生きる
「ねぇ、これね。すっごく、痛いんだよ? ほんとはね、ほんとはね、嫌なんだ。でも、ちゃんと切って、流れる血を見ないと、私、死んじゃうんだって。流れる血を見て、生きているんだって自分で確認しないと、私、死んじゃう病気みたいなの。変だよね、だって私そんなことしなくたって自分が生きていることくらい分かるのに。でもね、でも……だからね、生きるために切らないと、いけないの」
僕の目を見ながらさ、そういうことを言うんだよ。もう、僕はその時は、心が苦しかった。
それと同時にさ、すごいショッキングだったんだ。世の中にそんなことがあるのかって。
自分で自分の手首を切って、流れる血を確認しなければいけない病気がこの世にあるのかって。
すごくショックだった。そんな自己犠牲的な宿命を、こんなにも健気な女の子に背負わすなんて、
もし僕がそんな病気に罹ったら、絶対に自分の手首なんか切れないから、そんな勇気なんか無いから、彼女は本当にたくましい。
立派で勇敢な女性だよ。
ほんとうはもっとお喋りがしたかったんだけど、その日は母親に呼ばれて、もう帰ることになったんだ。それでさ、帰り道とかもゆいちゃんのことばかり気になっちゃってさ、彼女にはどうしても幸せになってもらいたかったし、また会いたいと思ったね。
それからだよ。毎週木曜が来るのが楽しみで楽しみで仕方なかった。
障害者福祉施設に行くことが、僕の生きがいになったね。
だって、またゆいちゃんに会えるかもしれないからね。
あの小柄で美しい子とまたもう一度おしゃべりがしたくてたまらない。
僕はあれから消毒液の匂いを嗅ぐだけで、胸のドキドキが止まらないような体になってしまったよ。
でもさ、でも、僕の心臓の動悸は、けっこう気持ちがいいものだけど、
ゆいちゃんのやつは、たぶん痛いよね。いや、彼女はあのとき、すっごく痛いって言っていた。
だから僕は悲しい。
僕はあの子に出会えてこんなにも幸福であるのに、
あの子は依然として、自分で自分の手首を切らなければならない世にも不思議な病気を患っている。
あの子は僕なんかよりも、断然に、重大な宿命を患っている。
それがたまらなく悲しい。