【完結】小公爵様、死亡フラグが立っています！

〈11〉シュベットのペンダント

　レイシアがポリーナを連れてペンダントを探していると、闘技場の外で、石造りの壁にもたれかかっている青年を見つけた。

　複数の仲間といる彼は、ペンダントのチェーンを指に引っ掛けて弄んでいる。青の宝石が紐の先端で揺れており、その特徴は正にシュベットが言っていたものと一致している。

　制服の胸についた校章は緑色。レイシアたち一般の生徒は赤い校章が義務付けられているので、彼らは剣術学部生だと分かった。

「やっぱり盗られてたんだ……。今すぐ取り返しにいかなきゃ！」

「待って」

「……？」

　怒りの衝動のまま、集団に突っ込んでいこうとしたポリーナを引き止める。あんなに沢山の男たちを相手に、か弱い乙女がひとりで抗議しにいっても、上手くいくとは到底思えない。

「あなたは先生を連れてきて。私があの人たちをここに留めておくから」

「え……でも、おひとりでは危険では」

「大丈夫。あなたが戻ってくるまで時間を稼ぐだけだから。逃げられたら困るしね」

「わ、分かりました。どうか、無茶だけはしないでくださいね！」

「任せなさい」

　走っていったポリーナを尻目に、レイシアは男子生徒たちの元へ行った。

「お兄さんたち。良いものを持ってるわね」

「は……？　んだよ急に」

　ペンダントのチェーンを指から引っ提げている青年が、こちらをいぶかしげに一瞥した。

「そのペンダント。シュベットのものでしょう？　返してちょうだい」

「あーナルホド。あんた、さてはあいつのダチっすか」

　レイシアがペンダントを取り返そうと手を伸ばすと、彼はひょいと腕を頭上に掲げてかわした。予想していた通り、彼らからペンダントを取り返すのは容易ではなさそうだ。

（早く先生を連れて戻ってきてね、ポリーナ）

「…………」

「はは、んなムキになった顔すんなよ。シュベットが女のくせに調子に乗ってるから、ちょっとからかっただけだろ？」

　剣術大会の参加者は、事前の予選で人数が絞られている。この集団は、競技用の服ではなく制服を着ているので、参加資格を有していないのだろう。

「にしても、シュベットの反応、いい気味だったよな？」

「マジになって青ざめてんの」

　男子生徒たちは、愉快そうにわっと笑った。

　シュベットは、これまでもこんな屈辱を味わわされてきたのだろうか。女性というだけで蔑視され、悔しい思いをしてきたのだろうか。彼女は一度だって、レイシアたちに弱音を吐くことはしなかった。レイシアは、ぎゅうと胸の奥が痛んだ。

「……が、しいのよ」

「なんだ？」

「何がおかしいのよ！」

　もう我慢できない。ポリーナが来るまで、彼らを逃さないように時間稼ぎをするつもりだったが、友達が悪く言われて黙ってはいられない。

　拳を固く握りしめて彼らに言っま。

「それでも騎士を志す者なの？　実力で彼女に勝てないからって、志まで劣ってどうするのよ。なっさけないわ」

　レイシアがそう言い放つと、集団の中の一人が横からぐいと腕を掴んで、忌々しそうに眉間に皺を寄せた。

「それ以上生意気言ったら、どうなるか分かってんのか？」

　彼が顔を覗き込みながら、不敵に口角を上げる。腕を握る力を強め、いつでもこんな弱い腕折れるんだぞと自分の力を知らしめてくる。

「――チッ」

「…………は？　舌打ち……？」

　レイシアは掴まれた腕を強引に振りほどき、その青年の胸ぐらを掴んで顔を引き寄せた。彼の瞳に当惑の色が滲む。

「触れていいなんていつ言った？　レディーの身体に許可なく触れるだなんて言語道断。なんて非常識なのかしら。そっちこそ、私を怒らせたら――」

　青年はレイシアのあまりの気迫にごくんと息を飲んだ。

「全ての指にさかむけができて、涙が出るくらい痛むように呪ってやるわよ！」

「――なんて？」

　レイシアの的外れな脅し文句に、青年はぽかんと口を開けた。

　そのときだった。

「君たち、彼女からすぐに手を離しなさい」

　聞き覚えのある艶やかな声に振り返ると、ユーリが静かな怒りを滲ませた様子で立っていた。しかし、青年の手はレイシアのどこにも触れておらず、むしろ掴みかかっているのは――レイシアの方で。

　ユーリは一瞬目が点になったが、すぐに気を取り直して言う。

「レ、レイシア……。その手を、その……一旦離そうか……」

「…………」

　レイシアはもう一度青年を強く睨みつけて、手を離した。

　男子生徒たちはというと、ローズブレイド公爵家次期当主にして学内一の有名人であるやユーリの登場に、萎縮していた。

「やばい、ローズブレイド小公爵だ……。早く逃げるぞ……っ」

（私も公爵家の血筋なんだけど、どれだけ影が薄いのかしら。――って、それより）

　レイシアはペンダントを持っている青年の服を掴んだ。

「待ちなさい！　シュベットのペンダントを返して！」

「わ、分かったよ。ほら、これでいいだろ？」

　青年はペンダントをレイシアに押し付け、目にも止まらぬ速さで転がるように退散していった。

（大丈夫。もう全員の顔はしっかり覚えたわ）

　レイシアはその場に力なくへたり込んで呟いた。

「――窃盗罪、暴行、不敬罪に……名誉毀損」

「……レイシア？」

「これだけの違反行為を犯した生徒たちは、どんな処分が下されるかしら」

「謹慎、内定取り消し……。退学もあるかもしれないね。……場合によっては犯罪として処理されることも」

「そう……」

　早く、事の仔細を学校側に報告して対応してもらわなければならない。顔を覚えている内に早く。それなのに、体が思うように動いてくれない。

　レイシアは、ユーリの顔を見上げて言った。

「……ユーリ様。……腰が抜けてしまったので、起こしていただけませんか」