〈15〉シャルウィーダンス？
夜会は、学園敷地内の大きなホールで行われる。
豪奢で煌びやかな装飾の広間に、流行の衣装を身にまとい華やかに着飾った若い令嬢と令息たちが集まっていた。彼らが囁き会う声がホール内に響く様は独特の緊張感がある。
そして――夜会の始まりを告げる鐘が鳴り響いた。
ホールの中で最も人目を引いたのは、マティアスとナターシャである。マティアスは人目を気にせず片膝を着いて彼女を誘い、エスコートをした。まさに、名画の一場面のようにロマンチックだ。ナターシャは、小説の主人公に相応しい気品と完璧な美を備えている。
これまでなら背筋を丸めて自信がなさそうにしていたナターシャだが、レイシアの助言を受けて、今日は凛と胸を張っている。二人の様子を眺めていると、彼女たちの噂話をする声が耳に入った。
「なんて可憐なのかしら……。意地が悪いなんて噂されているけれど、とてもそうは思えないわね」
「最近、ナターシャ様がご友人と普通に楽しそうにお話しているところを見ましたわ。噂は噂ということでしょう」
「ええ。きっと、彼女の美しさに嫉妬して悪い噂を流す方がいるのよね」
ナターシャに対して非難する者もいたが、中にはこのように彼女を擁護する者もいた。
（……ナターシャへの誤解が解けるように、もっと力になってあげられたらいいのに）
他人の内緒話に耳を傾けていると、今度は入り口の方がやけに騒がしくなった。誰かが到着したようだ。
――また一人、本日の主役のお出ましである。参加者たちは誰もが彼の美しさに息を呑む。柔らかな黒髪に、深碧色の双眸。物語から飛び出してきたような、人好きのする甘い顔立ち。
ざわざわと広間に賛美が広がっていく。悲鳴に近い歓声を上げている令嬢たちに、愛想よく会釈しつつやってくるのは、話題の貴公子、ユーリ・ローズブレイドだ。彼の甘い笑顔を見た令嬢の中には、ふらりとよろめいて倒れ込む人もいる。なんというか、凄い光景だ。
（もはやイケメンとかかっこいい人っていう枠を通り越して、ユーリ・ローズブレイドっていう概念……）
ユーリは広間の中をゆったりと見渡し、レイシアの元へまっすぐ歩いてきた。
「…………」
（本当、勘弁して…………）
刺さるような令嬢たちの羨望と値踏みの眼差し。レイシアが冷や汗を流しながら立ち尽くしていると、ユーリは艶美な微笑を浮かべて言った。
「とても素敵だね。――そのドレス」
「一言余計よ！」
全く、人の気も知らずいい気なものだ。ユーリはそっとレイシアの手を取って自分の腕に掛けた。どうやらエスコートしてくれるらしい。
「ダンス、上手いんだね」
「曲がりなりにも貴族ですので」
オーケストラのゆったりとした演奏の中で一曲踊り終えた頃、彼が真剣な面持ちで切り出した。
「ごめん、レイシア。悪いけど僕、今からナターシャのところへ行ってもいいかな」
「……今日、伝えるおつもり？」
「うん」
ユーリは、ナターシャとマティアスが談笑している方へ視線をやった。彼の深碧の瞳の奥が微かに揺れる。きっと、彼なりの覚悟を持ってここに来たのだろう。
レイシアは激励の気持ちを込めて、ユーリの背中を叩いた。
「頑張ってきなはい！」
――バシンッ！
「うわぁっ」
……少し、力を入れすぎたかもしれない。
冷静沈着なユーリが、随分と間抜けな声を上げる。彼は不愉快そうに顔をしかめた。
「……痛いよ。君の細い腕のどこにこんな力があるんだ？」
「ま、まぁそれはさておき。ほら……ナターシャの元へ行ってください。応援してるから」
「……それはどうも」
ユーリは、レイシアの元を去る前に言った。
「ありがとう、前に踏み出すきっかけと勇気を与えてくれて。……ちゃんとケリをつけてくるから」
「請求書は公爵家に送るわ」
「金を取るのか!?」
「ビジネスライクってやつよ」
「…………冗談、だよな？」
ふわりと微笑み、沈黙を返す。
そんな軽口を言いあってユーリを見送り、レイシアは広間の外へ出た。窓のない解放廊下をのんびり歩くと、夜の風が頬を優しく撫でた。
レイシアは、ユーリが良い方へ進んでいけるようにと静かに願った。
