3 かおす
俺の脳内理論が速攻で矛盾を起こしたので、悪魔様が再起動する前におとなしく席に戻ることに。
というか、席に着く前に悪魔様と目が合った気がする。
超怖い。
それともまさか、すぐにチンピラを血祭りにあげないのは、俺を待っていたからだったりするのだろうか?
だとすると、悪魔様超優しいな。
とりあえず、そこのチンピラをぶち殺すだけで許してくれませんかね?
そんな俺の内なる願いが届いたのか、悪魔様が動き出した。
ゆっくりと腕を持ち上げ、骨ばった手を開いてチンピラに向ける。
「んだよ……」
警戒するチンピラ。
しかし、チンピラが身構えた時にはもう遅かった。
悪魔様が人差し指と親指で何かを摘まむような仕草をすると、チンピラが首元を押さえて藻掻き始める。
「が、あ、あっ⁉」
そのまま悪魔様が手を上にあげていくと、チンピラの口から大きな赤い蛇がにゅるりと顔を出した。
顎が外れたのか、それとも嗚咽感からか、チンピラは苦しそうに涙を流す。
頭の周りをぐるりと一周した赤蛇が、頬に伝った涙をぺろりと一舐め。
悪魔様がぱちんと指を鳴らせば、赤蛇は煙になって消えた。
酸欠状態のチンピラは心が折れたのか、息を切らしてその場に座り込んでしまう。
他人には嬉々として不条理を与えるくせに、不条理に対する耐性がないなんて情けない。
というか、悪魔様は転移魔法を使えるんだから、体内に異物を召喚されるくらいは想像の範疇だろうに。
しかも、やっぱり悪魔様は優しいぞ。俺ならウジ虫無限ゲロの刑に処している。
そして同時に、悪魔様は俺たちを殺すつもりは無いとハッキリした。
ということは、だ。
悪魔様は、俺たちと対話するつもりがある可能性が高いことになる。
もしかすると、悪魔様と契約するチャンスがあるかもしれない。転移できればこの島からの脱出などお茶の子さいさい。わくわくが、俺の冒険心が止まらない!
「……ん?」
なんか、近くからガチャガチャうるさい音が聞こえるな。
音の方へ振り向けば、チャラ男が何やら血相を変えて扉と格闘していた。
「あ、開かない⁉ 扉が開かないぞ!」
……知ってる。
ただし、人間という生き物は、自分の理解の及ばない異常事態に見舞われるとパニックを起こすものだ。それは俺も同様ではあったものの、既にパニック状態は脱している。
そして、閉鎖空間においてパニックというモノは伝染しやすく、それは特に共感性の高い女性に起こりやすいとされる。
ちなみに、ここにいる十三人のうち約半数は女性だ。
つまり――
「うわああああぁぁぁっ⁉」
悲鳴を上げたのは、気の弱そうな青年だった。
……もう一度言おう。悲鳴を上げたのは青年だった。
気の弱そうな青年は突然走り出し、チャラ男を弾き飛ばしてドアノブをガチャガチャ、扉をドンドンと叩き始める。
「だ、誰かいませんか⁉ たすっ、助けて下さい‼」
そういうのは映画とかでは女性の役目じゃなかったか?
俺が主人公だったら、素晴らしい考察を披露した後には、女性が悲鳴を上げるシーンになっていなければおかしい。
また俺が主人公ではない証拠が一つ増えてしまったな。悲しいことだ。
俺が一人でうんうんと頷いている間に、扉の前にどんどん人が集まっていく。
円卓に座っているのは、俺と愛音君に酔っ払い、モデルのような女に、その御付きっぽい男、そしてお淑やかで美しい女性の六人だっだ。
こっちの方が人数が少ないみたいだし、あっちに混ざるのも得策か?
