第１１話
「離して下さい、先輩。初対面の人のほっぺ触るとかどんな教育受けてきてるんですか」
みこちゃんがゆみさんの手を握る。少々強く握ったのか、服がかなりしわだらけになっていた。
「わぁ〜ん。いったいよ〜ん」
わざとらしい高い声を出しながら、アタシの頬から指を離すゆみさん。それと同時に、みこちゃんもゆみさんの腕を離す。
「みこちゃんはこの子の友達？ へぇ〜。そうだったんだ……。ひかりちゃんは、良い友達を持ったね」
怖さを感じる微笑みでみこちゃんを見つめた後、視線をアタシに移したゆみさんは、尚更いじわるそうな目でこちらを見つめてきた。
ど、どうしよう。めっちゃ見てくる。それに、びっくりして全然動けなかった。
というか、どう反応すれば良いのか分からなかった……。
「ひかり、大丈夫？」
「あっ、うん！ チョーー大丈夫っ！ て、てかみこちゃんダメだよっ。ゆみさんは、アタシのほっぺをむにゅってしただけだから、そんなに強く腕握ったりしちゃっ」
親友としてそんな風に立ち振る舞ってくれるのは凄く凄く嬉しいけど、アタシの為に他の人も傷ついちゃったら、意味が無いからさ。
それこそ……"あのことの二の舞になる"。
「あっ、ごめんねひかりっ。ウルトラ悪気は無かったんだよ。――ゆみさん、ごめんなさい」
慌てたみこちゃんは、しゅんとした顔をしながら、ゆみさんにペコリと頭を下げて謝った。
あぁ。明らかに落ち込んでる……。
「アタシはねっ、みこちゃんの気持ちが凄く嬉しかったよっ！ へへっ、ありがとねっ！」
アタシがみこちゃんに満面な笑みを向けると、ゆみさんと同じくらいの冷徹さを持っていた表情が和らいだ。
「……うんっ」
嬉しそうな笑みを浮かべ、アタシだけを見つめるみこちゃん。そして、噛み締めるように最高な笑顔ではにかんでくれた。
こんな場面だけど、可愛すぎてパシャりたくなるレベルの笑顔で少し癒やされました。ありがとうございます。
「あの、ゆみさん。さっきのお話なんですけど……ア、アタシには何がなんだかさっぱりで……。月とか、凍っているとか、どういうことなんでしょうか」
恐る恐る聞いてみるアタシ。
――それにしても、他の皆はこれを見てどう思っているのだろうか。
これがゆみさんの、普通なのだろうか。だとしたら、独特すぎるスキンシップなのだけど。
「ゆ、優美。どうしたのよぉ急に。ひかりちゃんをいじめないで頂戴」
優莉乃先輩が、心配そうな顔でアタシとゆみさんの顔を交互に見ながら言う。
「大丈夫だよ、優莉乃。でもごめんね、これだけ言わせて」
優莉乃先輩に対しても、なんだか……憎しみのような表情を見せたゆみさん。
な、何がどうなってるのぉ。あにゅう。
「『月がキレイですね』って、どういう意味なのか知ってる？」
優莉乃先輩からアタシに目線を移したゆみさんは、いじわるな微笑みを崩さずに質問してきた。
「それは……夏目漱石が英語教師をしていた頃、『I LOVE YOU』の翻訳を生徒が『我、君を愛す』としていた際、日本人はそう言わないから『月がキレイですね』にしておこうと言ったという話から来てる物ですかね」
冷や汗が少し出てくる。なんでこんな変な空気感なんだろう。
「そうそう。へへっ、なぁ〜んだ。知ってたのか……。それには諸説あるとも言われてるし、もしかしたら真っ赤な嘘なのではないか、とも言われてるみたいね」
何故か勝ち誇った表情を見せるゆみさん。
「まぁ、なんだかオシャレでカッコいいから、ぼくは実話であって欲しいけどね。それじゃ、さっきの板の話を続けよっか〜」
そう言ってゆみさんは、真ん中後ろの席に集まった。美実先輩は、そこの椅子にまだ座っているみたいだった。
はぁ……なんか、危機は回避出来たの……かな？ とりあえずは。うん、そうだよね。そうさ。そういうことにしておこう。
