↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/38

#030_魔術鎧装の本領

 小さくも村で一番高価な青銅の釣鐘。

 それを奴は片手で持ち上げ、大きく振りかぶり、俺に向かってまっすぐ投擲した。


 空気が震えるほどの勢いで迫るそれを俺は避けきれず、身をかがめて右腕で頭部を庇う姿勢で待ち受ける。

 そして直撃の瞬間、腕を振り上げ、釣鐘を弾いた。


 直後、俺の視界に入ったのは、両(・)足(・)を(・)こ(・)っ(・)ち(・)に(・)向(・)け(・)て(・)い(・)る(・)ゴ(・)ブ(・)リ(・)ン(・)の(・)姿(・)だ(・)っ(・)た(・)。


「ごッッ……!?」


 渾身のドロップキックが、俺の無防備な胸元に炸裂する。 

 投げた鐘は囮! 俺の視界を遮りつつ、その陰に潜んで近づいてやがったのか……!


 だが、気づいたときにはもう遅い。

 蹴り飛ばされた俺は地肌を抉りながら転倒する。


 手足をついてなんとか停止するも、俺の視界が捉えたのは、腕を大きく振りかぶって空から降ってくる怪物の姿だ。


「くっ……!」


 俺は大きく仰け反って、念動力で空に舞い上がる。


 ドゴッッ!! と砲弾のような威力で着(・)弾(・)、一瞬前まで俺がいた場所はクレーターになっていた。


 俺はとにかく高く、上空へと飛び上がる。追いつかれたら終わりだ。

 振り返ると、追ってくる怪物が見える。一歩一歩、宙を踏み締め、着実に距離を詰めてきている。


 クソッ、防戦一方だ。


 身体から痛みが消えない。


 レイモンドさんたちはまだか?


 痛い。


 どうしてこうなった?


 なんで俺は戦ってる?


「《閃光発音術式(フラッシュ・バン)》!」


 苦し紛れの目眩し。


 苦し紛れの戦輪(チャクラム)。


 効かない。


 追いつかれた。


 怪物が俺の足を掴み、俺はそれを振り払う。


 逆に掴みかかるも、空中踏歩による鋭い機動で背後に回られる。


 背中に三発。


 振り返りざまに拳を振るうも、たいしたダメージを与えられない。


 弱々しい拳打を笑った怪物は、俺の頭を掴んで、顔面に膝打ちを決める。


 額、そして首に激しい痛みが走り、俺は呻く。


 怪物は止まらない。


 俺の腕を掴み、下へと投げ飛ばす。さらに追い打ち、蹴りを見舞う。


 俺に、それから逃れる術(すべ)はなかった。


 呆気なく蹴り飛ばされ、俺は背中で木々を薙ぎ倒しながら跳ね回る。


 サバッ!! と水飛沫があがり、俺は湖の岸に叩きつけられて、止まった。


 ディスプレイの表示温度が下がっていく。水に浸かっているからだ。

 リリン村付近の水辺といえば、街側にある湖だけ……ってことは、俺は村の真ん中から森にまで吹っ飛ばされたってことか?


 金属製の鎧装(アーマー)を纏い、念動力で抵抗する俺をここまで投げ飛ばせるなんて、規格外だ。


 ゴッッ!! と追ってきた緑の怪物が、目の前に降り立つ。


 水面が弾け、雨のように降り注いだ。


 緑色の鬼面が、俺を見下ろしている。

 口角を上げ、伏せる俺を嘲笑っている。


 すぐに殴りかかってこないのは、俺の反撃を待っているのか。

 反撃を受けたうえで、俺をねじ伏せるつもりなのか。


 俺は脚に、腕に力を込め、上体を起こし……、

 ……しかし、立ち上がれない。


 身体は、動く。だが、動いたところで、どうだ?


 コイツに勝てるか?


 俺がコイツに勝っている要素が、一つでもあったか?


 膂力(パワー)、機動力(アジリティ)、果ては戦闘のセンスまで。


 なに一つ、俺がコイツより優れているところはなかった。


 ……もう、終わりだ。


 動かなくなった俺を見て、奴の顔から笑みが消えた。

 遊び飽きた子供のような表情で、怪物は、その緑色の拳を握る。


 腕を大きく振りかぶる。

 そしてーーーー、


「『ミキヒト?』」


 と、声が。

 彼女の声が、重なって聞こえた。

 一つは通信術式。そしてもう一つは、肉声。


「……リース?」


 振り返ると、そこには彼女の姿があった。

 その背後には、冒険者の子供たちと、村人たち。


 みんなが、怯えた様子でこちらを見ている。

 俺を、そして奴を見ている。


 ぴたり、と。

 怪物が動きを止めた。


 その拳を握ったまま、一直線に、リースへと向かってーー、


 ーー寸前、


 奴(・)の(・)拳(・)が(・)リ(・)ー(・)ス(・)に(・)届(・)く(・)寸(・)前(・)で(・)、俺(・)の(・)右(・)手(・)が(・)、奴(・)の(・)腕(・)を(・)掴(・)ん(・)だ(・)。


