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シャトレー伯爵家のお菓子な事情

作者: 錦乃 叶歩

 父シャトレー伯爵の溺愛と、王家の溺愛と王太子ブレイニーの溺愛スリーコンボのお話です。 ゆったりと寛いで読んでくださると嬉しいです♪





◆◆ シャトレー伯爵家の特殊な日常。そして私と王太子様が出会うまで--




この王国にシャトレーの菓子あり!!


 そう言わしめる、シャトレー伯爵家とは先祖代々、王家の専属菓子職人であった。

 それ故に王家最高菓子の責任者として沢山の菓子職人の頂点を極めていた。


 シャトレー伯爵は、妻のプレジールと一人娘のレーゼをこよなく愛していた。 

 そして宮廷菓子職人として、日々の菓子研究をすることも愛していた。


 フランク・シャトレー伯爵の容姿を一言で言うと温厚そうだと誰もが口にするだろう。

 少し垂れた眉と目、口元はいつも口角が上がって〈優しさが服を着て歩いているようだ〉とも言われていた。



 愛らしい瞳をパッチリと見開いて、一人娘のレーゼが嬉しそうにフランクへ話しかけてきた。


「お父様、先日開かれた晩餐会で宮廷菓子がとても美味しかったと参加したお友達から聞きました。私はとても誇りに思いましたの! 」


 フランクは盛大に顔を緩めて、両手を広げレーゼを迎え入れた。


「おおお…… レーゼに誉められると、どんな褒美をもらえるより嬉しいよ 」


 フランクとレーゼが無邪気に戯れあっていると、しっかり者の妻プレジールが嗜める。


「あなた、締まりのない顔が余計に見ていられないわ 」

 呆れ顔のプレジールにさえもニコニコ顔を向けてるフランク。


「後でプレジールも抱きしめてあげるからね 」


 プレジールは小さく息を吐いて苦笑いをする。そんな姿を私は微笑ましく眺めている。

(うふふ、お父様ったら…… )


 シャトレー伯爵家はいつも温かい空気が流れていた。

 

(私の自慢のお父様… )


 お父様は、誰が食べても美味しいお菓子を作る事がモットーだとしている。

 その考えを色濃く受け継いだ15歳の私も小さなこだわりを持っていた。


 それは、お年寄りや小さな子供が美味しく食べられる、そんな優しいお菓子を作る事がモットーであり夢だった。


(私はお父様のように、万人向けじゃなくても良いから…… ) 

 そしてもし出来る事なら、あとは将来愛する人と築く家族でも美味しいお菓子を作り続けていきたいと願っていた。




 ◇ ◇ ◇

 シャトレー伯爵の領地には、王国では珍しく養老院というものがあった。

 それは裕福なお年寄りだけが入れるところではなく、併設された孤児院共々貧しくて身寄りがなくても身を寄せ合うことが出来る安らぎの場所だった。


 そのためにシャトレー伯爵家では、何より倹約もモットーとしていた。 ドレス一枚を仕立てるお金よりそれを還元をして、この領地を領民達と共に盛り立てているのだ。


「ハハハ、ドレス屋や宝石商には悪いが、節約は大切だ! 」


 しかしそうは言いながらもシャトレー伯爵は必要な時にはちゃんと買い物をする、貴族として最低限のバランスも忘れない。


 領主が領主なら領民達はーー

 そんな温情を当たり前に享受するほど

シャトレーの領民はバカではなかった。

 

 いや、むしろ… 恐ろしいほど賢過ぎたのだ!


 他の領地ではあり得ない厚遇にーー 領民達は、この領地を余計に盛り上げていこうと考えた!


 みんな挙って、ご恩を返そうと領民達… 老人も子供たちさえも、気づけば優秀なスパイ集団の仲間入りをしていた。

 周りが油断して、隙をついたところを… こっそり調べる要員となり、そんな優秀な領民達は、代々その気質が受け継がれ… そして磨かれていったのだった。


 勿論!シャトレー伯爵家の邸宅でも全ての使用人たちは誰もが手練れの集団だった。

 当家の名に恥じぬ様にシャトレー伯爵家にいる執事やメイドも、そして庭師や馬丁までもがーー 菓子作りが出来るのも勿論のこと、スパイ活動や攻撃も成すスペシャリストの集団だった。


