数年後
あれから数年が経った。部家の掃除をしていたら、この秘密のノートを見つけた。
もうしばらくこのノートには、ゆいちゃんとの日記を書いていない。
まるまる五年もの間、放置してしまった。
今でもあの頃の思い出を愛おしく思っているし、ゆいちゃんのことは好きだ。
僕はね……僕は、普通を得るために、ただ普通でいるためだけに、死に物狂いで頑張ったんだ。たくさん勉強したし、たくさん本も読んだ。
大学は、誰も名前を知らないような偏差値の低い大学だけどさ、それでも僕は通えている。これは僕自身の努力の成果でもあるし、あるいは運が良かっただけかもしれない。
巷では「Fランクの大学」とか言われているらしいけど、母親は飛び上がって喜んでくれたんだ。
発達障害特有の症状がバンバン出ていた頃の僕を知っている母親からすれば、たとえどんな大学だって入れればそれだけで嬉しいみたいだね。
そうだ、話が少し反れたね。
ゆいちゃんとは、あれから二回会った。
障害者福祉施設で彼女の姿を見つけると、僕の心臓の鼓動は飛び上がった。
僕は、彼女に駆け寄った。
面と向かって告白しようと思ったよ。
でも、緊張してできなかった。
後悔はしていない。
そのたびに彼女は、僕の目をジッと見つめて不思議そうな表情をするんだ。
僕はね、あの時、あの時ほんとうに勇気を出して告白するべきだったんだ!
でもねそんなことできる勇気がないことくらい、自分で分かっていたさ。でも、欲をいえばまた彼女に会いたいと思うんだ。
ああ、懐かしさのあまり、僕の感情は弾け飛びそうだ。
感情をかき乱す理由は、偶然にしてこのノートを見つけだだけじゃない。まさか当時は、これだけSNSが発展するなんて思いもしなかった。
察しのいい人なら分かるかもしれない。
僕の感情がここまで乱れている理由。
五年もの昔の恋に、ここまで執着してしまう理由。
発見してしまったんだ。
あれは間違いなくゆいちゃんだ。
SNSのアカウントを見つけてしまったんだ!
僕がどれだけ成長したって、どれだけ普通を手にしたって、あの頃から変わっていないことはある。
恋心ってのもそうだ。でも、同じくらい勇気がないってことも、あの頃のままなんだ。
だってさ、だって。五年も昔に知り合った女の子に、急にメッセージを送るなんて、ストーカーみたいじゃないか。
だから、もしかしたら嫌がられるかもって、そういう思いもあるんだけど、
結末を書くにあたって、これだけは言いたい。
この後の人生、何がおころうとも僕は勇敢に立ち向かいたい。