というか、扉を壊そうとしている音がすごく五月蠅いから、ここに居たくないんだけど。
ちらちらと扉の方に目を遣っていると、指パッチンの音が聞こえた。
と同時に、一瞬だけ視界が暗くなり、扉の前にいた七人が消えた。
「うおっ⁉」
驚きの声の出どころは、空席になっていたはずの俺の右隣。
そこに突然現れたのはチャラ男だった。
お前かい。
どうせなら、お淑やかな感じの女性が良かったわ。
室内を見渡せば、円卓に十三人全員が着席していた。
というよりは、強制的に着席させられたというのが正しいのだろう。
瞬間移動した者は、皆一様に驚いている様子。
ついでに、椅子を壊したばかりのチンピラは、どこかから現れたぼろい椅子に座らせられていた。
「アマリ手ヲ煩ワセルナ。次ハ無イゾ?」
そう宣言されてしまえば、動ける者などいるはずがない。
悪魔様は、恐怖でがちがちに固まる者達を一瞥してから続けた。
「コレカラオ前達ニハ、ゲームヲシテモラウ……」
ゲームとな?
悪魔が提案するゲームとか、不穏な匂いがプンプンする。
これがホラーものの物語であれば、人間には想像もできないグロくて残酷なゲームが行われることになるのだろう。
それだけは是非とも勘弁してもらいたい。グロいのは苦手なんで。
すると、モデル女が尋ねた。
「ゲーム?」
「ソウダ。名ハ、『ラ・コメディア』。細カイルールハ、ココニ記シテアル」
悪魔様はそう言うと、空中から一枚の羊皮紙のようなものを取り出した。
もう片方の手で指をパチリと鳴らせば、その羊皮紙は悪魔様の手元から消えた。
羊皮紙は一枚。
おそらくその転移先は、主人公のところに違いない。
ということは――俺の手元に羊皮紙があれば、俺が主人公!
主人公なら、悪魔のゲームでも生き残れるはず。
俺は胸を高鳴らせながら、目線を悪魔様から外し、手元に視線を落とす――。
そこに羊皮紙は――なかった。
やっぱり俺はモブだった。
あああああああああああぁぁぁぁぁ俺、死んだぁぁぁぁぁぁぁっ⁉
たぶん俺は今、すごい顔でフリーズしているんだろう。
でもそんなことはどうでもいい。
ていうかもはや、全部がどうでもいいかもしれない。
だってそうだろう?
ここは異世界だとはいえ、どこかの孤島。そんな孤島に集められた俺たちは、これからプレーヤーとして悪魔のゲームに参加するんだぞ?
どこからどう見てもデスゲームです。ありがとうございます。
デスゲームものの物語において、もちろん主人公が死ぬこともあるが、主人公以外の死亡率は著しく高い。
そして、物語においてキャラが立っていない奴はすぐに死ぬと相場が決まっている。
ついでにいえば、俺はごく普通の大学二年生だ。
このメンツの中ではキャラの強さ的に、下層に位置すると言っていい。
逆転の一発があるとすれば、それは俺が主人公になることだけだった。
せめてもの悪あがきに、左右を見る。
愛音君の手元にも何もない。
というか、そんな不安そうな顔で俺を見ないでくれ、愛音君や。
君も自分が主人公じゃなかったことにショックを受けているんだろうが、それはモブの俺にはどうすることも出来ないんだ。
振り返れば、チャラ男が青い顔で固まっていた、が俺はすぐに目線を下にさげた。
チャラ男の手元にも羊皮紙はない。
くそっ。
隙だらけのコイツからなら、主人公の証を奪い取れたかもしれないのに。
奪い取ったら、そのあとは簡単だ。
誰かの目に触れる前に羊皮紙を燃やし、主人公の証授与を悪魔様にやり直してもらうのだ。そうすれば俺は主人公に成り代われるかもしれない。
目の前の蝋燭には火が灯ってないし、俺はタバコを吸わないのでライターの類を持っていないが、それは問題ない。ロッジの前に焚火があったからな。
そこにぶち込めば俺の勝ち。
なんという完璧な作戦か!
よく考えれば、今からでも羊皮紙を持っている奴から奪い取れば間に合うのでは?
そうと決まれば脱出口を確保――って、あれ?
扉、開かないんだった……。