表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/44

〈30〉綺麗な人

 

「マティアス様……お味はいかがですか?」

「とても美味だ。そなたが作ったものは、どんな一流のシェフもパティシエも舌を巻くだろう」

「そ、それは褒めすぎです……っ」


 生徒会室の一角で、ナターシャが差し入れたお菓子をこの上なく満足気に頬張り、歯が浮くような愛の言葉を囁くマティアスと、満更でもなさそうなナターシャ。辺りに鬱陶しい花が飛んでいる錯覚さえ見える。完全に二人の世界に入っていた。


 レイシアはそんな二人に、半眼を向けた。


(マティアス様、有能な王位継承者であらせられるのに、鼻の下なんか伸ばしちゃって……)


 レイシアは沈黙していたが、ユーリは苦言を呈す。


「二人とも、生徒会室でいちゃつかないで。あと鬱陶しい花も飛ばさないで」

(ユーリ様にも見えていたのね……)


 ユーリは虫でも追い払うようにパステルカラーの花々を手で払った。現在、生徒会室は後期メンバーで再構成された。マティアスが生徒会長、ユーリが副会長を務めていた代は終わったが、万年人手不足の生徒会室に、ふたりは変わらず手伝いに来ている。


 そして、レイシアもまた、書類整理兼雑用係として、ユーリに駆り出されていた。


(……これは一般学部の申請書で……こっちは剣術学部……)


 黙々と書類を各団体に分類していく。すると、何やらまとわりつくような視線を感じたので顔を上げると、ユーリがじっとこちらを眺めていた。


「……なんですか?」

「いや、集中している姿がかわいいなと思って」

「余計なことしてないで仕事に集中しなさい」


 レイシアは無表情で立ち上がり言った。


「書類を分類し終えたから、届けてくるわ」


 机に山積みになった書類を抱え、隣で作業をしていたユーリに背を向ける。


「その量は一人では無理だよ。手伝うよ」

「別に、平気よこのくらい」


 威勢よく言ったものの、レイシアは扉の前で立ち止まった。積み重なった書類を両手で抱えているため、扉を開けられない。おまけに扉は引き戸なので、足で押して開けることもできない。


 レイシアが立ち尽くしていると、後方からため息が聞こえ、扉が開かれた。紙の束を半分取り上げたユーリが言う。


「変に意地張ってないで素直に頼りな。ほら、行くよ」

「……ありがとう。ユーリ様」


 レイシアは、他人を頼ることがあまり得意ではない。ユーリが指摘したように素直ではないのだ。基本的に問題は一人でなんとかしようとするし、悩みも大抵他人に相談しない。ユーリは、そんなレイシアの性格を理解してか、扱いにも慣れてきていた。


 書類を各場所に届け終わり、外の道を歩く。道の脇で、植木が秋の色に染まっていた。


「もうすっかり秋ね」

「ああ。過ごしやすくて、秋が一番好きだ」

「私も好きです、秋。冬にかけて日々少しずつ寒くなっていく感じも。でもたまに、不安とか寂しさを感じることはない?  泣きそうな気分になる」

「君の場合年中無休で泣き虫だろ。それは多分、春愁秋思というやつだね。僕もよくあったけど、今年の秋は寂しさを感じない。どうしてだと思う?」


 レイシアは立ち止まった。


「それは……私がいるから?」

「うん」

「…………」


 手入れの行き届いた秋の校庭を背景に佇むユーリ。そんな彼が綺麗で、レイシアは目を細める。思わず、手を伸ばして彼の頬に添えた。しなやかでシミひとつない乳白色の肌を、指先で撫で、輪郭をなぞる。そしてユーリも、甘えるようにレイシアの手のひらに頬を擦り寄せた。その表情から、レイシアのことが愛おしいという感情が溢れ出している。そしてそれはきっと、レイシアも同じ。


(愛おしいってたぶん、こういうこと……)


 秋色に色付く木々より、ずっと魅力的に映るのは、彼がレイシアにとって特別な存在だからだろうか。


「……好き」

「え……」

「あっ、いや……なんでもないわ」


 口をついて出た言葉にはっとし、唇を抑える。レイシアはほのかに紅潮しながら、すっと目を逸らした。

 ユーリは虚をつかれたような顔をした。


「はは、なんか照れるな。うん、僕も好きだよ」


 ユーリは困ったように眉尻を下げる。それからふたりは、再び歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