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〈1〉小公爵様、取引しましょう (1)

 

 レイシアの目の前には、これまで見たことがないほど美しい青年が立っていた。人の容貌の造形美に、これほどの感動を覚えたのは初めてのことだ。


 漆黒の髪に、長いまつ毛に縁取られた深碧(しんぺき)色の瞳。


 不敵な笑みを浮かべてこちらを見据えている彼は、ユーリ・ローズブレイド。レイシアが前世で読んでいた小説『瑠璃色の妃』の登場人物であり、不遇な当て馬だ。主人公のナターシャに対して執着に近いくらい強い恋心を抱いているのだが、今から一年後、まぁとにかく色々あって、彼女の双子の妹に腹部を刺されて亡くなる。


 ユーリの眩い姿に目を奪われていると、彼は目元を和らげてふっと微笑んだ。


「そんなに緊張しないで。こうして君をここに呼び出したのは、お礼が言いたかったからなんだ。……ナターシャが近頃よく笑うようになったのは君が気にかけてくれているおかげだ。本当に感謝しているよ」

「そんな……感謝されるようなことは何も。私こそ、ナターシャと仲良くできて毎日とても楽しいです」

「ふうん」


 ユーリは物言いたげにそう呟き、レイシアの全身を品定めするように上から下へ一瞥した。その視線に、固唾を飲む。

 今日、ユーリがレイシアを呼び出した目的については、重々承知している。それは、ナターシャに突然接触したレイシアの真意を探るため――だ。


 ユーリが長らく想いを寄せる『瑠璃色の妃』の主人公、ナターシャ・エヴァンズは、学園の中で孤立している。


 ナターシャ自身はおっとりしていて優しく、他人に嫌われるようなことはしていない。しかし、女子生徒たちが憧れてやまないドウェイン王国王太子のマティアス・グリフィスと、有力公爵家の長男ユーリからの寵愛を一身に受けていることで、嫉妬の対象となってしまった。


 男爵令嬢というナターシャの決して高貴とはいえない身分が、令嬢たちの嫉妬心を加速させ、彼女が学園中の生徒らから敬遠されるまでそう時間はかからなかった。根も葉もない悪評が針小棒大に吹聴されていき、とにかく、めちゃくちゃ嫌われている。


 そんなナターシャに、学園の最終学年になって突然馴れ馴れしくしはじめたのが、レイシアである。何か裏があると疑われるのも当然だ。


「君に何かお礼がしたい。僕にできることはなんでもしてあげる。望みがあるなら、正直に教えてくれないかな?」


 ユーリは背を丸め、こちらの顔を覗き込む。そして、レイシアの小さな顎を手ですくいながら、優美に目を細めた。先程から、感謝だの礼をするだのとのたまってはいるが、目の奥が笑っていない。かなり不穏な感じがする。


 おおよそ彼は、レイシアがナターシャに接触した狙いは、ユーリやマティアスへの下心だと予想しているのだろう。もしかしたら、過去にも同じような手を使って、彼らに取り入ろうとした令嬢がいたのかもしれない。


(試されてるんだわ……)


 沈黙しているレイシアに、彼は畳み掛けた。


「デートでもハグでも、()()()()()()()()でも、なんでも付き合ってあげるよ」

「と、とくべつ」


 とびぬけた美男子の甘い誘惑に、ぐっと喉の奥を上下させる。絆されてはだめだ、と必死に自分を戒める。一応全年齢向けの小説だったが、今にも十八禁展開が始まってしまいそうな色っぽさだ。


「別に、お礼なんて……」

「遠慮しなくていい。ねぇ、どうして急にあの子と仲良くなろうと思ったんだい? 教えてよ」


 実のところ、ナターシャに近づいたのはユーリの予想通り、彼に接近するためだ。しかし、彼と仲良くなりたいとか、あわよくば恋人になりたいだとかは思っていない。

 こちらに微笑みかけるユーリの頭上にゆっくりと視線を移し、いぶかしげに眉をひそめてる。


(それは――あんたの頭の上に死亡フラグが立ってるからよ! ……なんて、言ってもたぶん信じてくれないわよね)


 彼の美しい容姿にはそぐわず、レストランの子ども用プレートのオムライスの上に立っていそうな旗が、ユーリの頭から生えているのだ。そこには、油性ペンで書いたような『死亡フラグ』の文字が。手を伸ばしてみるが、見えているだけで触れることはできず、手が空中を掠めるだけだった。また、この旗はレイシアにしか見えていないらしい。


 レイシアはゆっくりと息を吐いてから、びしっと人差し指を立てて声高に言った。


「なら……ユーリ様に――取引を要求いたします!」

「――取引?」


 不思議そうに首を傾げた彼に続けて言う。


「あなたが大好きなナターシャは、学園で毛虫のように嫌われています。――いえ、たぶん毛虫より嫌われています」

「け、毛虫……?」

「廊下を歩けばひそひそと噂され、彼女の座る座席にはいたずら書きが施され、時に直接罵声を浴びせられるなんてこともしばしば……。――あらあらなんて可哀想なのかしら……うぅ」


 レイシアが口元を手で抑えて、泣き真似をすると、ユーリは呆れるやら困惑するやらで眉をひそめた。レイシアは泣き真似をやめて、すっと真顔に戻した。


「そこで。私がアヴリーヌ公爵家の名のもとに、彼女の庇護をお約束します。公爵令嬢の私がが彼女の傍にいれば、少なくともその間は他の令嬢もいじめたりできないでしょう?」


 彼はしばらく考えた後で、尋ねてきた。


「それで? ナターシャを守る代わりに僕に何をさせたいの?」


 レイシアは一呼吸置いて、悪戯に口角を上げた。


「――ナターシャへの恋を諦めてください」

「…………は?」

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