〈36〉小公爵様、バレバレです
「ふふ。レイシア……泣きすぎ」
「だっで……うれじくで……」
食堂を出た道のベンチで、レイシアは感極まって泣いていた。ぐすぐすと鼻を鳴らしながら泣いていると、ユーリがハンカチを差し出す。レイシアは、彼のハンカチで、なんの躊躇いもなく豪快に鼻をかんだ。
「…………」
その豪快さに、ユーリも苦笑する。
「本当に愛されているんだな」
「卒業してみんなとお別れするのが寂しい」
「何も一生の別れじゃないんだ。縁は繋がっていくよ」
「そうね。……ユーリ様も、これから忙しくなるのでしょう?」
「うん。政務のこととか勉強することが沢山あるよ」
ドウェイン王国には、武家貴族と公家貴族がある。ローズブレイド家は代々、文治で国に貢献してきた公家一門だ。彼の父、ローズブレイド公爵は、宰相という地位で政治に深く関わっている。むしろ、この国の政治を動かしているのは彼だと言われる程だ。
ユーリも恐らく、有能な父親と同じ道を辿っていくのだろう。――生きてさえいれば。
レイシアも十八になり、社交界デビューを果たした。上流貴族の付き合いとして、社交場に顔を出す機会も増えるだろう。レイシアは時の流れを感じて、感慨深げにそっと息をついた。
「また少し、寒くなってきましたね」
「ああ。冬が近づいてきた感じがする」
「……冬の長期休暇前に、ナターシャとアリーシャの誕生日会がエヴァンズ邸で開かれるそうだけど、あなたも行くの?」
「招待していただいたけど、断ったよ。アリーシャとの関わりは極力避けようと思って」
「そう」
恋心というのは人をいかようにも変えてしまう。小説の中で、アリーシャは初めて知る恋情の激しさに、戸惑い苦しんでいた。そして、変貌していったのだ。
すると、ユーリは何かを思い出したようにくすりと笑った。
「たまにアリーシャ嬢と軽く話すことがあるんだけど、その度に「レイシア様を独り占めしないでください」、「レイシア様を泣かせたら許しません」って口酸っぱく言われるんだ。――こんな顔で」
ユーリは、目尻を指先で押し上げ、怒ったアリーシャの表情を真似て見せた。
「まぁ、そんなことがあったの? かわいい」
レイシアはユーリとくすくす笑い合った。すると、彼がふいにレイシアの左手を手に取った。
「……あのさ、アルネスの冬至祭の話、覚えてるかな?」
「ええ。屋台が沢山並んで、街中が華やかに装飾されるのよね」
「よかったら今年、一緒に行かない?」
「……! 行く!」
「う、うん。……よかった」
ユーリはどこかそわそわした様子でそう言った。そしてさっきから、レイシアの指を執拗に撫でている。まるで何かを確認しているように。
(……これって……)
薬指を探るような手つきで、思案しているユーリの様子にピンと思い立った。
(指輪のサイズを確かめてるんじゃ……)
この国でも、求婚の際に指輪を送る文化がある。レイシアは直感し、呟いた。
「――八号」
「え……」
ユーリはレイシアの指に触れたままぴしゃりと固まった。
「指のサイズです。ただ言ってみただけで、他意は……ないわ」
「…………」
ユーリはレイシアの手を離し、複雑そうに目を伏せた。そして、胸のポケットから手帳とペンを取り出して書き込んだ。
「い、一応、記録に残しておくだけだから。他意はない」
「…………」
二人は、互いの白々しいやり取りがおかしくて、顔を見合せて笑った。




