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〈44〉弾丸令嬢が綴る新たなストーリー(最終話)

 

「良かった……。ありがとう、アリーシャ……」


 レイシアは人目もはばからず、アリーシャに泣き縋った。


「レイシア様!?  一体どうしたというのです……?」

「旗が折れたのよぉ……旗がっ、……うう」

「は、はた……?」


 泣きじゃくるレイシアを唖然と見下ろすアリーシャ。彼女の頭の上には沢山の疑問符が浮かんでいることだろう。


 小説『瑠璃色の妃』において、卒業式典を迎えたアリーシャは精神的におかしくなっていた。しかし、今目の前にいる彼女は、自分を失っていない。それどころか、前よりずっと生き生きとした雰囲気がある。


 レイシアはこれ以上アリーシャを混乱させないよう、手でがしがしと目を擦りながら立ち上がった。


「突然泣いたりしてごめんね」

「いえ……私は構いませんが、本当に大丈夫ですか?」

「ええ」


 アリーシャはきょとんとした顔で小首を傾げた。そして、あっと何かを思い立ち、馬車へ一旦戻って小さな箱を二つ手に抱えてきた。


「ちょうど良かったです。……これ、レイシア様とユーリ様に」

「僕たちにかい?」

「はい。お二人に渡したくて」


 レイシアとユーリは顔を見合わせる。何が入っているのか全く見当もつかないが、リボンでラッピングされた包みを開いた。


「……!」


 箱の中には、ユーリとレイシアに揃いの胡蝶蘭のコサージュが入っていた。ホワイトカラーの造花が中央にあり、白と銀のタッセルが下に飾られている。


「こ、胡蝶蘭は幸運が飛んでくるという意味があるそうです。……私、お二人には幸せでいてほしいんです。誰かの幸せを願えたのは初めてでした。辛いことはあるけれど……私、自分を大切にして、いつも前を向いていきます。きっと、これからも――ずっと」


 アリーシャはそう言って、混じり気のない笑顔を浮かべた。表情が乏しくていつも無表情だったアリーシャ。花が咲いたような満面の笑みは、ナターシャそっくりだった。


「君の気持ち、ありがたく頂戴させてもらうよ」


 ユーリは優しく目を細め、コサージュをジャケットの胸に付けた。ついでに、滝のように涙を流して感激しているレイシアのコサージュを取り上げ、代わりに胸元に付けたのだった。



 ◇◇◇



 磨きぬかれた大理石の床に、彫刻が施された白造りの柱。

 繊細な輝きを放つシャンデリア。


 卒業式典後のパーティは、王太子妃の発表により盛り上がっていた。絢爛豪華な王宮のホールで、ナターシャとマティアスは並び、皆の祝福を受けた。かつて多くの令嬢たちに妬まれ蔑まれて、気弱だった彼女はもういない。かなり緊張はしているだろうが、レイシアたちに心を励まされ、毅然とした佇まいをするようになった。


 堂々とマティアスの隣に立つ彼女はまさに、王族として相応しい気高さがあり、誰も彼女の粗を見つけることはできない。これまでの辛い経験によって鍛えられた精神が外にも滲み出している。


 マティアスと対になる純白のドレスを身にまとった彼女は優美に微笑んでいる。


「おめでとうナターシャ。お幸せにね」

「ありがとうございます、レイシア様。次は――レイシア様の番ですよ」

「……!」


 ナターシャはレイシアの横のユーリを見つめた。


「ユリちゃん、レイシア様のことを泣かせたら私、怒るからね!」

「はは、君の双子の片割れにも再三同じことを言われてるよ」


 ユーリは苦笑する。ナターシャたちと取るに足らない会話を交わしていると、ファンファーレ楽団の演奏が始まった。ナターシャはマティアスのエスコートで、優雅なステップを踏みながら中央で踊る。


 レイシアは、人々の憧憬を浴びながら踊る彼らを遠くに眺めた。すると、ユーリが言った。


「これは、ハッピーエンドって言えるんじゃない?」

「ふふ、ストーリー改変――大成功ね」

「君の本当の頑張りを知るのが僕だけなのが惜しいくらいだ」

「いいの。私は、あなたが知ってくださるだけで充分だから」


 ユーリの声は、優しく穏やかな声をだった。ナターシャは幸せそうに好きな人と踊り、アリーシャは元気そうに学園の生徒と話している。そして、ユーリの頭に生えていた死亡フラグは折れ、今こうして目の前で微笑んでいる。


 レイシアは幸せな光景を眺めたあと、小さな子どもがあれを買ってと言うように、かわいらしく彼に強請った。


「ハグしてほしいです」

「今かい?」

「はい。今がいいです。善は急げといいますし」

「急がば回れともいうけど」

「――何よ。可愛くない」


 ぷす、とむくれるレイシア。

 広間には大勢の人の目がある。しかし、レイシアはそんなことが気にならないくらいに舞い上がっていた。でもたぶんそれは、ユーリも同じで。


 レイシアが拗ねていると、ユーリはそんな彼女を慈しむように柔らかく微笑み――両腕を広げた。


「いいよ。――ほら、おいで」


 大好きな人の胸に今飛び込もうとするレイシアの頭には、ハッピーエンドのフラグが立っていた――。





 おしまい

最後までお付き合いくださりありがとうございました。


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