50 ぷらいまるふぃあー
テントに戻ってからもカップルの男の看病は続き、そうしてカップルの男が目覚めないまま、俺たちは夕暮れ時を迎えていた。
また、夜を迎えるにあたって再び話し合いの場が設けられることになっており、カップルの男を看病している俺たちに配慮してか、テントのある広場に全員が集まることが決まってもいた。
がしかし、いつまで経っても話し合いが始まる様子がなかった。
というのも――
「金城さんがどこにもいない?」
「おう、一通りめぼしいところは回ってみたけどよ……。どこにもいなかったぜ」
そう、アッシー君がいつまで経っても現れないせいである。
いや……チンピラの話からするに、行方不明といった方が正しいか。
とその時、焚火を囲んで立っている俺たちをぐるりと見渡してから、悪役令嬢が口を開いた。
「探しに行きましょう」
すると、例の如く酔っ払いのオッサンが口を挟む。
「夜になるまでに見つからなかったらどうすんだ?」
「その時はその時に考えればいいでしょう?」
「……けっ!」
そんな一幕があったものの、反対意見はどこからも上がることはなく、九人がそれぞれ手分けしてアッシー君を捜索することが決定した。
十人全員で探さないのは、カップルの男の看病に一人残す必要があったからである。
ちなみに、今カップルの男を看病しているのは愛音君だ。
俺はというと、テントの広場の近くの森を一人で捜索することになった。
夕暮れ時の森の中なんて物凄く視界が悪い上に、何かの拍子に近くの藪が音を立てて揺れるたび、体が強張ってしまうくらいには薄気味が悪かった。
……こんな森の中なんて、人狼が出ないと分かっていても入りたくないな。
もういっそ、スイッチを使った方が早いんじゃないか?
こんなことのために使うなんて、勿体ない気がしないでもないけども。
などと考えながら歩いていると、また背後でがさりと音がした。
途端に体が硬直する。
「ライト先輩!」
が、声は俺の良く知るものだった。
……なんだ愛音君か。驚かせないでくれ。
振り向くと、どこか焦った様子の愛音君がこちらにトタトタと走って来る。
「どうした、何かあったのか?」
俺がなんでもなかった風を装いながら尋ねると、愛音君が周囲をきょろきょろと見回してから、耳元で囁いた。
「占い師の能力が復活してるんです」
「……っ⁉」
――マズい!
そう思った時には、愛音君の手を取って駆け出していた。
向かう先はもちろん、ロッジである。
「先輩⁉」
「いいから、ついてこい!」
「……はい!」
走っている最中に空を確認するも、やはり空はまだ明るく、茜色をしていた。
夜になっていない。――だというのになぜ?
もしや今のこの状況すらも、作為的なものなのか?
止め処なく断片的な思考が頭の中を駆け巡る。
――が、答えは出ない。
ものの数分でテントの広場に出て、北へ急ぐ。
ロッジまでの距離は推定二キロ。
しかし、その半分も来ていない時点で、俺の体はすでにへろへろだった。さらに少し走ったあたりで、愛音君と俺の位置関係は見事に入れ替わってしまうほどに。
女性に手を引かれて走る男とはこれ如何に……。
やはり、俺は主人公の器ではないんだろうな。
そうして愛音君に手を引かれて走るという、なんとも恰好がつかない状態で無駄に元気な脳みそを働かせていると、森の中から何かが飛び出してきた。
「――うわっ⁉」
「えっ⁉」
「大丈夫か⁉ そんな急いで、何かあったのかよ⁉」
……なんだよ、チンピラかよ、驚かせるなよ、鼻フックすんぞ?
やっぱり鼻フックは指が汚れるから、ラテボの種を詰めてやろう――って、ん?
「……チンピラ、お前ロッジまで走れるか?」
「いやチンピラってよ……。まあ走れっけど、それが?」
「なら、急いでベルを鳴らしてくれ!」
俺が食い気味にそう言うと、チンピラは「お、おう」と神妙な顔で頷き、そして理由を何も聞かないまま走り去っていった。
……チンピラって、あんなに聞き分けのいい感じの奴だったか?
もう少し、説得に手こずるかもしれないと思っていたからありがたい。
鼻ラテボの刑は無しにしてやろう。
とはいえ、チンピラが人狼じゃなさそうだったから一応任せてはみたものの、なにかが起きないとも限らないので、俺たちも歩いてロッジに向かうことに。
ちなみに、もう手繋ぎ状態は解除されている。
そうしてしばらく歩ていると、愛音君が話し掛けてきた。
「そう言えば、ライト先輩……?」
「なんだ?」
次に誰を占えばいいかとか、そういう話だろうか?
「先輩って、お化けが苦手なのか大丈夫なのかどっちなんですか?」
「はあ?」
「だってさっき悲鳴を上げてたじゃないですか。教会の地下だったら全然平気だったのに……。おかしいですよね?」
なんだ、そんなことか。
「幽霊は見たことがないのでいないも同然だけれども、野生の獣とかはいるだろうし、遭えばどうなるか分からないじゃないか……恐怖して当然だ。それに――」
「それに?」
「デスゲームの最中に二人の男女が手を繋いで森の中を走っていて、そんな時に何かが飛び出てきたら、それは人狼に決まっているだろう?」
「……はい?」
なぜか首を傾げられた。
しかも、おバカを見る目のおまけつきだ。
さて、こうなったらおバカな愛音君のために、モブと死亡フラグ、そしてお約束の関係性についてしっかりと説明してあげようじゃないか。
それに、驚くという状態にしたってさまざまな種類があるのだ。今回に関して言えばより本能的で感覚的なものである上に、人間というモノは太陽が沈み始めたあたりからセロトニンの分泌量が減るように出来ていて――。
などと、うんちくを垂れようとした途端、視界が暗転した。




