協力関係を結びたい。
如何せん、名字が頭に入ってこないので、心の中では名前で呼ばせてもらうことにしよう。
十一人目はチンピラ。
名前は小河内光也。
コイツに関しては、一応礼儀を通すために自己紹介はしたがそれだけだ。
関わり合いになりたくないからな。
状況を理解出来ず集団全員を危機に陥れかけた一件も含めて、印象は最悪。
ゲームの際に同陣営になったら足を引っ張られそうなので、どこかで見切りをつける必要がありそう。
というより、何かあったら真っ先に投票の対象にされて処刑されそうだ。
それを理解していないだろう感じがまた、なんともいえない。
言わずもがな、コイツの名前は覚える必要がないだろう。
よく考えたら、お淑やかさん以外名前を憶えてないな。
まあ、いいか。
明日5/3から、毎週《月 水 金 日》投稿になりますのでよろしくお願いします。
名前にルビを振り忘れていたので追加しました。