〈14〉淑女の嗜み? それって美味しいのでしょうか
「はぁ……。マティアス様、凄く凄く格好良かったなぁ……」
両頬に手を添え、蕩けそうな表情でナターシャが呟く。そんな彼女を尻目に、タイスがユーリに尋ねた。
「ねぇユーリ様。あなたも王太子殿下みたく戦えるタイプのイケメンなんです?」
「いいや。僕は彼と違って武闘派じゃないからね」
アレクシスは武家貴族出身だが、ユーリの生家ローズブレイド公爵家は、文治で代々皇家に奉仕してきた公家一門だ。
(これはただの偏見だけど、ユーリ様ってめちゃくちゃ弱そう)
レイシアは勝手に、重い剣を持ちながらよろめくユーリの姿を脳裏で思い浮かべて鼻で笑った。
「……今誰かに侮辱を受けた気がする」
「気のせいよ」
(……妙に勘が鋭いわね)
タイスに続き、リリアナが興味深そうにユーリに話しかけた。
「こうしてユーリ様とお話するのは初めてですね。……ナターシャ様からよくお話を伺っておりました」
「君は……リリアナ嬢――だったかな? ナターシャと仲良くしてくれてありがとう」
「……! い、いえ、そんな……」
リリアナは彼の甘い微笑みに、恥ずかしそうに顔を染めて俯いた。
(つくづくいけ好かない男だわ)
リリアナを含め、一同はユーリに興味津々で、次々と質問を投げかけていった。ユーリはそれらに嫌な顔ひとつせず丁寧に答えていた。
試合は続き、マティアスがアレクシスに敗れたところで、ユーリが席を立った。
「僕はもう戻るよ。それじゃ君たちはゆっくり楽しんで」
ユーリはナターシャたちに挨拶を済ませ、最後にレイシアの耳元で囁いた。
「明後日の夜会、楽しみにしているよ。――レイシア」
「…………!」
(そうだ夜会。……すっかり忘れてたわ)
ユーリはにこりと微笑み、闘技場を後にした。彼がいなくなってまもなく、シュベットが客席のテントに戻ってきた。
「いやー、完敗完敗! でもみんな、応援してくれてありがとな!」
レイシアは彼女に、生暖かい目線を送る。
「ふふふふふふ、シュベットもなかなか隅に置けないわね」
「な、なんだよその目は――」
「アレクシス様の話、詳しく聞かせてもらおうじゃない? 正直なところ、満更でもないんじゃない? 好きなんじゃないの?」
「はぁあああ!? な、なな……そういうんじゃなくって、というかむしろあの人には腹が立ってて……って、ちょ、おい、レイシア様がいつになく悪い顔してるんだけど……!?」
レイシアは不敵な笑みを浮かべて、シュベットに詰め寄る。悪い意味でノリがいいタイスは、「いいぞ、やれやれ!」などと茶化す。追い詰められたシュベットはポリーナやリリアナに助けを求めるも、彼女たちは素知らぬふりだ。
「レ、レイシア様!? その手の構えはなんなんだっ! ちょ、うわぁっ! レイシア様ーー!?」
その後、試合後より疲弊しきってぼろぼろになったシュベットは、剣術学部の同級生たちを困惑させたのだとか。
◇◇◇
剣術大会は、アレクシス・ローウェルの優勝で幕を閉じた。そして、学園祭の三日目を終えた夕方――。レイシアは自宅の鏡の前で睨めっこをしていた。
(ああ……憂鬱だわ)
額を押えてため息をつく。今夜は学園で夜会が開かれる。ことの成り行きで、ユーリのパートナーとして出席することになったのだが。
学園屈指の美形三人と一緒ということで、いささか気が引けていた。
レイシアは、この国で最もありきたりなダークブロンドの髪に、同色の瞳をしている。顔立ちは、欠点がある訳ではないが、それが返って没個性で凡庸さを際立たせている。つまり、普通である。小説のモブというのは、誰も彼も、猫も杓子も似たような顔をしているものだ。レイシアもその例に漏れない。
「私ってイマイチ垢抜けないのよね。ユーリ様なんて、垢は母胎に全部置いてきました! って見た目してるけど。ねえ聞いてる?」
「はいはい聞いてますよ、お嬢様」
今日のドレスは、落ち着いた藍色のドレスだ。体のラインが浮き出る細身のデザインになっている。襟がないオフショルダータイプで、鎖骨までの肌が晒され、色気が――……なかった。
とりあえず、鏡に向かって艶っぽい表情を作ってみる。
「お嬢様。なんですかその間抜けな顔は。みっともないのでおやめください」
「…………」
本人にとっては渾身のキメ顔だったのだが、メイドのアニーに否定されてしまった。レイシアは彼女を不満げに見つめて歯ぎしりした。
「ユーリ様みたいな美形って、前世でどんな徳を積んだんだと思う?」
「世界でも救ったんじゃないんですかね」
「まさかの世界規模」
ユーリ・ローズブレイドといえば、歩くだけで女性たちが歓声を上げ、全身から色気を漂わせている。そんな彼に対して、レイシアは田舎から出てきた小娘感がなんとも否めない。
「ねえ、アニー。私って美人?」
主人の問いに対し、アニーは気まずそうな顔を浮かべた。
「まぁ……美人とはいわずとも、酷すぎるってこともないのではないでしょうか」
「それ、失礼なこと言ってる自覚ある?」
「ンンっ……これは冗談として。お嬢様は、黙っていればまぁそれなりなんですから、むしろおかしな言動や行動を慎んだ方がよろしいかと」
「おかしな言動や行動? 何よそれ」
レイシアがきょとんとして首を傾げると、アニーは大きなため息をついた。