 普段は目立たず……

 その実態はーー


 シャトレー伯爵家には、裏の顔があり…… その実、ズバリ王家の暗部も担っていた。


 遠い祖先から凝り性な性分で、人間観察が得意だった当時のシャトレー伯爵は、お菓子の研究と試食の繰り返しをするうちに、ある気付きをしたのだった。 


 人の食べている所を観察していると、自ずと色々気づくことが多くあった。 

 それを王家に報告していたのが、事の始まりだったのだろうーー


《人は美味しいお菓子を食べていると、油断し無防備になるらしい。 だからか…… 》


 いつの時代からか、気が付くとシャトレー伯爵家はーー 


 単にお菓子職人スペシャリストという肩書だけで無く、他に代々暗部のスペシャリストにもなっていた。


 まさに…… この領主あって、領民ありである。 見事なバランスであった。



 一家団欒(だんらん)の応接間でくつろいでいた時だ。 

「あっ、ヨゼフ爺様 」


 私は杖をガクガクしながら、ヨボヨボと歩くヨゼフじい様の隣で身体をそっと支え歩くのを手伝った。 養老院で最年長のヨゼフ爺様は、独特の話し方がチャーミングだった。


「伯爵様~〜

 おくつろぎのところ~〜

 失礼します〜〜

 実は〜〜

 先程〜〜 」


 私たち家族は知っている。 本題を勿体ぶってぶって、ヨゼフ爺様は話す癖があるのだ。


 ひとつ咳払いをしたヨゼフ爺様は、


「我が〜〜

 領地の〜〜

 菓子店に〜〜

 わしの記憶が〜〜

 確かならば〜〜

 あれは〜〜

 あれは〜〜

 あれは〜〜〜

 

 王妃様じゃ〜!」

 グワッ!


 ヨゼフ爺様の、この話し方に慣れている私たちは華麗にスルーしたがーー 話の内容はスルー出来なかった。


「えっ? あの王妃様? 我が王国の王妃様? 」


 うんうんとヨゼフ爺は、顔を縦に振っている。


 驚いている私をよそに、お父様は相変わらずニコニコしていたが、組んでいた両手を解きスクッと席を立ち上がった。


「さてと…… 少し出かけてくるかな 」

 笑顔を崩さず、お父様は出掛けてしまった。



 その某菓子店では


「やはり流石だわ。 この領地は何処にいても全く隙が無いわね…… お菓子が美味しそうだったから食した後でと思ったのに… 早速、シャトレー伯爵に見つかってしまったわ 」

 茶目っ気たっぷりで、ニッコリ微笑む王妃様。


「王妃様が我が領地に…… 直接お越しになったと言うことは、何かお困りなのでしょうか? 」


 今までニッコリ微笑んでいた王妃様だったが、それは小さな苦笑いに変わった。

 国王妃の小さな異変に気づいたフランクだが、一切の表情を変えず静かに待っていた。

 少しためらいがちに扇子を口元にあて、小声で話し始める王妃。


「シャトレー伯爵…… 勿体ぶらずに早速、お話しますが…… かなり貴方の機嫌が悪くなると思う…… 実は… 王太子の婚約者候補が…… レーゼ嬢に決まったわ 」


「ハイ? 」

 首を横に傾けると、ニコニコ顔だったフランクの顔が… どんな顔の筋肉の動かし方をしたら、こんな世にも恐ろしい顔になるのか!?


「!! 」

 流石は王妃様。

 顔の表情は一切変えない。 内心は、ブルブル震えていたとしても。


 コホンと小さく咳払いをすると

「シャ…… シャトレー伯爵の気持ちは、とても良く分かりますが… 王太子と家格、教養、品位。 それに歳の巡り合わせの何もかもが…… レーゼ嬢をおいて他には無いと、元老院や議官たちからも満場一致で決まりましたの…… よ 」


「ぐっ! ぐぐぐぐぐ………… 」

 フランクの手がブルブルと震え、真っ赤になった顔を下に向けると苦しそうに声を出した。

 

「な、なんとか…… 断れませんかね? 」

 やっとの一言。

 いや、二言か。いやいや三言か…。


 王妃はフランクの気持ちを理解しつつも反論を許す事は無かった。


「シャトレー伯爵…… この領地まで何の前触れも無く訪ねたのは理由がありますわ。 

先ずは話を通しておく必要があると思ったからですわ。 貴方が議会で暴れないようにする為です。 もう目に見えておりますもの。 それに貴方も… 貴族の義務として、分かっているのではなくて? 」