「ーーふッッ!!」


 俺は空いた左手で怪物の腹を殴り飛ばした。


 奴は木にぶつかって動きを止め……俺を見る。

 打撃を受けた腹をさすり、にたり、と笑みを浮かべる。


 まだ戦えるだろう、とでも言いたげな表情で。


 ……コイツはいま、あきらかに、リースを狙った。

 俺の嫌がることを理解したうえでの、行動。


「すぐ逃げて」

「『ミキヒト……』」

「早く!」


 そう叫び、彼女たちを無理やり避難させる。


 ……ああクソ、なにを弱気になってんだ、俺は。


 俺の死は、もはや俺だけの死じゃない。

 俺が死ねばみんな死ぬ。リースも、村のみんなも、この怪物を止められる存在が現れるまで、際限なく人が死ぬ。


 ここで。


 ここで俺が、コイツを止めなければ。


 時間稼ぎじゃもうだめだ。


 ……いや、そもそもわかってただろ。時間を稼ぎ、レイモンドさんたちの帰還を待つ……その作戦が使えないことは。


 だって、コイツは強い。


 普通ランクの冒険者に、魔物の相手は務まらない。レイモンドさん自身が言ったことだ。

 だから、時間稼ぎなんて悠長なことは言ってられなかったんだ、最初から。


 それなのに、俺は。


「あああッ!!」


 情けない自分を怒鳴りつけ、突貫する。


 戦術なんてない。魔術鎧装(ソーサリックアーマー)の出力にまかせたヤケクソの特攻だ。


 カウンターを喰らうが、関係ない。


 俺も拳を、脚を振るう。


 およそ戦闘と呼べない子供の喧嘩のような殴り合いを、ヒトを超えたスペックで再現する。


 空振った腕が木々を破砕し、踏ん張る足が大地に亀裂を走らせる。


 怪物の殴打が、俺を大きく仰け反らせた。


 一撃一撃が重い。


 身体が、バランスが揺らぐ。


 念動力で身体を支えて、戦輪(チャクラム)で牽制して、金属の拳を叩き込んで、


「ああ、クソッ!!」


 それでも、互角とは言えない。


 いまの俺の実力じゃ、これが限界ーーーー、


「ーーーーリース!! なんかない!? 一発逆転狙える機能でも、鎧装(アーマー)の性能底上げでもなんでもいい! コイツに対抗できる手段は!?」


 殴り合いじゃいずれ押し負ける。


 搦手も通じなかった。


 いままでと同じやり方じゃ、同じ負け方をするに決まってる。


 でも、俺の戦闘術のバリエーションはそれで全部だ。


 頼れるのは、彼女の術式しかない。


『……、……一つ、ある』


 言い淀んだ彼女が、苦しげな声で答える。


『でも、これは装着者に危険が及ぶ機能で……』

「それでいい! どっちみち、ここままじゃ俺は死ぬ」

『……わかった。こう唱えて』


 リースが告げたその言葉を、俺はそのまま口にする。


「《上限解放(アンリミテッド)》」


 視界に文字が走る。


《魔術鎧装(ソーサリックアーマー):上限解放(アンリミテッド)》

《魔術鎧装(ソーサリックアーマー)の出力制限を解放します。》

《装着者(パイロット)に危険が及ぶ可能性があります。》

《ご注意ください。》

《処理中……》

《完了しました。》


 その単語が表示された、直後。

 俺が放った一撃が、怪物の胸を捉える。


 奴はそれを避けもせず、受け止めもせず、真正面から喰らった。

 不十分な体勢からの、威力不足な反撃。避けるに値しない。そういう判断だったのだろう。


 その判断は正しい……い(・)ま(・)ま(・)で(・)の(・)攻(・)撃(・)か(・)ら(・)鑑(・)み(・)る(・)な(・)ら(・)。

 ーーだが、この一撃は、いままでとは違う。


 クリーンヒットしたわけではない。

 急所をついたわけでもない。

 にもかかわらず、怪(・)物(・)の(・)体(・)勢(・)が(・)大(・)き(・)く(・)乱(・)れ(・)た(・)。


 そのチャンスを逃さない。

 俺は前蹴りを放つ。


 それが腹に直撃した奴は、大砲でも直撃したかのように吹っ飛び、木々を突き破りながら跳ね転がっていく。

 追撃をーーそう思うより早く、奴を殴った拳に、前蹴りを見舞った足に、びきり、と痛みが走った。


「いッッ!?」


 予想だにしなかった感覚に、俺は動きを止めてしまう。

 追撃が来ると考えていたのだろう、怪物は飛び起き、俺を見る。


 30m、間を空けて、対峙する。


 奴の表情は、笑みではなかった。


 苦痛と、疑念。

 痛みを堪えるような表情と、なぜそうなったのかを思考する表情。


 それらが入り混じった顔で俺を見る怪物に、俺は。


「ーーーーおおおッッ!!」


 右足を軸に、跳躍するような突撃。

 その速度(スピード)は、いままでの最高速度を超えていた。


