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58 うらぎりもの

 人狼ゲームに勝とうが負けようが、悲劇が待っているのは変わらない。


 だというのに、デウス・エクス・マキナが現れてくれるような気配もない。

 ならば自力でどうにかするしかあるまい。


 だから、俺がこれから行おうとしているのは、『この世界の神への冒涜』と呼ぶのがきっと正しい。

 失敗したら、それはそれで喜劇になりそうな気がしなくもないけども。

 そこは運命の女神様が微笑んでくれることを期待しようじゃないか。


 ということで――


「そろそろ本題に移ろう」


 そう言ってから再びチップを取り出せば、全員の注目が集まった。


「このチップが教えてくれた『答え』、それは――『この世界が仮想現実の中である』ということだ」

「……何言ってるの?」


 おっと、ポニテ女子よ、君はお呼びじゃない。


「これに関しては、薄々感づいていた奴もいるはずだ。アンタはそうだよな?」


 俺がカップルの男の方に顔を向ければ、カップルの男は神妙に頷いた。


「そうだね。この世界を別の世界と呼ぶには、あまりにも寓意に溢れていると思う」


 寓意。

 つまり、アレゴリー。


 それは、日本の最高裁判所にある「テミス」という女神を模した像を例に挙げると、「裁判における正義の意思」を右手の『剣』として、「平等・公平」を左手の『天秤』として表現することなどを指している。


