表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/44

〈17〉縮まる二人の距離

 

 レイシアは、解放廊下の手すりに手を乗せて、ぼんやりと遠くを眺めていた。草が揺れる音、噴水の水が流れる音が鼓膜を揺らす。彼女のダークブロンドのたおやかな髪がなびく様子は、艶めかしく見えた。


「お待たせ」

「……ユーリ様」


 ユーリはレイシアの隣に並んだ。


「これでようやく、過去を精算できた気がするよ」

「…………」

「レイシア?」

「ごめん……なさい」


 彼女から返ってきたのは、謝罪の言葉だった。


「どうして謝る?」

「一途に誰かを思い続けることは悪いことではないわ。なのに私は、ナターシャを諦めて前に進むように押し付けてしまった。……あなたの心を尊重する方法が、もっと他にあったかもしれないのに」


 レイシアはいつだって、心からユーリのことを考えてくれている。彼女が自分のことで思い悩んでいたのだと思うと、愛おしさに似た気持ちが沸いた。


「いいや。……これで良かったんだ」


 ナターシャへの叶わぬ恋心で苦しみ続けてきたが、これでふっと心が軽くなった。レイシアのおかげだ。

 彼女の悩ましげな横顔が綺麗で、思わず触れたくなる。しかし、伸ばしかけた手を戻して、平静を装いながら言う。


「ほら、レイシア。僕のことを慰めてくれるつもりじゃなかったのかい? こう見えて、かなり傷ついてるんだけど」

「そういえば、そんなことも言ったわね」


 レイシアはユーリの要望を受けて、顎に手を当てながらうーんと思案した。


「そうだわ。少し頭を下げていただける?」

「……こうかな?」


 言われた通り身をかがめると、彼女の細くしなやかな手が伸びてくる。レイシアはそのまま、子どもをあやすようにユーリの頭を撫でた。彼女の手つきが優しくて、ふいに胸がきゅうと甘やかに締め付けられる。


「よしよーし。頑張ったわね。偉いわ」

「ふ。これでは僕、子どもみたいだね」

「私が昔飼っていた犬は、こうすると喜んだものよ」


 まさかの犬扱いである。レイシアの手の温もりを充分堪能した後で、ユーリはその手を取って自分の指を絡ませた。


「……何、この手は」


 レイシアは、繋がれた手を見ながらいぶかしげに言った。彼女はいつもこうだ。ユーリが少女心を揺さぶるようなことをしても、全く動じない。ユーリは、自分が異性として見られていないことが無性に悔しくなった。一体何をしたら、彼女の白い頬が赤く染まるのだろうか。


「――レイシア。その格好、よく似合っている。今日の君はあんまり綺麗で……見蕩れてしまうな」

「お世辞がお上手ね。誰にでも言ってるんでしょ」

「はは、本心なんだけどな」


 淡々とした返しに、ユーリはまた苦笑いを浮かべた。


(女性を褒めたのは、君が初めてだよ)


 ユーリは、今の実力では彼女を翻弄することはできないのだと観念して、素直な想いを告げた。


「最近気づいたんだけど……僕、君といるときが一番楽しいみたいなんだ。レイシアと一緒にいると、自然体でいられて……なんだか安心できる。こういうのは――初めてだよ」

「…………!」


 すると、彼女は琥珀色の瞳を大きく見開いて固まってしまった。


「……レイ、シア……?」


 そして、その瞳から涙が溢れ出した。


「急に泣いたりしてごめんなさい。なんだか、感激しちゃって」


 涙を拭いながら、嬉しそうに目を細めたレイシアに息を呑んだ。心臓が音を立て、脈が早くなっていく。


「私ね、ユーリ様には、いつも幸せでいてほしいって思うの。これまで辛いことが沢山あったのでしょうけど、辛かった分誰よりも楽しく幸せにって……。本当にただ、それだけを願ってるの」


 ユーリは小さく息を吐いた。


(ああ。……これはもう完敗だ。こんなにもひたむきに想ってくれて、心が動かないはずないだろ? レイシア)


 ユーリは、自分の心に芽生えだした感情にやっと自覚した。高ぶる胸を手で押さえる。


(好きだよ、レイシア。君も僕と同じ気持ちだって……期待してもいいかな?)


 そして、レイシアの自分への想いも、ただの友人を思う友愛の範疇を越えているような気がした。そう感じてしまうのは、自惚れだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