ひまわり畑の家
一面が黄色に覆われている。何処までも永遠に続いているように見える、広大なひまわり畑だ。
その黄色の海の真ん中に、一軒の家があった。
赤い三角屋根に、クリーム色の外壁。テラスは広々として、用意されたロッキングチェアに腰かければ、読書が捗りそうだ。ひまわり畑の中にぽつんとあるそれは、まるで玩具のように見える。
家に近づいて玄関を開けると、中には静かな空間が広がっていた。窓から差し込む陽光に照らされた壁には、何枚もの写真が飾られていた。
青空の下に聳える山々、一輪の薔薇、夕陽に赤く染まるビル群、夜空に咲く打ち上げ花火……。
どれもが何気ない風景を切り取ったもので、人物が写るものは一枚もない。
写真以外には殺風景なもので、家具らしい家具といえば、部屋の中央に置かれた一脚の小さな丸テーブルだけだ。上には一輪挿しの色鮮やかなひまわりと、ブラウンの縁のシンプルな眼鏡。
ここを訪れた人は、不思議に思いながらもその眼鏡をかける――いや、かけてしまう。
すると、周囲の空気が一変するのだ。
部屋が入れ替わったような大きな変化ではない。ともすれば、気づかない者もいるかもしれない。
壁にかかった数々の写真――そこに、小さな影が現れるのだ。
高い山を指差す小さな手、花の匂いを嗅ぎながら金の髪を風に靡かせ、夕陽を臨む瞳は星のように輝き、花火と共に空に飛び出そうとする背中には羽が生えていた。
裸眼では見えなかったそれは、妖精と呼ばれる類の少女。
この家には、変わり者の青年が暮らしていたという。普通の人間には見えないモノを見ていた彼は、よく独り言を漏らしては写真を撮っていた。彼は天寿を全うし、数年前に亡くなって、この家だけが残された。
彼が愛用していた眼鏡にはどういうわけか不思議な力が宿り、それをかけた者に生前彼が目にしていた景色を見せてくれるのだ。
そして時折、この家では他には誰もいないはずなのに、何かの気配を感じることがあるという。
もしかすると、家にはまだ件の少女が棲みついているのかもしれない。
青年との思い出を胸に、訪れる人々を見守りながら――。