 ダンテの『神曲』も有名なアレゴリー作品の一つであるのだから、カップルの男がそう感じるのも当然だ。


 そしてまた、カップルの男が同意してくれたことにより、俺の言葉に正当性が生まれようとしていた――。

 反論しようとしていたポニテ女子が、口を噤んでしまう程度には。


 そう、正しそうに見えさえすれば、それでいい。

 これは騙し合いのゲームなのだから。


「ただ、ここが仮想現実だとすると、おかしいと考える奴がいるのも分かる。有名人が仮想現実に拘束されて、サイバーポリスが動かないわけがないからな」

「そんなの当り前じゃない」

「ただし、俺たちが『コピー』だとしたら、助けが来なくても不思議じゃないとは思わないか?」


「え……?」

「おいおいおいおい……。いくら何でもそりゃねえだろ。だいいち、俺たちのコピーを作ったとして一体何がしたいんだよ」


 なんと、味方であるはずのオッサンから反論を頂いてしまった。

 俺の言葉を真剣に受け止めてくれたのは、カップルの男とチンピラの二人だけのようだ。

 やっぱり、この仮説に関しては受けが悪かったか。


 説明しても反論される可能性があるのなら、実証を見せればいいのだけの話だ。


「それを説明するためには、『コレ』を使う必要がある」


 言いながら、俺はテーブルの上に小さな竹の筒を一つ置いた。


「それは?」

「『聖なる水』だ。これを今から数人に配るから、指示を出された奴から飲んでくれ」


 テーブルを一周して、竹の筒を配って回る。

 そのついでに、カップルの男とオッサンの二人には、あることを耳打ちしておいた。


「……おまえ、俺に何させる気だ?」


 という警戒気味のオッサンの問いに俺は、


「すぐに分かる」


 とだけ返してから、自分の席に戻った。

 俺が竹の筒を配ったのは、ゆるふわちゃん、ポニテ女子、女神様、チンピラの四人である。


 すると、ゆるふわちゃんが竹の筒を見て何かを思い出したのか、青い顔をより一層青くして、泣きじゃくり始めた。

 おそらく、悪役令嬢の死に様を思い出したのだろう。


 それを見て、ポニテ女子が警戒感を露わにして口を開いた。


「何かおかしなものを混ぜてたりしないでしょうね?」


 ……おかしなものではあるが、混ぜてはいないから問題ないな。


「心配しなくても大丈夫だ。ただ、飲まないならオッサンに殺してもらうだけだから気にしなくていい」

「――っ⁉ 本当に最低ね、アンタ。選択肢なんてないのと一緒じゃない!」

「そうかもな。じゃあ丁度いいから、お前から飲んでくれ」

「……っ!」


 俺が指示を出すと、ポニテ女子がものすごく何か言いたそうな顔でこっちを睨みながら、一息に筒の中身を飲み干した。


「り、凛ちゃん……⁉」


 ゆるふわちゃんが心配そうにポニテ女子を見るが、何も起こらなかった。

 ――人狼に与した裏切り者に効果はなし。


「次は君だ」


 俺がゆるふわちゃんに視線を向けると、「ひっ」という悲鳴が返ってきた。

 怯え切っているゆるふわちゃんの顔を見れば、可哀想な気はしなくもないが、『コピー』であるとはいえ愛音君を殺しているので、俺の心証はマイナスだ。

 むしろちょっぴりイラっとする。


「早くしてくれないか?」

「は、はい……」


 ゆるふわちゃんはおそるおそる竹筒に口を付けると、目をぎゅっと瞑ってから、こくりと飲み込んだ――


「あ、あれ?」


 が、やはり何も起こらなかった。

 ――人狼にも効果はなし。


 ホッとしつつも不思議そうにしているゆるふわちゃんのことは置いておいて、女性陣最後の一人に向き合う。


「次は、美也子さんお願いします」

「……」


 俺の指示に、美也子さんは返事を返してくれなかった。

 もしや、名前で呼んだのがまずかったのだろうか?

 そんな俺の心配をよそに、美也子さんは何の躊躇もなく聖なる水を飲み込んだものの、やっぱり彼女の体にも何の変化も現れなかった。


「じゃあ、チンピラお前の番だ」

「おう」


 前の三人がなんともなかったのを見て、全くの無警戒で聖なる水を口に含むチンピラ。

 その喉が豪快にごくりと音を鳴らす。


 途端――


「うぐがあああああああああぁぁぁぁぁあっ⁉」


 と、野太い叫び声を上げ、体を押さえるようにしてテーブルに突っ伏してしまった。

 カップルの男の治療の時に服を失ってから、ずっと裸のままだったチンピラの上半身に、みるみるうちに青紫色の打撲痕が浮き上がっていく。


 しばらくすると、チンピラの顔はあっという間に腫れ上がり、もはや敗戦後のボクサー顔負けの状態になっていた。

 その光景に、美也子さんを除いた全員が言葉も出ない様子。


「い、いでぇよ」


 と、机に突っ伏したまま涙を流すチンピラに向けて、俺は質問した。


「お前、この世界に来てから誰かを殴ったか?」

「殴ってねえよ……」

「じゃあ、日本では?」

「喧嘩でサツの世話になったことなら何度か……」


 やっぱりな。


「と、こういうわけだ。この聖なる水には『アヌビスの天秤』とかと似たような効果があったわけだな」

「いや、わかんねえよ……。ちゃんと説明してくれ」

「え?」


 オッサンに言われて視線を一周させる。

 美也子さん以外の全員が、頭上に「?」を浮かべているのが見えた気がした。

 まあ俺にしても、聖なる水の効果は勘違いしていたし、説明は必要かもしれん。


「聖なる水には、フレーバーテキストが存在していたんだ」

「……フレーバーテキスト?」


「そうだ。確か――『聖なる水は罪なき者に祝福を与え、罪ある者には罪と等価の罰を与える』とか言う内容だったはずだ」

「じゃあ、小河内君がボロボロになったのは『罰』によるものなのかい?」


「おそらくそうだ。そして、チンピラはこの世界では何の『罪』も犯していない。であれば、裁かれたのは『現世の罪』ということになる。そうすると――」

「まさか……。花蓮さんが炎に焼かれて死んだのも、『現世の罪』が原因だった?」


 さすが、元副リーダー。

 だが、美味しいところは俺が言いたかったな。


「そう言うことだ。それを踏まえてオッサンの問いに答えるとすると、『この世界を創った人物は、俺たちの中から罪人を見つけることが目的だった』あるいは、『罪人の罪が何だったのか知りたかった』ということになる」

「いや、でもよ……」


「俺たちがここにいることに誰かの意図が介在していることが判明し、ここが仮想現実だという証拠もある。俺たちが『コピー』ではないと、どうして言い張れるんだ?」

「……」


 悔しそうに黙り込むオッサン。

 その表情は、到底納得したようには見えない。


 ここまで『俺たちはコピー説』を嫌がられるとは思わなかったな。


「それともあれか? 『裏切り者』の口から、直接話を聞けば納得するのか?」

「裏切り者……? 人狼の協力者のあの嬢ちゃんのことか?」

「違うぞ? 俺の予想通りであれば、この中にゲームマスターのような存在が混じっているはずだ……。そいつが本当の『裏切り者』だ」


 オッサンはピンと来ていない様子なので、さらに説明を加えることに。


「心当たりが無いか? ここにいる全員に違和感なく『聖なる水』を飲ませ、花蓮を殺すことが出来る人物に」


 これを聞いて、ようやくオッサンの中で点と点が繋がったようだ。


「⁉」


 途端にオッサンの目が驚愕に見開かれ、その視線が一点で固定される。


「まさか……。アンタが?」


 そう、オッサンの視線の先にいた者の名前は――


 清水目美也子。


 彼女こそが『三人目』であり、本当の『裏切り者』である。


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