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13 こーえんあんどぶらっどふぉーど

 愛音君とそんなやり取りをしているうちに、ロッジに着いた。

 焚火の側に横たわっている丸太。その上にちょこんと座るお淑やかさんにご挨拶。


「お疲れ様です」

「はい、お疲れ様です」


 微笑みと共に、小さく頭を下げてくれるお淑やかさん。

 なんというか、尊い。

 デスゲームという砂漠の中に現れたオアシスの女神のようだ。


 ――と。

 オアシスの女神様がこてりと首を傾げた。


「皆さんお揃いでどうされたのですか? たしか、イカダを作りに海に向かったと聞いていたのですが?」

「あー、それが上手くいかなかったみたいでですね……」


 なんとなく、俺の口から事情を説明するのは憚られる。

 どう答えたものかと、頭を悩ませていると――。

 俺の代わりに、このグループのリーダーであるチャラ男が女神様の問いに答えた。


 ナイスだ、チャラ男。


「イカダを作る意味が無くなった感じなんですよ。皆が集まった時に話すんで、待っといて下さい」

「そうですか、分かりました」


「いま他のメンバーって、どこにいるか知ってます?」

「ええと……小河内さん以外はロッジの中にいると思いますよ」

「ども」


 小さく頭を下げるチャラ男。

 なに……?

 チャラ男が礼儀正しく接している……だと?

 オアシスの女神様の高貴さは、チャラ男の振る舞いすらも矯正してしまうほどのものなのか。

 チャラ男が実は礼儀正しいとか、アイデンティティの喪失でしかないのであり得ない。

 つまり、女神様の尊さがそうさせたということに違いない。


 尊い。尊すぎる。

 心の中で女神様に向かって拝んでおいた。

 今日は何時間も歩き通しで疲れていたが、なんだか体が軽くなった気がする。

 女神様の側に座れそうな空間があるものの、絶対に緊張して余計に精神が疲労する自信があるので遠慮しておこう。


 と思ったら、愛音君がそこに座って、女神様と何か話し始めた。

 ……羨ましい。

 しょうがない、俺はロッジの椅子にでも座るとするか。


「皆にゃ、どう話したもんかな……」


 とかなんとか呟いているチャラ男の横を通り過ぎ、ロッジの扉を開ける。

 そして、空いている席に向かって足を踏み出そうとして――止めた。


「――飲んでばかりいないで、いいかげん働きなさいよ!」


 セリフだけ聞いたら、どこの時代のオカンだと突っ込みたくなるような怒声。

 そんな大声を出していたのは、気の強そうなポニーテールの女の子だった。

 怒声を受けて、酔っ払いのオッサンが水色のまだら模様の瓢箪から口を離す。


「そんなカッカしなさんな……。ヒステリーか、嬢ちゃん?」

「はぁ⁉ アンタが飲んでばっかりで動かないから言ってんでしょ⁉ このままじゃ、キョーヤさんが返って来るまでに、皆の分の食料を採って来れないじゃないの!」


 ポニテ女子が大声を発する度、ポニテ女子のポニテが暴れる。

 ポニテポニテって連呼していると、ポニテがゲシュタルト崩壊してきたな。


「海に行って、イカダを作るってんだろ? どうせ時間が掛かるんだから、まだ飲んでたって余裕だろうよ」

「なんでこっちがアンタのペースに合わせなきゃいけないのよ⁉ どう考えても優先順位が逆でしょうが⁉」


 ポニテ女子よ、怒っているところすまないが、多分もう帰ってきているぞ?

 誰がキョーヤなのかは分からんけども。


 というか、酔っ払いのオッサンはなぜ酔っぱらっているんだ?

 不思議なことだ。

 というのも、最初に会った時に持っていた酒瓶には、もうあまり酒は残っていなかったハズなのだ。

 だというのに四時間くらいたった今でも、オッサンは未だに赤ら顔。

 そんなオッサンがしきりに口をつけていることから察するに、どうやら瓢箪から『酔い』の成分を摂取しているっぽい。


 カラフルな瓢箪を凝視していたら、オッサンと目が合った。

 ……ので、俺は扉を閉めた。

 ――ふう。

 危なかった。


 酔っ払いとの諍いとかいう、究極に不毛な争いに俺を巻き込まないでくれ。

 しかし、案ずることなかれ。

 俺の心のオアシスはすぐ近くにあるのだよ。


 癒しを求め、焚火のほうへ歩き出す。

 と、ほぼ同時に、背後で扉が開いた音がした。


「あ、あのー」

「……」


 そっと足を止める。

 振り返ったらそこには、ゆるふわちゃんが立っていた。

 申し訳なさそうに佇むゆるふわちゃん。

 彼女の不安げに揺れる瞳が、俺を捉えて離さない。


 Oh……ジーザス。


 いたいけな女の子を無視できるほど、俺は非情じゃない。

 それに、話し掛けられたら対応せざるを得ないじゃないか。


 仕方がないので口を開こうとしたら――

 ゆるふわちゃんの視線が俺から離れた。


「……あれ? キョーヤさん?」


 戸惑いの声を上げたゆるふわちゃんだったが、その声音はなんか嬉しそうだ。

 にしても、キョーヤ?

 さっきから名前が出て来るが、キョーヤって誰なのさ?


 ゆるふわちゃんの視線の先を追ってみると、そこに居たのはチャラ男だった。

 なんだ、お前か。


 と、カップルの二人と話し込んでいたチャラ男がこっちを向いたが、ゆるふわちゃんの呼びかけには応えずに、苦笑いを浮かべるだけ。

 そんなチャラ男に、ゆるふわちゃんが尋ねる。


「もう戻って来てたんですね? もしかして、何かあったんですか?」

「まあ、そんなところかな……まだ分からないことが多いから、もうちょっと調べてから皆に話すことになると思う」


「そうですか、頑張ってください」

「おう。お互い頑張ろな。そっちはどんな感じ?」


「それが、まだで……」

「悪い。急かしているわけじゃないから、気にしないで大丈夫」


「だったら、えっと……」

「ん?」

「人手を借りてもいいですか?」


 ゆるふわちゃんが、ちらりとこっちを見た。

 まあ、そういうことなら力を貸すのもやぶさかではないな。

 と、チャラ男がこっちを見た。


「そいつを?」


 そいつ言うな。

 が、チャラ男の方が年上である手前、何も言えん。


「はい。男手が足りないので」

「そいつならこっちのグループじゃないから、好きに使っちゃって」


 ……は?

 ぶっっっ飛ばすぞ?


 同じバイト先の先輩とかそういう関係ならまだしも、何の関係性の無いお前に俺を使う権限があるとでも思っているのか?


 …………訂正しよう。

 やっぱり、バイト先の先輩に同じことを言われても腹立つかもしれん。

 もちろん、先輩との親密度合いでも違うだろうが。


 つまりチャラ男、お前はダメだ。

 暫定主人公の座から陥落したチャラいだけのキャラが、主人公リーダームーブをかますことなど許されない。許されていいはずなど無いのである。


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