 フランクも頭では分かってはいるのだ。

 だが心が追いつかない……

 まだ可愛い盛りのレーゼを……

 その愛しさを手放したくない……


 王妃様は宥めるように

「この国の王妃である私が、直接訪ねるほどに… 貴方達シャトレー伯爵の忠義が大切なのです…… 貴方の大切なレーゼ嬢を… 私達王家も大切にすると誓うわ 」



 夕方。 しょんぼりとした顔で帰ってきた父フランクを見て、私は心配になった。


「お父様? どうかされたのですか? 」

 声をかける私の顔を… うるうるした目でじぃーっと見つめる父。

 母は、父の様子と王妃様が直接お見えになった事を鑑みて、ピンと感が働いた様だった。

「レーゼ、あなたは部屋に戻っていなさい」

 私に部屋に行くよう促すと、父を連れて応接室に消えたのだった。



 それから幾日か過ぎた。

 鮮やかな緑が冴え映え、美しい花々が咲き乱れる王城へシャトレー伯爵家の馬車が向かっていた。

 王城に近づくにつれ沢山の馬車が検問される中、シャトレー伯爵家の馬車が止められることは一切無かった。


 会場入り口まで到着すると、まずシャトレー伯爵家を下ろす。 そして馬車は、王城でも決められた者にしか許されない場所に静かに向かって行った。



 今日は舞踏会だ。 

 年頃貴族の御子息や御息女達のレビュタントが行われる、一年でも華やかな舞踏会のひとつだ。

 そして、つい先日16歳の誕生日を迎えたレーゼが、いよいよデビュタントを迎える日でもあった。


 この日ばかりは、母似の金色がかった胡桃色の髪を柔らかに結ってもらい亜麻色の瞳が映えるよう初めての化粧も施してもらった私は、面映ゆかった。

 今日のドレスや宝石は突然シャトレー伯爵家に届けられたものだった。

 一目見た母は、

「こんなにぴったりのサイズ…… 随分前から決まっていた事だったのね 」

 と、呟いていたけど。 私は母の言う意味が分からなかった。


 グラン王家から贈られたドレスは爽やかなミント色でエメラルドの耳飾りとネックレス一式は益々レーゼを可憐に飾り立てた。

 フランクに手を引かれ馬車から降り立ったレーゼの美しさに誰もが目を奪われていた。


(くそっ! 我が可愛いレーゼを良からぬ目で見るんじゃ無い! )


 心中… 吹雪が吹き荒れるフランクだが、いきなり最も恐れていることが来てしまった……


 到着早々シャトレー伯爵家は、舞踏会が開かれる前だと言うのに王家から呼び出されたのだ。

 

 フランクだけが力無く…… シャトレー伯爵家は、招かれた庭園へ向かった。

 そこにはなんと、既にグラン国王陛下夫妻と王太子ブレイニーが待っておられる破格の対応たった。


 項垂れる父の目前でーー


 私は、グラン王国陛下より直々に王太子ブレイニーを紹介されたのだった。




◆◆ レーゼのデビュタントと

   王太子との初顔合わせ

 〈 父フランクの試練はオマケ 〉



 王城の美しい庭園にて、国王様と国王妃様そして王太子プレイニー様が、私達を快く迎えてくださった。


 私達シャトレー伯爵家を客賓(きゃくひん)としてお招きくださり、王太子(みずか)らが私の椅子を引いてくださるなんて。


 終始渋顔をしているお父様の隣でニコニコしているお母様。 様子も分からず居心地の悪い私。 私はこっそり辺りを見渡した。

(なぜ私達だけを… 招いてくださったのかしら? )


 大人たちの話には入れないので、ジーと良い子で座っているに限ると思っていた私へ、王妃様が優しく語り掛けてくれた。


「レーゼ嬢、せっかくのお菓子です。 どうぞ召し上がって 」


 優しい王妃様の語りかけで安心した私は

「はい、王妃様。 謹んでいただきたいと思います 」

 それから私は、手元のお菓子に集中した。


 先ほどから目を楽しませてくれるお菓子達は、普段お父様の下で働く方たちが作ってくださったもの…… 一口頬張ると、心がポカポカと暖かい気持ちになり私は居心地の悪さが幾分か和らいでいた。


 お菓子を口にするたび、製法や飾り付けなどが気になり… 辺りを気にする事なくお菓子の事だけに没頭する事が出来ていた。


 国王様は穏やかな声で

「ブレイニー。 レーゼ嬢と庭園を散策してくると良いだろう 」


(えっ? ブレイニー様と二人きり? )

 私の動揺などお構いなしに、爽やかなブレイニー様が声が響いた。


「はい、父上。 レーゼ嬢、では参りましょう 」


 そう言ってブレイニー王太子は、私に手を差し出してきた。

「は、はい…… 」

 畏れ多くも私は、おずおずと手を添えた。


(ん?…… )