あー怖かった……。ゆみさんが部活に居る時に入っていたら、チョーーしごかれてたかも。やも。あにゅう。
「あっ……ごめん……まだ最後の所だけ書いてなかった……。ちょっと待ってて……てへっ♪」
ま、まだ書けてなかったの！？ わぁお。凄くマイペースだなぁ。やはり絶妙に天然だよね、美実先輩。
「り！ 美実ちゃんは書いててね〜。――あっ、はるぅー。板の説明してもらってよき？」
ゆみさんが、向かい側の席に居るはるさんにそう言うと、待ってましたと言わんばかりに元気に敬礼ポーズを取る。
よし！ こちらもついでに、いつものひかり観察タイムに入るとしますかぁ♪
はるさんの髪型は黄緑色のショートボブ、前髪は目の上に揃えていて、アイロンで少し曲げたような太い束が真ん中にある。
残りの前髪は、右と左に細く２束くらいに分けられている。
目は大きくてタレ目、二重はパッチリ。身長は１５２cm程で小柄。
愛くるしい見た目をしているその美少女は、マスコットのように皆に可愛がられて生きてきたのではないかというオーラがある。
はるさんの服装は、白のセーラー服、黒のミニスカ、くるぶしまでが隠れるくらいの短い白の靴下という物だった。
凄いねぇこの部活……美少女ばっかじゃないですかぁ〜。しかも色んなタイプがいる。
しかも、なんとなくでくっついている煩先生も美人とかいうミラクル。
「はい皆さんちゅうもーーく！ この板はですねぇ〜第２棟に落ちてたのですよ！ 最初はですね、どこかの部活の看板なのかなぁとか思ってたんです！」
暗号文の書かれた板を床に下ろして、文が見えるように立てるはるさん。
アタシ達は美実先輩の周りを囲むように集まり、はるさんのその光景をニッセン部with煩先生でじーっと見つめていた。
美実先輩だけはぼーっとした感じで見ていたけど、それ以外の皆は興味津々だった。
「でも、あたしのクラスメイト全員に聞いても、だーーれもあの板を知らないというのですよ！ だからあたしはハッキリと分かったのです……これは誰かの落とし物だと！ まさに円周率！」
小さい体で身振り手振り大きく体を動かすものだから、なんだか少し微笑ましい絵面になっている。
「はいはい質問。クラスメイト全員に聞いたからって、落とし物になるとは限らなくねマヨ？」
萌奈先輩が先陣を切って質問する。確かにそうだね……。
正直、誰か一人は看板作りをしてたことを忘れてるかもしれないし。
それに、はるさんのクラスで知らないだけで、他のクラスの部員に聞いたら分かるかもしれない。
一クラスだけだと、信ぴょう性が薄いよねぇ。
「おぉーっとー、鋭いねぇ！ そうだよっ、君達はきっと『誰かが看板作りしてるの忘れていたんじゃない？』『他のクラスの人が知ってるかも？』て思ったでしょう！！」
人差し指を立てながら、それを左右に振るはるさん。その仕草はまるで、甘いねぇ君達とでも言っているようだった。
えぇ。仰る通りですよ。怖いですねぇ〜テレパシーの持ち主なんですかねぇ〜。
「実はぁ……目撃者が居たのです！ その人の目撃証言によると、"白色のドレスみたいな服を着た人が床に置いていった"とのことでした！」
――っ！？ それって……『告白魔の女幽霊』のこと？
「あぁ〜？ なんだそれマヨ。結婚式の練習でもしてたかマヨ？」
萌奈先輩は若干の呆れを含ませながら、納得がいかないという表情を浮かべて、肩を落としていた。
「あ、あの！ 白色のドレス以外に何か、見た目の特徴とか言ってませんでしたか？」
アタシは、心に抱えた緊張感をはるさんに悟られないように質問をした。
「んえ？ あー、なぁんだったかなぁ。確かぁ……黒色のマスクとか、あとは、んえぇーっとぉ……左手に日記を抱えてたとか、かな」
