〈40〉小公爵様、好きが溢れて止まりません(1)
ナターシャとアリーシャの誕生日が過ぎ、王立学園は冬季休暇を迎えた。
吐く息は白く、木枯らしに冬を感じる今日。レイシアはユーリと共にアルネスの冬至祭に来ていた。街は赤や白、緑に装飾され、屋台がずらりと並んでいる。肉を焼く香ばしい匂いが鼻を掠める。道の脇の街路樹も、丸や星型のオーナメント、リボンで飾られている。
「――これがアルネスの冬至祭……。素敵……」
冬至は、一年の中で最も夜が長い。このドウェイン王国は、太陽が再び力を取り戻していくこの日以降を新年としている。新年の健やかな日々と豊穣を願い、各地で祭りが開かれる。
レイシアは王都から離れたアヴリーヌ公爵領の祭りには何度も行ったことがあるが、アルネスの祭りもまた違った賑やかがあった。
「きゃ――」
よそ見をして歩いていたら、歩行者にぶつかってよろめいた。
「レイシア、危ない」
「……! ありがとう……ございます」
ユーリはよろめいたレイシアを抱き寄せて支えた。彼は自分の手をこちらに差し出して言う。
「ほら、手。はぐれるといけないから」
「は、はい」
こくんと小さく頷き、彼の手に自分の右手を重ねる。
「君の手は冷たいな」
「ユーリ様の手はとても温かいわね。手が温かい人は心が冷たいそうですよ」
「ふうん。じゃあ僕は冷たいから、この手を離して人混みの中に君を置いていこうか」
「う、嘘嘘! ああ、ユーリ様はなんて慈悲深くてお優しい方でしょう。まるで寒い冬の陽だまりのような温かいお心!」
「よろしい」
レイシアははぐれないように、彼の横に寄った。ユーリの手は大きくて、指はしなやかで長い。指先まで精巧な彫刻のようだ。レイシアはおもむろに、彼の指に自分の指を絡ませて繋ぎ直した。
「何、やけに積極的だね」
「私がかつて生きていた国では、恋人同士はこうやって指を絡ませて手を繋ぐの。いわゆる恋人繋ぎってやつね」
「へぇ。……経験があるのかい?」
「人並みに」
「…………」
人並みとは言ったものの、十八歳で病床に伏すより前の、短い青春時代の記憶だ。
しかし。ユーリは立ち止まって、こちらを見下ろしながら怪訝そうに眉を寄せた。
「気に入らないな」
「何拗ねてるの。自分から聞いたくせに」
「うるさいよ」
ユーリはふいと顔を背けて再び歩き出した。拗ねているくせに、手はしっかりと繋いだままだ。以前ナターシャも言っていたが、ユーリは結構やきもち焼きである。
屋台が並ぶ通りを歩き、ユーリがある店の前で立ち止まる。果実飴と看板に書かれている。苺やぶどう、パインなどの果物が串に刺さっており、その上に透明な飴がコーティングされている。
「買いますか?」
「お祭りといったら果実飴でしょ? 君も食べる?」
「食べたいわ」
二人で購入した五本の果実飴は、ほとんどユーリの胃の中に収まった。恋人らしく食べさせあったりしたが、フルーツに掛かっている飴がかなり甘く、レイシアは一本でもう充分だった。
「前から思ってたけど、甘いもの食べ過ぎじゃない?」
「甘い物は別腹って言うだろ?」
「そのうち歯を傷めますよ。虫歯で歯がボロボロでは、百年の恋も冷めるわ」
「大丈夫。歯が傷んだところで、僕の美貌は損なわれない」
「何その無駄な自信」
ああでもないこうでもないと楽しく言い合いながら、二人は前回と同じレストランに入った。今回も領主の長子であるユーリには高待遇で、忙しい祭りの日にも関わらず、店の奥から偉い人たちが挨拶に来た。
広々とした個室に案内されて席に着く。
さっぱりとしたレモンソースがかかった白身魚のポワレ。玉ねぎ、セロリ、にんじんなどがゆっくり蒸し煮されたスープ。そして、メインディッシュは牛のステーキだった。
(わ……柔らかい)
臭みはなく、一口口に運べばほろほろと溶けていく。デザートには、カスタードクリームと苺が段になったミルフィーユが運ばれてきた。大きめの皿にベリーのドライフレークと、赤いソースで装飾が施され、見た目も華やかな一品だ。ユーリは丁寧な手つきでフォークを入れている。レイシアはその姿を観察しながら言った。
「あなたって、甘い物が本当にお好きよね。少しは控えなさい。尿が甘くなる前に」
「なら、いつかは君が僕の健康を管理してよ」
ユーリは小首を傾げ、悪戯に口角を上げた。
(それって、俺のために毎日味噌汁を作って的なノリ?)
彼の真意が分からず、じっと顔を見つめるが、彼の作られた不敵な笑顔からは真意を読み取れなかった。レイシアは視線を下に落とし、キャラメリゼされたパイ生地にそっとフォークを刺した。




