#016_物質を再現した現象③
準物質で剣を作ろうプロジェクト第二部が始まった。
第一部では、準物質の使い方そのものを見直し、中身が空の刀身を作るのではなく、普通の剣の刀身をコーティングするような方法を取ることになった。
第二部では、準物質の生成術式そのものを見直し、生成プロセスや生成後に余計な動作などを行なっていないか、エネルギーの効率化を図ることを意識して改善を図っていくことになる。
「準物質は電子が作る電磁場を再現してるって言ってたけど、これって厳密な説明にはなってないんだよね」
リースが準物質の生成術式について説明してくれる。
「ミキヒトは点電荷って言ってわかる?」
物理の授業でよく出てくるやつだ。
「電荷を持ってるけど、物質としての大きさを持たない点状の電荷のこと。……だっけ」
「そう。本来、点電荷は本当は大きさ……つまり体積を持ってるけど計算のうえでは体積を考慮しなくていい電荷に対して適用するもの。だけど、魔術に限った話になるけど、電子や陽子を作らずに電磁場干渉を起こしたい場合なんかがあったりする。このとき、実体はないけど電磁場に干渉できる電荷モデルとして、点電荷というのはよく使われているらしい」
そう聞くと、準物質とめちゃくちゃ相性がいい気がするな。
実体を持たない物質というのは、実体を持たずに電荷だけを持つ点電荷とまさに似てる。
「じゃあ準物質の生成術式では、電子と同じ電荷量を持つ点電荷を生成して準物質を作ってるってことか」
「正確には、点電荷に電子以上の電気量を持たせることができれば充分な強度の準物質が作れる、かな。電子以下の電気量しか持たせられなくても、すり抜ける準物質なら作れるから。点電荷にどれだけの電気量を持たせられるかは、術者の魔術能力次第」
いままでは電磁場の変化を魔術能力次第と表現してきたが、より正確には点電荷の電気量が魔術能力次第だったってわけか。そして点電荷が電磁場の変化を作り出し、それが準物質となる。
「さて、これを説明したところで、本題に入っていく」
これから行うのは、生成術式そのものを見直し、生成プロセスや生成後に余計な動作などを行なっていないか、エネルギーの効率化を図ること。
これを議論するためには、生成術式でなにを行なっているか、その詳しい処理内容を知っておく必要がある。リースの言った本題とはこれのことだ。
「準物質生成術式は、簡単にすると三つの過程に分けられる」
リースは順を追って説明してくれた。
まず最初にするのは、過程①点電荷の起点の配置。
点電荷の起点とは、そのまま点電荷の点のことだ。これを指定した位置に、今回の場合は刀身の形に配置していく。この段階ではまだ点電荷に電気量は持たせず、あくまで点電荷の位置だけを設定していく。
次に行うのは、過程②点電荷に与えるエネルギーの計算。
①ですべての点電荷の配置を終えたあと、配置した点電荷の総量から逆算して、各点電荷にどれだけの電気量を配分するかの設定をする。これをしなかったらエネルギーが等分配されず、各箇所の点電荷が持つ電気量に偏りが出て、準物質の強度が一定でなくなってしまう。
作るのが剣である以上、強度が低い箇所というのができてしまえば、そこを打たれた場合にすり抜けが発生してしまう可能性がある。これは武器として致命的だ。
そして最後に行うのが、過程③点電荷の生成。
②で導出したエネルギーを点電荷に印加して、電磁場の変化を引き起こす。
この三つの過程を経て、準物質は完成する。
「っていうのが、すごく簡単にだけど準物質生成術式の説明。わかった?」
「だいたいわかった。要するに、点電荷をばーっと並べて、どれだけのエネルギーを与えるかを計算して、スイッチ・オンって感じだよね」
「そんな感じ。で、なにか思いついた? 改善点とか」
「んん……改善点じゃないけど、質問いい?」
「いいよ」
「①だけど、点電荷の配置ってどうやってるの? 具体的な処理の流れというかさ」
「柄の縁の中央を原点に、直交座標系で指定してる」
リースは剣の柄となる楕円筒の魔術具を見せてくる。
『柄の縁』というのは、準物質の刀身と柄が触れる面のことらしい。日本刀でいうと鍔のある部分だ。
その表面は楕円形をしているから、その中心を原点として直交座標系を定義する。
具体的には短軸をx軸、長軸をy軸、xy平面に垂直つまり楕円形に垂直な方向にz軸を定義してある。これらの値を調節することによって、刀身の形状を設定しているのだ。
今回、作成している刀身の形状は非常にシンプルだ。断面が菱形となる直剣で、先端は菱形が狭まるように尖っている。菱形の直方体に、菱形の四角錐を乗っけたような形だ。菱形の短軸・長軸は楕円筒の短軸・長軸に一致している。