……やっぱり。見た目の特徴が一致する。暗号文の書かれたあの板は、女幽霊が置いていったんだ。
そうなると……今回の一連の謎の騒動は、ファンタジーでもなんでもない。
"全てのことはどこかで繋がっている"。
もしかしてファンタジーみたいなこと起きる？
とかいう、淡い期待をいだいてしまっていたアタシのピュアな心は、少しばかり傷付いてしまった。だけどその分、安心することが出来た。
人間の力で、アタシの力でっ……解決することが出来るっ。
一体何が起きているかは正直まだ掴めていないけど、あの暗号文を解けば……今回の騒動の真相に辿り着くことが出来るっ！
怖い……怖いけどっ、大丈夫だよ。出来るんだ。アタシが、皆を守るんだ。
女幽霊とか黒マントとか、そんなの関係ないよ。
アタシが全部……解決してみせる！
"あのこと"以来、アタシは自分を変えようと決めたんだ。人生を変えようと。
あの秋頃の公園で、ニッセン部の皆が、みこちゃんが、アタシを救ってくれた時に決めた。
だから……もう逃げないよ。だってアタシはさ？
"皆が愛してくれた『優谷ひかり』だから"。
「なるほど！ はるさん、ありがとうございます♪ 皆さん、じゃあこれから第ニ棟を捜査しますよ！」
アタシは周りを見渡しながら、捜査の確認の有無を促す。
「ひかりっ。あれだけでもう何か分かったのかい？ 凄いなぁ君は……私には分からなかったぞぉ。天才だ！ テッンサーイ♪ テッンサーイ♪」
いつも通り、陽気な笑顔を浮かべながら、アタシの肩をポンポンと叩く優莉乃先輩。
アタシなんかよりも数倍凄いのに、信頼を寄せてくれる先輩。そして、アタシの意見の尊重もしてくれる。
アタシは恵まれている……感謝しないとねっ。
「ありがとうございます。でも、少し心当たりがあるだけですよ、優莉乃先輩っ！ それよりも……あなたが推理してる時に見せる肩をポンポンと叩く仕草、早く見たいですよアタシ」
感謝を述べながらも、先輩の士気を高める為に少々煽らせてもらいました。
嫌いだから煽ってる訳じゃないですよ？ 優莉乃先輩がやる気を出してくれたら、何より心強いものは無いからです。
信頼の現れというやつですね！
「…………ふふっ。ひかりには勝てないねぇ」
自信に満ち溢れた表情でそう言った先輩。まるでそれは、やるねぇ……わたしゃやる気出たよ！ と言っているようだった。
いや、きっとそうだと思う。先輩が勝負をする時は、いつもあの表情をするんだ。
「おーいおい！ なんかズルいなぁそこの二人だけでよぉ！ あっしも混ぜてくれマヨぉ！」
萌奈先輩も、やる気のみなぎった表情をしていた。
「みゆきだって……出来るもん！ そこの三人さん達ぃ！ みゆきも負けてないからねぇねぇ！」
何故かぷくーっと顔を膨らませてから、アタシ達を指差した深優希先輩。
よく分からないけど、あの人もやる気を出してくれたみたい！ なんか、段々とまとまってきたね！
「おいおいおいおいー。ツインテールよぉ。今の時代は指差すんじゃなくて、手のひらを上にして相手を差すんだマヨォ？」
ニヤリとする萌奈先輩。
「え、えぇっ！ 知らなかったわぁ！ じゃ、じゃあ。こうだねぇねぇ！」
改めて、手のひらを上にしてアタシ達を差す深優希先輩。
どこまでも純粋で明るい人だね、ほんとに。
「やったぁ……！ 出来たよぉ……！ やっと書けた……みみだって、やる時はやる子だよ？ だから……みみのことも混ぜて……！」
部活動の許可証をひらひらさせながら、いつも通りおっとり言う美実先輩。
でもその表情には、そのおっとりさとは裏腹なやる気が含まれていると感じた。
「煩先生……部活……していいですよね……！？」
煩先生に向けて、許可証を提示する美実先輩。
