〈27〉アリーシャから見たレイシア
レイシアは、ダークブロンドのストレートの髪に同色の瞳をした、どこにでもいそうな娘だった。美しくて人目を引く容貌という訳ではないが、落ち着いた静かな雰囲気があって、アリーシャには好印象だった。
遠慮がちにレイシアのことを見つめていると、彼女と視線がかち合った。アリーシャはびっくりして肩を跳ねさせる。レイシアは挙動不審気味なアリーシャに嫌な顔一つせず、穏やかに言った。
「こんにちは、アリーシャ。私はレイシア・アヴリーヌです」
「は、ははははじめ……まして、レイシア様……っ。わ、私はアリーシャ・エヴァンズと申しま―しゅ」
アリーシャは慌てて立ち上がり、ドレスの裾を摘んで社交的にお辞儀をした。昨日まで散々挨拶の練習をしてきたのに、声は上擦り、所作はぎこちない。情けないやらみっともないやらで、アリーシャの目に涙が滲んだ。
(は、恥ずかしい……)
のぼせ上がるように顔が熱くなって、耳の先まで朱に染る。頭の先からは、ぷしゅうと湯気が登った。
しかし、あたふたするアリーシャの心をつゆ知らず、ナターシャは親しげな様子でレイシアの元に駆け寄り、彼女の両手を握った。
「レイシア様いらっしゃい! お休みの日にも会えるなんて嬉しいです! さぁどうぞこちらへ!」
「ふふ、喜びすぎよ。ありがとう」
公爵令嬢に無断で触れるなど、アリーシャやナターシャの身分からすると不敬に値する。しかし、二人はそれが許される間柄なのだろう。
(私が入る隙はどこにもありません)
だが、最初から分かりきっていたことだ。レイシアはナターシャの友達であって、アリーシャの友達ではない。きっと彼女が親切にしてくれたのも、友達の妹だったからだろう。もしかしたら仲良くなれるのでは……なんていう淡い期待は、あっさりと砕けて散っていく。
レイシアは、大人しそうな見た目に反して、大口を開けて笑い、冗談を言ったりする親しみやすい人だった。彼女はソファに座り、アリーシャをしげしげと観察した。
「本当に、ナターシャにそっくりね」
「……双子、ですので」
「ふふ、そうね」
「こっちでの生活には慣れてきた? 何か不自由はない?」
「……はい、大丈夫……です」
本当は、不満に思うことは多々ある。夕食のときの一日の出来事の報告会や、外出を禁じられていること。腫れ物に触るように接してくる両親も、退屈な日常も。――何も訴えられない臆病な自分も。
しかし、こんな卑屈なことを口にして誰かを不快にさせるくらいならば――と、いつも喉元まで出かかった言葉を飲み込むのだ。
「それなら何か、やってみたいことはある? あなたの好きなことが知りたいわ。どんなに些細なことでも結構よ」
「!」
レイシアは、上手く本音を言えないアリーシャの心を見透かしたように、違う質問で聞き直した。言葉に迷って目をさわよわせるアリーシャのことを、急かさずに待ってくれている。
日常に対する不満は言えなくとも、やってみたいことなら、伝えてみてもいいかもしれない。アリーシャは散々思案に暮れたあと、今にも消え入りそうな声で伝える。
「…………そ、外に、お出かけしてみたいです」
レイシアは優しい笑顔で、アリーシャのか細い声を受け取り、答えた。
「いいわね! 最近は暑さも和らいで涼しくなってきたし。体調に問題がなければ、よかったら私と一緒にピクニックでも行かない?」
「えっ、え……レイシア様が、わざわざ私とですか……? で、でも……お父様やお母様がお許しになりません。きっと」
恐縮してアリーシャはあわあわと汗の粒を四方に飛ばしてから、両親のことを思い浮かべる。期待してもどうせ、あとから落ち込むだけなのだとしゅんと項垂れた。
「私も一緒にお願いするわ。私、上手いのよ? 土下座」
「土下座ですか……!?」
まるで過去に何度かしてきたような口ぶりに困惑する。
「ふ、冗談よ。……とはいえ、ご両親もきっと、あなたがやりたいことを伝えたら喜んでくださるわ」
彼女はにこりと微笑み、手帳を取り出してスケジュールを確認し始めた。そして、カレンダーをこちらに見せながら言う。
「この辺りなら空いているんだけど、どうかしら? ああもちろん、断ってくれても全然構わないから、気負わないでね」
「い、行きます……! 行きたいです、レイシア様と、ピクニック……!」
アリーシャが間髪入れずに前のめりになりながら答えると、彼女は少し驚き、けれどすぐに優しく目を細めた。
「ありがとう、とても楽しみね」
「は、はい……! ――あ、お姉様も、一緒に……」
友人である姉を差し置いて、自分がレイシアと二人で外出していいはずがない。正直、姉とは反りが合わないし、一緒にいると自分らしく振る舞うことができない。きっとナターシャがいたら、さっきみたいにアリーシャは蚊帳の外だろう。
けれど、ナターシャを蔑ろにするようなことはここではできない。
「ううん、私は行かない。アリーシャちゃん、私がいると遠慮しちゃうでしょ? ふたりで楽しんでおいで」
「……お姉様」
ナターシャなら、食い気味に話に乗るものとばかり思っていた。だから、引き下がったのが意外だった。すると、レイシアは手帳を見ながら、あっ、と言った
「アリーシャさん、来週うちの学園に編入するのよね?」
「は、はい」
「じゃあ、ピクニックより先に学園であなたに会えるのを楽しみに待っているわ」
「…………」
社会から隔絶された日々を過ごしてきたアリーシャは、編入に対して不安があった。アリーシャの学年は既に最終学年。人間関係はこれまでの期間ですっかり出来上がっているだろうし、きっと自分の居場所はどこにもない。
「大丈夫よ。アリーシャさん」
「……え?」
「不安はあるでしょうけど、私がサポートするわ。期間はそう長くはないけれど、楽しい思い出を沢山作りましょう」
「……!」
彼女の言葉に、鼻の奥がツンと痛くなる。かつて、こんな風に優しくしてくれた人はいなかった。
(どうしてこのお方は、私の欲しい言葉ばかりくださるのでしょう。お姉様が言っていた通り、とても素敵なご令嬢です。仲良くなれたら、きっと夢みたいに幸せ……)