この形状の生成は、非常に単純な座標成分で設定できる。
まずはz軸。これは説明不要だろう。そのまま刀身の長さとなる。
すこし面倒なのは、楕円の面つまりxy平面の設定だ。菱形を設定しなければならないため、次のような設定となる。
・第1象限の場合([0≦x≦短径][0≦y≦長径])
第1象限というのは、xy平面上のxも正、yも正となる右上の領域のことだ。
この領域における菱形のパーツは、マイナスの傾きを持つ比例の式となればよい。
つまり[y=Cx+D]だ。[C][D]は定数で、[x=0のとき、y=長径][y=0のとき、x=短径]となる値を設定すればよい。
上記に倣う形で第2~4象限にもそれぞれ異なる定数と比例式を設定すれば、xy平面に菱形を作ることができる。
剣の先端部、菱形の四角錐を作るのも、上記と同様のことをすればよい。剣の長さつまりz軸の値が一定値を超えた場合、菱形が狭まるような閾値と数式を定義すればよいのだ。
「そんな感じで定義した領域に対して、今度は具体値を指定しながら点電荷を配置していく」
いままで定義したのは、あくまで点電荷を配置するための領域であり、具体的な数値は考えていない。このままでは、[y=Cx+D]という式一つを取っても、[x=0.1のとき][x=0.01のとき][x=0.001のとき]……という無数の値を含んでいることになる。アキレスと亀みたいな話だ。
だから点電荷を実際に配置するためには、具体的な値を指定する必要がある。
これはそこまで難しくはないようで、具体的な値を繰り返し指定していけばいいだけだという。
要するにループ処理だ。まずは[x=(-短径), z=0]の位置に点電荷を配置する。yは[y=Cx+D]などの定義式により、xに依存することがわかっている。x値さえ決めてしまえば自動的に決まる。
そして次のループでは[x=(-短径)+1, z=0]。その次のループでは[x=(-短径)+2, z=0]……というように位置をずらしていく。さらに、[z=0]のxy平面にすべての配置を終えたなら、次は[x=(-短径), z=1]からループを始める。
こういうふうに、平面上に次々と点電荷の起点を配置していくのだという(実際の値はもっと細かく設定しているらしいが)。
「めっちゃ地道ね……」
でもたしかに、俺が不可視化術式を組んだときもそういうことをしたと思う。
「魔術ってそういうもの」とリースが答えた。「過程①はこんな感じで作ってる。なにかわかった?」
「いや、特には」
原子ではなく点電荷だが、それが規則正しく並んでいる姿はまさに物質そのものだろう。エネルギーを不自然に浪費してそうなところもないし、過程①には改善点はないのではなかろうか。
「……ていうかこの術式、さっきの改良を加えるなら、もっとがっつり変えたほうがいい気がしてきた」
「変えるってなに? 改善点見つけた?」
「いや、そういう意味じゃなくて、コーティング方式にするなら変えたほうがいいかもってこと」
コーティング方式とは、さっきの第一部にて考えた物質刀身の周りに準物質を生成するという案のことだろう。
「コーティング方式にするなら、一度、物質刀身をスキャニングしたほうがいい。スキャンしてから刀身の表面……それも菱形の各面それぞれに直交座標系を設定して、点電荷の配置をする。スキャン用の術式を加える必要があるけど、これはエネルギーを使わない術式だから、エネルギー効率は考えなくていい」
「いえ、ひとまずその話は置いておきましょう」とティー。「いまの術式のままでも、エネルギー効率の問題点を探ることはできるわ」
「それは、それだけ根本的な問題が含まれてるってことだよね……」
すこし苦い表情をするリース。自分の作った術式に問題点があると言われたら、そんな表情にもなるか。
「過程②と③についてはどう? なにか思いつかない?」
そう言ったリースは、それぞれを詳しく説明してくれる。
②は点電荷に与えるエネルギーの計算だ。
これは単純なもので、①で配置した点電荷の数をカウントしておき、術者から与えられたエネルギーを各点に等配分できるように事前に計算しておく。これだけだそうだ。
そして③はもっと単純。②で計算したエネルギーを点電荷に与えるだけ。
②と③は説明するうえで分けているだけで、実際はほとんど一つの工程と言えるらしい。
リースは術式の構造をもっと詳しく説明してくれたが、それでも俺には改善点は見つけられなかった。
「これ改善点ある? 物質の構造を、かなり忠実に再現できてると思うんだけど」
俺がそう言うと、リースはこう返す。
「いや、そこまで忠実じゃないよ」
誤字脱字・誤用、ここの説明がわかりにくい、設定が矛盾している、この展開が面白くない等、ご指摘ください。