「イエス、いいですよ。ハンコを押すので、さこの机に置いてクダサァイ」
煩先生がそう言うと、美実先輩は今座っていた机に許可証を置いた。
先生は、それにハンコを押した。
「じゃあ、先生も一緒に捜査ですね♪ ソウッサー♪ ソウッサー♪」
にこやかな笑顔で、先生に協力をあおぐ優莉乃先輩。
あなた……なかなかやりますね……。優莉乃先輩、勤勉と言われませんか？
「えっ、先生ですか？ オーウマイガッネス！ 早く家に帰ってアニメ消費したいノォニィ！」
急にブリッジをして、アニメを消費したいという気持ちを全面的に表現した煩先生。
てか、アニメ好きなの先生！？ 何が好きなんだろう。空を飛び回って格闘バトルする宇宙人のアニメかな？
それとも、麦わら帽を被って冒険するあのアニメかな？ あぁ……でももしかしたら、今流行りの呪霊を祓っていくアニメかも！
あぁいや、宇宙人や未来人や超能力者にしか興味の無い女の子と織りなす青春コメディか……。
はたまた、ひねくれ高校生が青春を謳歌しようとするも、全然ラブコメしないあのアニメか……。
それとも、異世界転生したひきこもり高校生が死に戻りで何度も世界をやり直して、最高な未来を掴んでいくあのアニメ？
いやもしかして！ 天才水泳少年が、高校の水泳部設立をきっかけに展開していく美少年達の青春物語のあのアニメとか！？
いやアタシ結構アニメ好きだね？ 初めて知ったよ、あにゅう。
「ちょーーっと待ってクダサァイ。そういえば先生、この前体重が二キロ増えていたのデェイスヨ。もしかしたらこの捜査によって、二キロどころか五キロくらい痩せるのでは！？」
ブリッジをかろやかにやめて、直立不動になる先生。
「いいでしょう。先生もあなた達に付いてイキマァス。先生……五キロ痩せるなり！！！！ ワイは痩せるんじゃあぁぁ！！！！ っしゃあ！！！！」
せっ、先生……。五キロも痩せたい理由ってなんなのですか……。
色々と面白くて笑っちゃいそうです。
「あははは！ せんせー面白い！！ 先生が五キロ痩せたい理由の解を求めたいですよぉ！ あはははぶははは！！」
笑っちゃったーー！！ この先輩笑ってしまったよーー！！
「そ、それはちょっと……は、恥ずかしいからダメデェイス。先生だって乙女ですよ？ イエェス優波さん、牛乳飲みナサァイ」
「……ふふっ。なんだか私も、ははっ。面白くなってきたよ！ 煩先生ありがとうございます。先生のお陰でなんだか和みましたし、やる気も出ましたよ。ナッゴミ〜♪ ナッゴミ〜♪」
すると、ゆみさん以外の全員は一斉に笑い始めた。口々に『先生可愛い……』『ありがと先生せぇ！』と言っている。
皆、先生に感謝している。
「えぇ……？ なんかよく分かりませんが、あ、ありがとうございマァス」
戸惑った表情を見せながらも、なんか気持ちよさそうなしたり顔を見せる先生。
なんだか、先生が一部の生徒から愛される理由が少し分かったかも。やも。
「み、皆がやるって言ってるんだ。うちだって……いや、うちが一番頑張らなきゃいけない。ウルトラ頑張らないと！ ひかり、うちも全力出してくよっ」
決意、それから、みなぎるやる気の込められた笑顔でアタシを見つめるみこちゃん。
へへへ……。さすがアタシの大親友！ そうこなくっちゃね！
「さぁ！ 『日常を鮮やかにしてやるぜ部』の部活動を、再び始めるよ！！」
全員で『おーー！！！』という掛け声を出した。
これこそ、なんでもない日常を輝かせる部活だね……！
皆は足早に、教室をあとにしていった――。
○●○●
「ひかりちゃんは……いいよね！ みみだって……みみだって……！」
怒りをあらわにした美実先輩が、アタシを壁に追いやる。
「ま、待って下さい！ 先輩っ、ちょっと落ち着いて！」
「みみだって――ちゃんを、――のちゃんを！」