 私の視界の端に、お父様の手がプルプルしていることが目に入ったが…… 敢えて気がつかなかったことにした方が良さそうだ。


 ブレイニー様は〈王妃様のバラ園〉と言うとても綺麗な庭に連れてきてくださった。


 早速私は、大きく息を呑んだ。

「なんて美しいのでしょう…… まあ… あの薔薇は、最近食用が認められてお菓子作りにも使われるようになった品種ですわ 」


 レーゼの無邪気な反応にブレイニーの顔が綻んだ。

「レーゼ嬢、少しは緊張が解けただろうか? 」


「まあ… 私の緊張が分かっておいででしたか? 」


 ブレイニー様が私を観察していた事に恥ずかしくなり顔を赤らめてしまうと、思わず下を向いてしまった。


 ブレイニー様は優しく微笑み

「いや…… 普通なら緊張して当たり前だよ。 国王陛下の前で、あれほど毅然とした態度でいられたのは、むしろ誉められることだと思うが 」


 私はハッとして顔を上げた。 安心感から笑顔を綻ばせていた。 ブレイニーの頬にサッと朱が走った。 それに気付かない私は


「…… それなら本当に良かったです。 私は普段、領地から出ることがありません。

デビュタントでの緊張があった中で突然

国王陛下や王妃様、そして王太子様にお目にかかる事となり…… 実は… 本当は今でも… とても緊張しております 」

 

 緊張しつつも、私の話に優しく耳を傾けてくれる王太子ブレイニーの様子に、いつしか気持ちが解けていった。


 ブレイニーは、よりレーゼの緊張を和らげようと

「しかし流石はシャトレー伯爵のご令嬢だね。 お菓子を食べてから、顔から幾分緊張の色が薄まった様だったが 」


「よ、よくご覧になっていらしてたのですね…… 」

 私は王太子ブレイニーの放つ、気の置けない居心地良さからか、質問を投げかけてしまった。


「あのう…… 王太子様は… お菓子は、お好きでしょうか? 」


 レーゼらしい質問に苦笑いでブレイニーは答えた。

「ああ、好きだと言いたいところだけれど…… これから一緒にいる人に、嘘はつけない。 正直、甘いものは… あまり得意ではないかな 」


(ん? これから一緒にいる人? )

 と一瞬、心の中で思ったが、話の腰を折りたくない私は深く考えないことにした。


 私は少し残念に思いながらも、新たに提案をしてみる。

「そうですか。 無理はしないで欲しいのですが…… もしよろしければ… 今度、私が作ったお菓子を、召し上がってくださいませんか? 」


 一瞬ビックリしたブレイニーだったが、レーゼの背景を考えて納得した様子で、

「そうだったね。 シャトレー伯爵家では皆、菓子のスペシャリストだと言うね。 レーゼ嬢も? 」


 私は小さく首を振って

「残念ながら私はまだ… 皆の力には及びません。 しかしお年寄りの中には、甘いものが苦手な方もいるので、試行錯誤している所なのです。 これからの参考になるかと思うので、王太子様のご意見をお聞かせくださいませんか? 」


 ブレイニーは快く返事をした。

「良いよ、構わない。 侍従達にもレーゼ嬢の作ったお菓子だけは、私が口に出来るよう申し伝えておこう 」


 ブレイニー様のお言葉が、素直に嬉しくなった私は笑顔を隠す事など出来なかった。

「王太子様、ありがとうございます 」


(噂には聞いていたが、レーゼ嬢は自分の事より他を思いやる優しい令嬢なのだな…… 年寄りに菓子とは、さぞかし栄養補給がし易いだろうな。 それにレーゼ嬢とは、話をしていても穏やかで心地よい )


 ブレイニーは、眩しいものでも見るかように柔らかい視線を注いだのだった。


 最初が嘘だったかのように… あまりの話しやすさで私は、知らぬ間に楽しく充足した時間を過ごしていた。


 

 レビュタントの時間がいよいよ迫り、父と母のものに戻った私はふと思った。


(話し込んでしまったかしら…… いくら話しやすく楽しかったとしても、王太子様に… 少し図々しかった? )


