1 みちへのたんきゅう
序盤は異世界サバイバルに近い感じになります。
俺は、服に着いた土を払い落としながら、よっこらせと立ち上がった。
「うーん?」
何故かよくわからないが、機械がピカッと光ったら森にいた。
周囲を見渡しても、あるのは木、木、木。
なんとはなしに上を見上げれば、日中にもかかわらずキレイな月が昇っていた。
しかも三つも。
空に浮かび上がる三つの白い月を見た瞬間、俺は首の後ろに埋まったチップを右手で押さえた。
「ブート・非常用プログラム。VR緊急脱出コード適用!」
・・・・・・。
あれ?
何も起こらない。
遠くで小鳥が鳴いた気はするが、それだけだった。
なぜか急に虚しさに襲われた。
誰が見ているわけでもないのに居心地が悪くなってきたので、この場を離れることに。
少し薄暗い道なき道を、ただ当てもなく進む。
遭難した時は、むやみに動かない方が良いとかなんとか聞いたことがある気がするが、そんなことは気にしない。たしかそれは、救助が期待できる場合の時だけ有効な手段のはずだからだ。
くだらない事にも思考を裂きながら、都会暮らしには縁遠い大自然の中をぶらついて、ゆっくりと思考を整理していく。
VR装置の中ではないとすれば、少なくとも今俺がいるこの星は、太陽系外の地球型惑星ということになる。でなければ月が三つもあるのはおかしいからな。
しかしそうなると、俺は病院のくそデカい装置でどこかの惑星にワープしたとかいう荒唐無稽な予想が成り立ってしまうが、それはそれでよく分からない。ワープ技術はまだ人体実験が行えないくらいの技術のはずだし、仮にそれが完成していたとして、それをわざわざ俺に使う意味なんてもっとない。
気になることがあるとすれば、青井の診察室に入った時や、デカい装置を使う時に看護師さんらしき人物を見かけなかったことくらいだ。
そこまで考えたあたりで、俺は――はっとした。
もしや――
「もしかして、事故死して異世界に飛ばされた⁉」
この発想には我ながら感心した。
雷に打たれたかのような感覚というのは、このことに違いない。
一昔前に流行ったとされる、異世界転生モノや異世界転移モノ。そういったライトノベルの類をこよなく愛する俺にとって、この程度の正解を導き出すことなど造作もないことだ。
そういうことなら、村を探すことにしよう。
大抵のラノベは村に行けばどうとでもなるんだし。
異世界転移モノであれば、大抵は中世ヨーロッパのような世界が舞台であることが多い。
もしそうならば、人がいる場所には煙が立っているはずだ。文明に竈や炉はつきものなのだから。
などと言う結論に至った俺は、時たま上の方を確認しながら、気分良く森の中を進んだ。
今なら青井の犯した『カウントが早かった罪』を減刑してやってもいい気がする。それくらいには気分が良かった。
あ、やっぱやめた。
俺を事故に巻き込んでいるのは間違いないから、減刑の逆を取って加刑とし、『鼻に指を突っ込んで顔面背負い投げの刑』に処すことにしよう。
ちなみに、加刑なんて言葉は存在しない。が、そんなこと知らん。
そうしてしばらく歩いていると、空に煙が上がっているのが見えた。
「おおっ⁉」
気持ちの逸るままに、ダッシュを開始。
背の低い木々を掻き分けて真っすぐに進めば、大きなロッジに辿り着いた。
ロッジの前にはなぜか焚火の跡があり、煙がそこから上がっている。
人の姿は見当たらなかったが、警戒しながらゆっくりとロッジに近づけば、中から話し声が聞こえた。
入り口の扉に耳をくっつけて、中の様子を伺う。
「――って、――――しょう? ――――!」
中にいる人物が日本語を話しているっぽいことは分かるが、くぐもっていて何を話しているかまでは聞こえなかった。
言葉が通じるなら話が早い。
相手方はなにか揉めているようではある。けれどもこちらも非常事態。
ここが異世界で俺が主人公だというのなら、俺の幸運力が、運命力が、ご都合主義展開が何とかしてくれることに期待しようじゃないか。
ということで、コンコンと扉をノック。
相手の返事を待たずに。ガチャリと扉を開ける。
まずは愛想よく笑顔で。ファーストインプレッションは大事だからな。声のトーンも半音上げておこう。
「お邪魔しま――――お邪魔しました」
中の光景を目にして、俺はすぐさま扉を閉めた。
「いや無理……」
扉の前で肩を落とし、小さく項垂れる。
何が無理って、気の弱そうな女の子に絡んでいた金髪鼻ピアスのチンピラが無理だし、それに食って掛かっていた気の強そうな女も無理。さらに言えば、それを気にもせずに、我関せずと椅子に座って傍観を決め込んでいるモデルみたいな女も、そのお付きの男とかも無理だった。
他にもロッジのど真ん中にドカンと置かれている巨大な円卓についていたのは、酔っ払いのオッサンだったり、気の弱そうな青年だったり、普通のカップルだったり。挙句の果てには俺の知り合いの女までがそこにいた。
中にいた十二人はどいつもこいつもが黒髪で黒目。服装だって俺とあんまり変わらない。
そう、ロッジの中にいた奴らはみんな現代の日本人だったのだ。
集団転移モノといえば、全員が主人公のような扱いをしているモノもあれば、転移したうちの一人だけが特別な力を持っていたり、その一人だけが主人公と呼べるだけの力を持っていたりする。
要は彼らと会った瞬間に、自分が主人公である確率が著しく減ったのだ。
これが嘆かずにいられようか。
仮に俺が物語の主人公よろしく振る舞い、チンピラに絡まれている可哀そうな女の子を助けようとしようものなら、その二秒後には腹にキレイな一発を貰い、俺はゲロと共に床に沈むことになるだろう。
……いや待てよ?
まだ俺が復讐モノの主人公であることは捨てきれない、後で最強になってチンピラに『ざまぁ』できるようになるのでは?
だからといって試すというのもなぁ……。
しかも、チンピラ相手に『ざまぁ』ってあまりにもアレだな。チンピラに殴られて最強になる主人公とか、字面からしてなんかショボい。
「よし、却下」
「何が却下なんですか、ライト先輩?」
声の方を振り向けば、そこには俺の見知った女性がいた。
「名前で呼ぶなと何度も言っているだろが。いい加減覚えてくれませんかね、愛音君や?」
「えー? カッコいいのに?」
「カッコいくない。やめれ」
「じゃあ、困っている女の子を見捨てた罪で、名前呼びの刑です」
「……」
「いいですよね?」
「………………好きにしろ」
「よーし。言質取ったぞー」
喜んでいる後輩から目を逸らした俺は、小さくほくそ笑んだ。
バカめ。ここは異世界だぞ?
ここに貴様を置いて一人で旅に出れば、そんなことはどうでもよくなるじゃないか。
なにせ、名前を呼ぶ相手がいないんだからな。
そうときまれば、ここにいる理由はない。
無言で踵を返した俺は、すたすたと森へ向けて歩を進める。
「ライト先輩、どこへ行くんですか?」
「どこへ? そんなもん決まっているだろう?」
立ち止まった俺は、振り返って言ってやった。
「未知への探求だよ」
「……?」
「女の君にはわからないか……」
どうせもう会うことはないんだし、カッコつけたままこの場を去ろう。
そう言い残した俺は、森へ向けてまた一歩踏み出し――
「ここ、無人島らしいですよ? 一人で大丈夫ですか?」
「……」
そして、ゆっくりと足を止めた。
……このまま歩いて、森に消えてしまいたい。