「ーーッッ!?」


 油断はしていない。

 だが、予測を超えた突進、その加速に、怪物の動きが遅れる。


 右腕を広げ、怪物の胸をめがけて腕撃(ラリアット)。


「グギッ……!」


 確かな手応えを感じながら、俺は勢いそのままに奴を跳ね飛ばした。


「ぐッ……!」


 苦痛の吐息が、俺(・)の(・)口(・)か(・)ら(・)漏れる。


 この速度、奴が対応し切れてないように、俺もまた制御できていなかった。

 体感したことのない速度。


 そ(・)し(・)て(・)、そ(・)の(・)副(・)作(・)用(・)。


 いままでは感じなかった類(たぐい)の苦痛が、俺の肉体を襲う。


 奴による痛撃ではなく、魔術鎧装(ソーサリックアーマー)の反動による負荷。

 超加速によるG(加速度)負荷。

 物質と接触した部位にかかる力の反作用。


 膨大な力を得た代償が、すべて俺に反転(フィードバック)する。


 その痛みをもって、俺はようやく理解した。


 ーーこれが魔術鎧装(ソーサリックアーマー)の本領(フルスペック)か。



 ***



 魔術具には、二つの自壊防止機構を組み込むべきである、とされている。


 一つ目は、魔術式を守るための機構。

 たとえば、炎を纏う魔術剣。自らが発する炎熱で剣に刻まれた魔術式が傷ついてしまえば、魔術具としての機能が維持できなくなる。


 だから、魔術具の効果によって魔術式が破壊されないように、術(・)式(・)保(・)護(・)機(・)構(・)を組み込む必要がある。これが一つ目の自壊防止機構。


 そしてもう一つは、術者(ユーザー)を守るための機構。

 敵を焼き斬るための火炎が、魔術剣を持つ剣士を傷つけては元も子もない。


 魔術とは、それを起動する術者があってのものだ。術式効果を維持するため、術者(ユーザー)の安全を確保する術(・)者(・)保(・)護(・)機(・)構(・)が必要となる。


 魔術鎧装(ソーサリックアーマー)が攻防一体の魔術具である以上、術式保護機構は削るするわけにはいかない。いくら装着者が無事であっても防御の要たる術式が破壊されては、装着者は身を守る鎧なしで戦場に放り出されることになる。


 だからこそ、削るとすれば後者、術者保護機構だった。


 魔術鎧装(ソーサリックアーマー)は、人体だけでは実現できない速度や衝撃を生み出すことができる。

 となれば必然、その反動、装着者(パイロット)への負荷も人体の限界を超えるものとなる。極度の加速によって生じるG(加速度)負荷。物質と接触した際に生じる力の反作用。これらが装着者(パイロット)を襲うのだ。


 ある程度の負荷は無効にするように設計している。だが、ミキヒトの魔術能力によって動作する魔術鎧装(ソーサリックアーマー)は、そのあ(・)る(・)程(・)度(・)の域をはるかに超える出力を発揮できてしまう。


 それを抑制するために組み込んだのが、出力制限の術式だ。高出力による反動を抑制するのではなく、そもそも高出力を出させないようにするための安全機構。


《上限解放(アンリミテッド)》は、この出力制限を取り払う。


 装着者(ユーザー)の安全を度外視する、という魔術具設計のガイドラインに反した機能。

 万が一、念のため、本当にわずかな最悪の可能性を考えて、組み込んでおいたコマンド。


 ミキヒトはいま、それを使って戦っている。

 殴り合い掴み合い、魔術鎧装(ソーサリックアーマー)の無上限(フルスペック)を行使する彼はーー、


 ーーあの怪物と、互角以上に渡り合っていた。


 解放されたエネルギー付加上限。それにより得られた圧倒的な膂力(パワー)と速度(スピード)。

 その反面、彼を蝕むのは怪物の攻撃だけではなくなった。


 自身の攻撃の反作用、一挙手一投足にかかるG(加速度)負荷。

 その代償、その負荷を一身に負いながら。


 それでもなお、ミキヒトは攻勢をかけている。


 防御を捨てた攻撃一辺倒。

 一発殴られたら二発殴り返すような愚直な戦い方。


「リース……」


 冒険者の少年に声をかけられ、私ははっとする。

 そうだ。彼の戦いを見ている場合ではない。

 なんのために彼が身を切って戦っているのか。

 それを忘れるな。


「ミキヒトが時間を稼いでくれてる。私たちは、できるだけ早く逃げよう」


 彼に背を向け、子供たち、老人たちを連れて駆け出した。


 ーー死なないで、と。

 私は祈ることしか、できない。


誤字脱字・誤用、ここの説明がわかりにくい、設定が矛盾している、この展開が面白くない等、ご指摘ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。