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9 ぱぴーあ・いすと・とーと

今回もちゃんとオブラートに包めてます。問題ありません。

 紙はまだ、私を見捨ててはいなかったのだ。

 右の扉の部屋に本棚があったのを思い出した俺は、急いで部屋の中に入った。


「ん?」


 すると、テーブルの上に一枚の紙切れが置かれているのが目に入った。

 こんなもの、さっき入った時にあったっけ?

 手に取ってよく見てみれば、紙には文字が書かれていた。


『聖なる水は罪なき者に祝福を与え、罪ある者には罪と等価の罰を与える』


 ふむ?


 なんというか、ゲームでいうフレーバーテキストみたいだな。

 この場所が人狼ゲームの開始と共に解放されたのだとすると、ここに書かれている『聖なる水』とやらは、プレイヤーに何かしらの影響を与えうるアイテムのようだ。


「何を見ているんですか、先輩?」


 なんというか、声が近い。

 そう思って横を向けば、すぐ近くに愛音君の顔があった。


「どういう意味ですかね、これ?」


 愛音君が紙っぺらに視線を遣ったままそう聞いて来るので、俺も紙に視線を戻してから答えてやることに。


「おそらくだが、村人陣営が使うと何かいいことがあって、人狼陣営が使うと何か良くないことが起こると言いたいんじゃないか?」

「先輩、それって……」


「これを知れたのは、ゲームのプレイヤーとしてアドバンテージになるだろう。このことは誰にも話すんじゃないぞ、愛音君」

「そうかもですけど、うーん……」


 愛音君は基本的にお人好しな性格をしているため、他のプレイヤーと情報を共有しないことに罪悪感を感じているに違いない。


 だがしかし、ここは譲れないのだ。


 俺は今、手触りの良いこの紙を猛烈に欲している。

 この紙をロッジにまで持って行って、誰かに見せて説明とかしたくないんだ。

 これでケツを拭きたいんだ。

 だから邪魔をしないでくれないか、愛音君や。


「頼む、これは二人だけの秘密にしてくれないか?」

「でも……」


「このゲームに勝利して、もし日本に帰れたら、君の願いをなんでも一つ聞いてやろう」

「……わかりました」


 俺の必死の懇願に、愛音君はやっと首を縦に振ってくれた。

 何故か愛音君の様子は不承不承といった感じではなかった気がするが、そんなことはどうでもいい。

 これで、束縛からの解放は約束されたのだから。


「愛音君や、少しここで待っていてくれないか?」

「はい?」

「少し、花を摘みに行ってくる」


 いや、この周辺には花は咲いていないようなので、「ネイチャー・コールド・ミー」の方が正しかったかもしれない。

 そう、自然が私を呼んでいる。


 それから、森に入って三分で俺の束縛は解放された。

 

 ふう、すっきりした。

 もちろん、紙は死んだ。

 パピーア・イスト・トート。


 証拠の隠滅は完璧だ。全くもって抜かりはない。

 しかし、ただ用を足すだけで、なんと長い道のりだったのだろう。

 よくわからないが、謎の達成感すら感じているほどだ。

 さて、ここでの用はもう済んだことだし、次に行こう。


 愛音君を促して次に向かった先は、ロッジの南側。

 森を抜けた先に広がっていたのは、テントの並んでいる広場だった。


「あれ?」


 その場所に出た途端、愛音君が声を上げた。


「どうかしたか、愛音君?」

「いえ、きのう来た時にはテントなんて無かったはずなんです」

「ほう」


 ということはつまり、ここもゲームが始まってから変化した場所の一つであるということだな?


 広場は大きな円形をしていて、その外周に沿うように十三個のテントが並んでいる。

 これを見る限り、ゲームのルールにあった「プレイヤーは決められた場所でしか眠ることが出来ない」というのはこの場所を指しているのだろう。

 その推測が確信に変わったのは、近くにあったテントを愛音君と確認していた時だった。テントの入り口付近に、真っ赤な文字で名前の書かれた布が縫い込まれているのを見つけたのである。


 雨篠 雷斗。


 そこにあったのは、俺のフルネームだった。


「これ、先輩の名前ですよね?」

「そうだな」


「なんか……血文字みたいで気味が悪いですね」

「まあ、確かにな」


 同意はしたものの、ぶっちゃけあんまり気にならない。

 気になることがあるとすれば、俺のフルネームが漢字で書かれていることくらい。


 悪魔様に名前を教えた覚えはないし、自己紹介をした時でさえ、誰かに名前の綴りを教えた覚えもない。

 不思議ではあるが、ここは異世界だ。

 俺の思考を読むような能力があったとしても、そこまで意外でもない。

 それに、仮にそんな力があったのだとしても、何も問題はないはずだ。


 俺は心の中でちゃんと悪魔様を敬っていたからな!


 相手を敬う心は大事。

 マジで本当にすごく敬っているので、どうにかして魔法を使えるようにしてくださいお願いします。

 そんな小さな願いを胸に、テントの中を拝見。


「……」


 屈まないと中に入れないし、しょぼい寝袋一つしかない。

 現代の都会っ子にこんなものを使って寝ろと?

 体がバキバキになるわ!


 こうなれば、悪魔様に会った時にふかふかの寝袋を懇願するしかないかもしれん。

 悪魔様は紳士だからな。

 流石に無碍な扱いは受けまい。


 それに、問題はそれだけじゃない。

 このテントには鍵のようなものは見当たらないのだ。

 しかも、テント自体の強度が明らかに低そうだったりする。


 人狼という存在がどういうものなのかはまだ分からないが、このテントに使われているフライシートはどう見ても獣の爪とかで引き裂けそうな安っぽい質感をしていたりする。

 ちなみに、インナーテントと呼ばれるようなものもない。

 つまり、寝る時は人狼に対して無防備になること間違いなしということだ。


 全然安心して寝られないじゃないか……。


 しかも、『長日期』とかいう意味の分からんもののせいで、睡眠サイクルがバグることはほぼ確実。

 その中で行われるデスゲーム。

 何という極悪仕様か。

 まさに悪魔に相応しい所業である。


 俺が宿泊設備に絶望していると、テントの外から声がした。


「こりゃ、どうなってるんだ? 君は何か知ってるか?」

「いえ、私たちも今ここに着いたばかりで……」


 声からして、愛音君に話しかけているのはどうやらチャラ男らしい。

 チャラ男の態度が俺の時とは明らかに違う感じが、なんともわかりやすいな。


 このままテントの中でやり過ごすのもありかもしれんが、一応コミュニケーションをとる意思があると示しておくとしよう。

 そんなことを考えながら、俺はのそのそとテントから這い出た。


 テントの近くにいたのは、チャラ男の他にはカップルの二人と、気の弱そうな青年だった。


「お前もいたのか……。なら、丁度いいな。二人ともついて来てくんない?」

「……?」


 いや、どこに?


 っていうか、「お前もいたのか」って、愛音君にこの島を案内してもらうことは伝えてあったハズだろうに。

 これから始まる人狼ゲームというモノは、情報の精度とかが重要なんだぞ?

 なんかこいつ、平然とヒューマンエラー起こしそうで、超怖いんだけど。


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