51 ぜんいんぜんか
次の瞬間に俺の目に飛び込んできたのは、やはりというかロッジの内側だった。
そんなもう見慣れてしまった光景の中に、空席が三つ。
新しく出来た空席には、そこに居るべきアッシー君がいなかった。
「そんな、金城さんが……」
そうやって愛音君がショックを受けている間にも、状況確認を続ける。
すると、夕焼け色に染まった振り子時計の文字盤に、三日月のマークが表示されているのが目に入った。
太陽がまだ沈んでいないにも関わらず、今は『夜時間』であるようだ。
「やっぱりか」
それに、カップルの男も意識が戻っていないらしく、テーブルに突っ伏したままだ。
プレイヤーが十人いても、有効票は九票。
無投票についての説明があったのは、こういう時のためだったのだろう。
となると、もう――。
頭の中で結論が出た瞬間から、体の力が抜けていく。
狩人がいてもどうにもなりそうにない、完全なPPですね。
ありがとうございます。
完全に脱力して椅子に凭れかかり、天を仰ぐ。
「これは、詰んだかね……」
なんて呟いていると、向かい側から挑発的な声が飛んできた。
「あら? それは自白と捉えてもいいのかしら?」
「自白……? 何がだ?」
「金城は、疾走する前に日野さんのテントに寄っていたわ。その時にアナタと何か話していたはずよ……疾走の原因も、死亡の原因もアナタにあったと考えるのが自然じゃない?」
「それは、お前の頭の中での話だろ」
あの場面をコイツに見られていたのか……。
アッシー君め、とんでもない置き土産を残してくれたもんだ。
「……ふうん? なら、金城と何を話していたのか聞かせてもらえないかしら? アナタに非がないのなら、問題ないはずよ」
「はあ……。アイツは最初の投票の時に、俺には投票していないと言いに来たんだよ」
「それだけ?」
「……それだけだが?」
「自分が助かりたいからって、もっとマシな嘘を吐いたらどうなの?」
「……」
嘘もなにも、なんでお前が判断するんだよ。純然たる事実だわ。
ただ、事実が弱すぎて悪役令嬢の論をうまく弾き返せる気が全然しないんだよな。
……どうやらモブの俺はここで死ぬ運命なのかもしれない。
などと、諦観めいた気持ちになっていると、
「先輩」
と、愛音君に呼ばれた。
そちらを振り向いてみれば、如何にも『私怒っています』といった顔の愛音君と目が合った。
……何故に怒っているんだね、愛音君や?
もしかして、反論する気の無い俺にお怒りとか?
はたまた、もう詰んでいることに気付いていないだけだったりするんだろうか?
もし、占い師COさせろというのなら、それは無理な注文だ。
愛音君には万が一にも生き残れるかもしれない可能性があるのだから、それだけは許容できないぞ?
ということで、愛音君に向かって小さく首を横に振る。
たとえモブが死んでも、占い師が生きていた方が良いに決まっているのだから。
そうして、ゲームをクリアしてから悪魔様の報酬で生き返らせてもらえる可能性に賭けた方が、幾分かマシな気がするのだ。
「反論できない、ということはそういうことよね?」
「そういうことではないが、反論が思いつかん」
「あらそう、ならさっさと投票に――」
「アナタさっきから何なんですか?」
悪役令嬢の言葉を遮ったのは愛音君だった。
しかも、かなりご立腹の様子で、声のトーンが低かったりする。
「何のことかしら?」
「確固たる証拠もないくせに、先輩を狙い撃ちするみたいに犯人扱いばっかりして……何が目的なんです?」
「何が目的ってそんなこと決まっているじゃない。人狼を殺すことよ?」
「先輩は白なのにですか?」
「それはアナタ目線の話でしょう? 実際は――」
「じゃあ、先輩が白だと証明できればいいんですね?」
「……ふうん? 一体どうやってかしら?」
挑発的に笑ってみせる悪役令嬢。
どう見てもこれは誘いだった。
「待て、愛音君!」
――それ以上はダメだ。
必死に眼で訴えかけてみるが、愛音君は小さく笑みを返すだけ。
そして、毅然と悪役令嬢を睨み返し、口を開く。
「私の役職は、うら――」
「ゲホッ……。ゲホ、ゴホ!」
愛音君の宣言は、カップルの男が盛大に咳き込んだ音で掻き消された。
カップルの男が、テーブルに突っ伏したまましばらく咳き込んでから、ゆっくりと体を起こす。
「……大丈夫なのかよ?」
チンピラの声に、カップルの男は「ああ」と返すと、悪役令嬢の方を見た。
そして――
「雨篠君が白だということは、僕が保証しよう」
と、開口一番に言い放った。
「どういうこと?」
「どういうことも何も……僕もその場にいて、金城君の話を聞いていたんだよ」
「……今まで意識不明で眠っていたのに、金城がいた時はたまたま意識があったとでも?」
「そうだよ?」
「でもあなた自身の白が証明できていないじゃない、それでは無意味よ」
「なら君も、どうして雨篠君が僕を助けたのか、論理立てて説明するべきじゃないのかい?」
「それは――」
「あーもう面倒くせえ!」
酔っ払いのオッサンが、急に話を遮った。
オッサンは悪役令嬢の方を睨みつけ、瓢箪を持ったまま指を突きつける。
「おめえの言ってることは、全然頭に入ってこねえんだわ!」
……それは、オッサンが酔っぱらっているからでは?
「そう……。だからなに?」
「分かんねえのか? 俺には、お前が人狼にしか見えねえって言ってんだよ!」
「根拠でもあるの?」
「雨篠の奴は誰かを助けてるが、お前は殺そうとしてばかりだ。それだけで十分だ」
「話にならないわね」
「はあ……。別に、お前の意見なんかもういらねえから気にすんな」
「どういうこと?」
「俺は『狩人』だ! 今回の投票結果がどうなろうが、お前のど頭ぶち抜いてやるって言ってんだよ!」
オッサンがそう宣言した瞬間――悪役令嬢が盛大に顔を顰めた。
どうやら、形勢が逆転したようである。




