11 くろーずどさーくる
話を聞きながら……もとい、聞き流しながら歩いていると、意外とすぐに海に着いた。
海岸は入り江になっていて、両端が剥き出しの岸壁に囲まれている。
奇麗な白色をしている砂浜に、コバルトブルーの波が寄せては返していた。
日本の海岸特有の磯の香りのようなものはなく、海風が心地よい。
あと少し気温が高ければ、海水浴も楽しめそうだ。
ただし、海岸付近には植物が生えておらず、森までは百メートルはある。イカダを作ろうとしようものなら、森から海岸まで木材を運ぶ地獄の往復運動が待っていることだろう。
それだけはマジで遠慮したい。
というか、そもそもどうやって木を切るつもりなんだ?
とか、イカダのつくり方を知っているのか?
とか、イカダを漕いでどこに行くつもりなんだ?
とか、聞きたいことは山ほどある。
それらの疑問を訪ねてみて、論理的な回答が返ってこなかった場合は、無人島脱出計画からは降りさせてもらう所存だ。
「……ここで何をするつもりなんですか?」
それは俺が聞きたかった質問でもあるな。グッジョブだ愛音君。
そして、愛音君の質問に答えたのは、カップルの男ではなくてチャラ男だった。
「俺がディーチューバーだってのは、知ってるだろ?」
……知らない。というか覚えてない。
「前に無人島で似たような企画をやったことがあるんだよ。その時の経験を活かした、イカダ作りをしようかなって……。ここに来たのは、そのための下見って感じ?」
いやだから、どうやってイカダを作るんだ?
「イカダを作る道具とかは、どこに?」
「それをこれから作るんだよ」
……はあ?
道具作りから始めるとか、どんだけ時間がかかると思ってるんだ?
「ライト先輩の案内に、二~三時間くらいかかってますかね……? そうしたら、夜時間が始まるまで、あと三十時間くらいしかないですよ? 間に合うんですか?」
愛音君の言う通りだ。
もっと言えば、道具を作って、その道具で木を切って、さらに十三人全員を乗せるイカダを作るような時間なんてどのくらい掛かるのかすら分からない。
自称イカダ作り経験者でもこの問いに答えるのは難しいだろう。
しかし、チャラ男は愛音君の問いに意外そうな顔をして言った。
「なんで、時間なんて気にする必要あるんだ?」
何聞かれてんのか分かんない。みたいな顔で答えるの止めてくれませんかね?
キョトンとして目をパチクリさせんのやめい。
それをやっていいのは、可愛い女の子だけだ。
流石に愛音君も腹が立ったらしく、完璧な愛想笑いをチャラ男に向けている。
すると、またもやカップルの男がこちらの問いに答えてくれた。
「あのバケモノが言っていた『ゲーム』が始まるまでは、確かに時間がないかもしれない。だけど、僕たちプレイヤー全員が停戦協定を結んだ場合は、その限りじゃない。……そうだろう?」
つまり、「ゲームが始まっても殺し合わないから、いくらでも時間が使える」という前提でコイツらは動いているということか。
……話にならないな。
一応話し合いに参加して、うんうんと頷いてはみるが、彼らの話が一向に頭に入ってこない。
宇宙人とでも会話している気分だった。
あまりにも頭に入ってこないので、「海岸を探索してくる」とかなんとか適当に理由をつけて、異世界生物の捜索を開始。
ついでに飯になりそうなやつも確保しておくとしよう。
もうずっと歩き通しで、小腹が空いているのだ。
「ん?」
しばらく歩いていると、波打ち際に小さな物体を見つけた。
カニだ。
よし、食おう。
ショッキングピンクで、すべすべなまんじゅうみたいな見た目をしているが、たぶん焼けばイケるだろ。きっと。
そーっと近づいて、両手でカニに狙いを定める。
小さな波がカニにかかる。
カニが踏ん張るような素振りを見せて動きを止めたその瞬間、俺は勢いよく飛びついた。
「がっは⁉」
――途端、両手と顔面に激痛が走った。
意味が分からない。
そして同時に、幼稚園児くらいの時にデパートのガラスに激突した記憶が蘇ってきた。
出入り口の近くに設置された、やけに透明度の高いガラス。
通り抜けられると勘違いして、激突したことがあるのはきっと俺だけじゃないはずだ。
その時の痛みと同じ。
ということはつまり――。
顔を押さえていた右手を放し、おもむろに海の方へ伸ばす。
すると、見えないナニカに阻まれる感触があった。
「これはもしや……バリアというものか?」
左手を伸ばしてみても結果は同じ。
近くに落ちていたサンゴの死骸を拾ってぶん投げてみる。
白い塊は、ちゃぽんという音を立てて障壁の向こうに落っこちた。
もう一回、右手を海に伸ばす。
やっぱり阻まれた。
「何してんだ?」
無視しようかな? とも思ったが、別に教えてやらない意味もないので答えてやろう。
チャラ男よ、感謝するがいい。
「海に出られないようだ」
「はあ? なに言ってんだお前?」
なんだこいつ……。
やっぱり教えてやるんじゃなかったな。
次に何かあったらコイツは無視することにしよう。
「ライト先輩、何かあったんですか?」
「……ここから先に行けん。人間だけを通さないバリアがあるみたいだ」
それを聞いた愛音君は、すぐに俺がいる波打ち際にまで走り寄り、手で空中をぺたぺた触るような仕草をし始めた。
障壁の有無をチェックしているようだ。
チャラ男と違って、状況理解が早くて助かる。
「そんな……」
愛音君が落胆の声を漏らした。
「んなばかなわけが――」
何かを口にしかけて海へ手を伸ばしたチャラ男が、フリーズした。
どうやら俺たちは無人島に閉じ込められているらしい。
無人島脱出計画はこうして、実行に移される前に計画の段階で露と消えた。
こうして俺たちは、ロッジにとんぼ返りする羽目になったのだった。
これで、大体の地理の説明が終わりました。これから徐々に人物描写が増えていきます。
夜時間の開始まではもうしばらくお待ちください。




