〈13〉強く生きなさい、若い青年よ
レイシアが医務室で中年の養護教諭に手当をしてもらっていると、血相を変えたシュベットとポリーナたちが部屋に入ってきた。
「レイシア様……! 怪我したって聞いたんだけど……!」
「ああ、大丈夫よ。大したことな――きゃっ」
シュベットに勢いよく抱きつかれ、レイシアはよろめいた。
「ユーリ様から聞いた。ごめん、ウチのために……っ」
「ううん、謝らないでちょうだい。ほら、ペンダントも――ここに」
レイシアは胸のポケットからペンダントを出して、手のひらの上に乗せた。
ブルーフローライトの天然結晶が輝く。シュベットは何とも形容しがたい様子で眉をひそめ、ペンダントを首に掛けた。彼女はそっと守護石を手で撫でて言う。
「……ありがとう」
「もう失くさないようにしっかり管理するのよ?」
「うん、ちゃんと用心するよ」
「試合はどうだったの?」
「無論、完全勝利だ! 三回戦までは時間があるから、楽しみにしててくれ!」
レイシアは、あっと何かを思い出したように、胸のポケットから学生証を取り出した。これは、シュベットのペンダントを盗んだ学生が落としていったものだ。
「そうそう、これも、彼らが落としていったものなんだけど、あなた、持ち主のこと分かる?」
シュベットはファビウスの名前が記された学生証を見て声を上げた。
「はは、ファビウスの奴、命拾いしたな! 大会参加時には学生証の提示が必要なんだ。アイツは午後からの出場だけど。これ、ウチが預かるよ」
「知り合い?」
「まぁね。アイツ、実力が抜きん出てるからやっかみも多いんだ」
「そうり剣術学部の人間関係って、結構大変なのね」
「レイシア様んとこだってそうだろ? どこも同じようなもんさ」
レイシアは苦笑した。一方、彼女はたくましくもあっけらかんと笑っている。
(……ファビウス・バウジャン……? どこかで聞いたことがあるような)
一体どこで聞いた名前だったかと思案していると、シュベットの声に意識を戻される。
「可愛いレディーたちの応援がないと、こっちもやりがいがなくてさ。次はきっと、応援してくれよな」
「ふ。任せておきなさい」
◇◇◇
午後になり、レイシアたちはシュベットの三回戦の応援に行った。
「これを勝ったら準々決勝よね? シュベットならいけるかも……!」
興奮気味に言ったタイスに対し、ポリーナが物憂げな表情で首を横に振った。
「残念だけど、シュベットちゃんはここまでじゃないかな」
「え……なんでよ」
しかし、ポリーナが見せた選手名簿を見て、一同は納得する。なぜなら、今回の彼女の対戦相手が――アレクシス・ローウェルだからだ。彼は、過去の剣術大会全てで優勝しており、王国第一騎士団所属が決まっている。
アレクシスといえば、小説にも登場していた人物だ。武家貴族家出身で、二十代で第一騎士団の団長に就任という異例の昇進を果たす。戦場では、最も危険な前線で一兵卒として戦った。彼は輝かしい武勲を誇り、人々に敬愛される。
「どんな結果でも、あたしたちはシュベットを精一杯応援しましょ」
「そうだね」
タイスの言葉にポリーナは頷いた。
ガチン……。
金属がぶつかる音が鼓膜を揺らす。しかし、試合が始まると、予想に反して、彼女は善戦敢闘していた。――というより、シュベットの方が押しているようにも見える。アレクシスは守りに入るばかりで、一向に仕掛けようとしない。
(シュベットが強いから……? いいえ、アレクシス様の実力は別格のはず……)
不思議に思いながら試合を眺めていると、誰かがレイシアの隣に座ってこう言った。
「はは。アレクシス、完全に手加減しているね」
「え?」
隣に腰を下ろしたのはユーリだった。どうやら彼は、アレクシスのことを見知っているようだ。
「あ、ユリちゃん! 待ってたよ! この次の試合がマティアス様の番だから、一緒に応援しようね」
「ふふ、ナターシャははしゃぎすぎ」
レイシアはユーリに尋ねる。
「ユーリ様、生徒会の仕事が忙しかったのでしょう? マティアス殿下が試合参加で抜けていらっしゃるからって。……こんなところでサボっていてよろしいの?」
「ああ、実はこっそり抜けてきたんだ。ナターシャに誘われては断れないだろう?」
「つくづくナターシャに甘いのね。なんて無責任な副会長さんなのかしら。――それで、手加減してるってどういうこと?」
「ふ。実はね――」
レイシアに対し、ユーリは周りに聞こえないよう声を抑えて耳打ちする。
「――かの天才騎士は、あの赤髪の女の子に気があるんだよ」
「えええ!?」
レイシアは目を見開いた。確かに、改めてアレクシスの姿を見てみると、戸惑いの表情でシュベットに対峙している。好きな女の子を相手にどう戦っていいか分からないという感じ。
いつの日にか戦場で多大な功績を上げる英雄、アレクシス・ローウェルともあろう男の、年相応の青年らしい私情だだ漏れの戦いぶりを見て、気の毒と思いつつも笑ってしまう。
それでも、試合はアレクシスの勝利であった。
「なんなんだよ今の試合は! ウチのこと馬鹿にしてんのか!?」
シュベットは鬼の形相でアレクシスに掴みかかった。客席まで響く大声で怒鳴っている。
「ウチが……女だから手を抜いたっていうのか!? そんな情けをかけられたって……嬉しくなんかないっ! あんたのことずっと尊敬してたけど……軽蔑するよ」
他方。アレクシスはすっかり狼狽えている。必死に首を横に振り彼なりの弁解を尽くしているようだが、その思いは虚しく……。シュベットの怒りは収まらず、最後には目に涙を浮かべて、「嫌い」と吐き捨て彼に背を向けた。
彼女の後ろ姿を、唖然と見送るアレクシス。きっと彼の脳裏には、シュベットに吐き捨てられた『嫌い』の言葉が延々と木霊しているだろう。その姿には、もはや天才としての威厳など皆無だ。この世の終わりのような、あるいは抜け殻のような顔をしている。なんとも情けない様子だ。
(……強く生きなさい、若い青年よ)
レイシアは心の中でぐっと拳を握り、エールを送った。アレクシスの片思いについては、多くの人が知る事実らしく、会場の中にはくすくすと笑う声が漏れ聞こえた。
半ば役員に引きずられるように舞台から降りていったアレクシスと入れ替わりで、マティアスが入場した。マティアスは涼し気な表情で勝利し、準々決勝へと駒を進めたのだった。




