ひみつのノート
DEAR.ゆい様
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CC、その他最大多数の、常識的な世間の皆様へ
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この小説を書くにあたって、
おっと、違う。
もしも君が、本当にこの小説を読みたいのなら、
僕は僕の生い立ちとか、いま僕がどういう物事に興味があるとか、学校の先生の愚痴とか、好きな女の子の話しとか、そういったサリンジャー形式のくだらない話から書き始めるのがベストなんだろうけど、実は僕はそんなことは書きたくないんだ。
あ、ごめん。実は最近、仲良し学級のお友達から本を借りていてさ、その本の書き出しを真似してみたんだ。
こういうの、気にする人は気にするのかな?
一応、著作権とかは大丈夫なはずだけど。
まあいいや、どうせこの文字は「秘密のノート」に書いている訳だし、誰かに見せる訳でもないから、気にせず書くよ。
そしてもし、このノートを隠れて読んでいる人が万が一いたらば、僕と一つだけ約束して欲しいことがある。
それは、このお話を読み終わっても、絶対に僕を叱らないでほしい。
僕がどれだけ「間違っているのか」を世間に言わないでほしい。
それが約束できるなら、別に読んでもいいよ。
障害者福祉施設には、週に一度通っているんだ。
中学校に入学してから、毎週木曜日の放課後、欠かさず都内にある医療センターに向かうんだよね。
予約の時間が早いときとかは、五時間目の数学の授業の途中で、手を上げて早退するんだ。
みんなの目が気にならないのかって?
そりゃ。僕はそんなのは、気にしないよ。
誰かがどんな失敗をしたとか、
どんな家庭に生まれたとか、
どんな過去を背負っているとか、
僕はさ、そんなのは気にしない。
病院の話に戻るよ。
最初は母親と一緒に行っていたけど、中学二年生の春からは一人でも通えるようになった。
最初に来たときは、ずいぶんと古い病院なんだな。って思ったよ。
とっても、薄暗いし。
壁にはヒビが入っていたし。
床は黒ずんでいた。
重度の身体障害者の人たちがさ、そこには大勢いて、専用のベットに横になっていたり、鼻や口から痰を取り除くチューブを付けていてさ、
ジュルー、ジュル、ジュルルゥー
って音がずっと聞こえていたっけ。
でも、でも、痰を吸われつつ、涙目になりつつ、腫れぼったくなった、その顔で、僕を見つめるその黒い眼差しを見たとき、
「ああ、僕のいるべき世界はここなんだ」
と深く府に落ちた。
彼女の眼差しからは、全く悪意が感じられなかったんだ。
あまりにも自分の病気と、自分の命とに向き合い続けていたせいで、誰かに悪意を抱く暇さえなかったのかもしれない。
僕の憶測だけどさ、単に病気のせいで眼球が飛び出していたから、表情が読み取りにくかった。って訳じゃなさそうなんだ。
なんていうんだろう。この人とだったら仲良くなれそう。って直感した。
すくなくとも、他人の教科書に落書きをしたり、物を隠したりしているような人たちよりは、生きる苦しみを知っている。
依然として、院内では、まだ小さい子供たちが奇声を上げていた。
手足を曲げながら、唸っている人もいた。
機関車トーマスのTシャツを着た、太った中年の男性が、僕のところまでやってきて、
「電車って言って! 電車って言って!」
僕は勢いよく息を吸い込み、
その人に、
「でんしゃっ!!」
って答えたら、彼は満面の笑みになって、
病院じゅうに聞こえる大声で、
「ふぁーあっああああっ!!」
待合室にいる人全員が、僕たちを振り返った。
目の前の彼は笑っている、
「うえぇ、うへぇ」
と言いながら、手をパチパチして喜んでいる。
丸坊主の頭を搔きながら、あからさまに照れている。
彼の頭から、フリカケのように落ちる大量のフケを、西日が淡く照らしていた。
僕は嬉しくなって
「電車っふぁあ! 電車っふぁあ!」
すると僕の母親がやってきて、鬼のような形相になって、僕を見た。
「どうして障害者をバカにするような、ことをするのよ!」
と怒った。が、僕は母親の怒りの理由を突き止めることはできなかった。
そして厳密には、僕も障害者だ。
発達障害という、障害者だ。