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45 おじいさんはかわへせんたくに、おばあさんはやまへ――

 てきとうな時間に眠りに就いて、起きる頃には外はもう明るかった。

 なのに、中途半端に二度寝したせいか、微妙に頭が重い。


 寝ている間に霧は晴れたらしく、テントを出てみれば、チンピラが消えた焚火の側に座っているのが見えた。

 なんとなくチンピラと目が合った気がするが、特に話すこともないのでスルーし、そのままロッジに向かう。


 ロッジに着くと、またもやロッジの前で水の番をしていた女神様から御水を頂戴した。

 気持ち女神様から距離を取りつつ水を飲み干し、ついでに焚火の側に置いてあった大きめの殻の容器から、オレンジ色の小さな物体を一つ拝借。


 それを見た女神様が微笑み、「お気をつけて」という言葉を下さったので、こちらも「どうも」と、軽く頭を下げてから西に向かう。


 目的地は死体が安置されている場所、ではなく――その手前の川だ。

 さっさと死体の確認をしたいのは山々でも、カップルの男と鉢合わせないように動いた方が良いだろうから、後回しにしたい。

 それになにより、今は体が汚いことの方が気になる。


 『夜時間』とかいうふざけたルールのせいで、四十八時間以上も洗えなかった体の汚れをさっさと落としてしまいたいのだ。

 それも、できるだけ早く。


 なんせ二度寝した原因の一つが、体の痒みなのだから。

 痒さに目が覚めて、睡魔に負けてもう一度眠る。


 これの何と非効率的なことよ。

 次の『夜時間』までは狼の襲撃は起こらないのだから、全力で惰眠をむさぼるチャンスであるというのに。


 快眠するためにはまず衛生的でなければならない。

 となれば、痒みの原因はさっさと滅するべし。


 そのためにオレンジ色の物体を拝借してきたわけであるし。

 ちなみにオレンジ色の物体の正体は、ムクロジと呼ばれる木の実である。

 ムクロジは別名をソープナッツと言い、読んで字の如く石鹸として用いることが出来る。

 しかも、界面活性剤の成分を含んでいるのは果皮の部分だけであり、種は火を通せば食用にもなる。


 だから、ムクロジの実が焚火の近くに置かれていたというわけだ。

 これらは、今は亡きチャラ男の知恵である。


 無人島でサバイバル生活をしたことがあるというのは本当だったのだろう。

 そして、チャラ男の小さな遺産を握りしめ、川に着いた俺がウキウキで服を脱ごうとしたあたりで、背後から声をかけられた。


「なあ、ちょっと話が――」

「ない。帰れ」

「ええ……?」


 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはアホ面のチンピラが立っていた。


「俺は今、最高の惰眠を貪るための下準備で忙しいんだ。誰かさんの武勇伝とかだったら遠慮させてもらう。だから帰れ」


 なにせコイツの話は、十分に安眠の妨げになる可能性があるからな。

 広場からわざわざ俺を追ってきたことから、それ相応の話である可能性もなくはないが、コイツには前科があるせいで信用できん。


 それに、いかにも短気そうなチンピラのことだ、少しでも強めにモノを言えばすぐにでも怒り出してくれるに違いない。

 そんな感じでコイツの話とやらも有耶無耶になってくれれば万々歳だ。


 ただし殴られてしまった場合も安眠に影響しそうなので、本格的にチンピラがキレ出す前に、トンデモ話術を展開してドン引きしてもらう必要があるかもしれん。

 などと考えながら出方を伺っていたものの、どういうわけかチンピラは一向に怒り出す気配がなかった。


 それどころか、チンピラは苦り切った表情を浮かべ、


「お前が怒んのも当然かもな……」


 と言って自嘲気味に笑うと、ロッジの方へ引き返そうとする。

 その様子があまりに肩透かし気味だったせいで、つい疑問が口をついて出てしまった。


「……俺が怒るのが当然って、どういう意味だ?」


 そんな俺の声を背に受けて、チンピラの足が止まる。


「あの時……俺が余計なことしなけりゃ、唯さんは死ななかっただろ」


 ああ……そういうことか。


 コイツは、俺がスイッチを押すのを邪魔されて怒っている、と勘違いしているわけだ。

 そうなると、俺が怒っていると勘違いしているにもかかわらず、話をしたいというのはどういう了見なのだろうか?

 まあ、勘違いを正すメリットもないし、このまま話を進めてみるとしよう。


「確かに、お前が余計なことをしなければ助かった命だったかもな……。それで、話っていうのはそれで終わりでいいのか?」


 俺がそう尋ねると、チンピラが肩を落としながらこちらを向いた。


「いや……」

「まだあるのか?」

「すまねえ」


 ……あまりにキャラが違い過ぎてこっちの調子が崩れるな。

 何かにつけて謝られても面倒なので、チンピラが自分から口を開くのを待つことに。

 そうしてしばらくすると、チンピラがぽつりぽつりと話し出した。


 ――まるで懺悔するかのように。


「自分で考えて、勝手なことやって、上手くいったためしが俺にはねえんだ……」


 だから、あの時も誰かに言われたとおりに行動していた、と?

 そもそも、あの時どうすべきだったかなんて正解は誰にも分からないはずであるし、どっちが正しいだのなんだのという考え自体がアホらしい気がする。


「……だから、あの時のお前の行動は仕方がなかったと?」

「そんなことを言いたいわけじゃねえ! でもよ、筋を通さねえってのも間違ってる……そうだろ?」


 いや、そうだろと言われても「はあ」としか返せんよ。


「だから、俺はよ……謝りに行ったんだ」


 ……は?

 コイツが誰に謝りに行ったかなんて分かり切ってはいるけども、一応確認。


「誰に?」

「日野に決まってんだろ」


 つまりあれか……コイツにはその気が無くても、カップルの男の指示を優先した結果、カップルの女が死にましたって言いに行ったわけか。

 しかも、チンピラは自分に非があると思って謝罪しているわけだからたちが悪い。


 誠実であるが故に、残酷でもあるのだから。

 それを知った時のカップルの男の心情は察するに余りある。


「――で、謝って、その後はどうなった?」

「殴られることも覚悟してたんだけどよ……そういうのはなかったんだ。代わりに、日野の様子がおかしくなっちまって……」

「……様子がおかしい?」


 俺には結構前からすでにおかしかったように見えたけどな。

 つまり、今はあれ以上におかしくなっている、と。


「そうなんだよ。唯さんの死体に向かってずっとブツブツ言ってたなと思ったら、急に笑い出して……いきなり『山に登らなきゃ』とか言い出したんだ」


 それは確かに意味が分からな過ぎて、超怖いな。

 しかも、『山登り』って言っても、あれはほぼ崖だぞ?

 道具もなしに、ましてや素人が登れるわけがないだろう。


「危ねえから止めておけって言ったんだけど、全然ダメでよ……」

「そんなの、気の済むまで勝手にやらせておけばいいだろう。何でわざわざそんなことを俺に言うんだ?」

「それは――」


 俺に言いにくいことでもあるのか、チンピラの目が泳いだ。


「それは?」

「アンタの彼女に話しちまったから、アンタにも話しておこうと――」


 は?

 気が付いた時には俺は、チンピラの胸倉を掴んでいた。


「愛音君は今どこにいる⁉」

「た、多分……日野のところだと思う」


 さてと、聞きたいことは山ほどあるが置いておこう。

 そんなことよりも今は――


「おいチンピラ、俺を日野のところへ連れていけ……!」

「お、おう」


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