〈21〉いつも絆されてしまいます
「あっユリちゃーん! 偶然だね、ユリちゃんも今から西講堂?」
「うん、そうだよナターシャ……にレイシア」
校庭の道すがら、ユーリに無邪気に声をかけたナターシャ。修練場で一悶着あって以来、お互い気まずくなってしまった。
「うげっ……」
うっかり声を漏らし、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべたレイシア。咄嗟に口を手で塞いでみたものの、しっかり聞かれていたらしく……。
「人の顔見てその反応はないんじゃない?」
ユーリはそう言って苦笑する。
「ナターシャ。僕、少しだけレイシアに話があるんだけど、先に行っていてくれるかな?」
「うん、分かった!」
ナターシャはこちらの気も知らず素直に頷き、一人西講堂へ歩いていってしまった。
「レイシア、あの日はごめん。僕が大人気なかった。反省してる」
「もう……。あのときは、びっくりしたんだから。ユーリ様に嫌われてしまったのかって」
「……違うよ、君を嫌いになることはない」
ユーリは、「嫌いになることはない」と断言した。
「どうしてあのような振る舞いをなさったのか、ちゃんと説明してくださる? どうせ、私の不用心さに呆れたとかそんなところでしょうけれど」
「違う。レイシアは何も分かってない」
すると、ユーリは心底決まり悪そうに目を逸らして言った。
「……――妬いたんだよ」
小さな声で告げられた真相に、レイシアは目を見開いた。僅かに頬を赤らめているユーリ。つまり、レイシアがファビウスと親しくしている様子を見て嫉妬したというのか。いつもは理性的な彼が、理性的に振る舞えなくなるほどに……。
(嫉妬したってことはつまり、そういうこと……よね)
レイシアもまた、みるみる顔を熱くさせて俯いた。
「……ユーリ様って、嫉妬とかなさるタイプだったんですか」
「知らないよ。ただ、嫌だと思った気持ちは……確かだ」
どうして嫉妬なんて、という野暮なことはわざわざ聞かなくても、彼がレイシアに友情以上の特別な感情を抱いていることは察せる。いくらレイシアが鈍感だとはいえ。
あのときの余裕のない彼の行動も、今見せている紅潮した顔も、全てレイシアへの好意からきているのだと思うと、とたんに恥ずかしくなってくる。叶うならば、今すぐ隠れるための穴を探しに行きたいくらい。
「本当、ごめん。……許してくれるかな?」
甘えるような声で、ユーリが距離を詰めてくる。レイシアはつい彼を意識してしまい、気恥ずかしくて上擦った声で言った。
「わ、分かったから、そんなに近づかないでちょうだい……!」
レイシアは片手で赤らんだ顔を隠しながら、数歩後ずさった。
「どうして顔を隠すの?」
「日差しが! 強くて!」
「今日は曇りだよ、レイシア」
ユーリはつかつかとこちらに詰め寄り、背を丸めてレイシアの手を退けて顔を覗き込んだ。彼と視線がかち合う。ユーリは、茹でたタコのように真っ赤になったレイシアを見て、ふっと意地悪に笑う。
「――顔、赤いね」
「…………」
「もしかして、照れてる?」
「だって……あなたが妙なこと言ったりするから……!」
「妙なことって?」
……完全に弄ばれている。手のひらで転がされる感じ。レイシアはすっかりユーリのペースに飲まれていた。
レイシアはどうにか彼の胸を押し離して、距離を取った。彼はまた楽しそうに小さく笑った。
「あのさ、今度の休日――空いてる?」
「え、ええ。空いてるけれど……」
「よかったら、君を連れていきたい場所があるんだけどどうかな? ……王都より南の港町、アルネスに」
「……!」
アルネスといえば、ユーリの亡くなった実母の故郷だ。確か、彼女の墓もアルネスにあり、ユーリは度々そこに足を運んでいたはず。
「行きたい……!」
「よかった、嬉しいよ」
結局、ユーリに絆されてばかりのレイシアだった。単純なレイシアは、彼にとって思い入れのある街への誘いに、散々思い悩んでいたさっきまでを忘れて、まんまと心をときめかせていた。