 後から思うと、何が正解だったのか分からない。 私は、恥ずかしい初顔合わせだったと思うしかなかった。



 それから開かれた、舞踏会のデビュタントでは、父母が私の付き添いをしてくれた。


 この日ばかりは、フランクの腕は妻ではなく、愛娘レーゼが拝借している。

 フランクは自分の腕に手を回すレーゼに優しい笑顔を向けた。


「レーゼ、綺麗だよ 」

「ふふ、お父さま、ありがとうございます。 嬉しいです 」


 私もニッコリと微笑みを返した。

 二人の後ろ姿に、妻プレジールが寄り添い微笑ましく見守っていたのだった。



 国王陛下と王妃様へ、今年デビュタントを迎える御子息御息女が挨拶をする習わしがあった。


 デビュタント達は一人一人が両陛下と王族の方たちより、お祝いの言葉を賜った。


(ああ、漸く私の番が近づいてきたわ )

 何故か最後の順番は私だった。


 私は王家の御前に立ち、典雅なカーテシーを披露した。


(??…… 何? )

 私は下を向きながら眼を見開いた。 なにせ、カーテシーの真っ最中だから。 そして顔を上げると、またもや目を見開かざる得なかった。

( !? )


 国王陛下や王妃様、そして王太子様までもが異常なまでの優しい眼差しを、一身に私へ向けていたから。


(先程までのデビュタントの方達とは、何か雰囲気が変わったような? 異変を感じるのは、思い違いかしら? )


 シーーーーーン

 会場中が静寂に包まれている。 会場中が眼を凝らし、レーゼと王家の一挙手一投足に注目している。


(何か周りの者達も… 様子が変だわ )


 長年、暗部を受け持つシャトレー家の血が不穏な何かを告げている。


 しかし私は気を取り直して、もう一度深く頭を下げ、感謝の挨拶をして王家より祝いの言葉を賜り、無事デビュタントの儀式を終える事ができた。


 因みに戻れば、お父様が感動で号泣していた。

(お父さまったら…… それにしても、さっきの会場の雰囲気は何だったのかしら? )



 国王陛下と王妃様のファーストダンスの後で、今年のデビュタントが社交界スタートのお披露目ダンスをする。


 婚約者がいるものは婚約者と踊り、私はお父様とファーストダンスを踊る事になったのだが。 ここでもお父様は、感動でぐちゃぐちゃとした泣き顔を私に向けていた。

 私は父の泣き顔を終始見ながら、困った顔で踊っていると、お母様のプレジールは苦笑いである。


 そこに、突如現れたブレイニー王太子。


 お父様と一曲目のダンスが終わるやいなや、王太子様が華麗に割り込んできた。

 

 右手を差し出し

「レーゼ嬢。 次のダンスを踊る名誉を私にくださいませんか? 」


 ニッコリ笑って、娘溺愛のシャトレー伯爵に臆する事も無く、尚も私に手を差し出してくる。

 私は反射的に、王太子様の手に自分の手を添えようとする… も…… ?


「えっ? お父様? 」

 ガッツリと私の手を握りしめ、離してくれない!


「・・・・・・・・・」


 王宮の舞踏会で、しばしみんなが固まっていた。 王国中に娘溺愛を知られているシャトレー伯爵と、未だ婚約者のいない王太子のやり取りにハラハラやらワクワクやら野次馬感情が顔を出す貴族達。


 お母様のプレジールが早足で現れ、お父様の手に凄まじい勢いで手刀した。


「うっ! プ、プレジール…… 職人の手に… なんて事を…… 」

 お母様には文句が言えないお父様。 これが精一杯のお父様の口撃だ。


 周りの方々も気まずい雰囲気になった。


 シャトレー伯爵の娘溺愛は有名なのだが、妻のプレジールに頭が上がらないことも、重ねて有名なのだ。


 でもそこは王家の血筋が成せる技なのだろう。 ブレイニー王太子様が爽やかにレーゼに声をかけた。

「レーゼ嬢、それではダンスを 」


 私を連れてホールの中央に向かい、サッと手を挙げた。 すかさず曲が流れて、何も無かったかのように進行されていくのであった。


 我が国では、デビュタントのための舞踏会は普通の舞踏会より早めに終わる。

 少し疲れた私も帰る支度をしていると、宰相閣下より国王陛下からの言伝が届いた。

 

 またもや国王家との団欒となった。


 デビュタントを挟んで、王家とのサンドイッチだなぁと思う私。

(ふふ、サンドイッチなんて。 お腹が空いているのかしら? )


 そんな呑気なことを考えていた私に……

 この後 『人生一番』 の衝撃が待っていた!



 国王家団欒の私的な応接間で、テーブルを囲んでいる。


 フーとひと息吐いて、国王陛下が私に話しかけてくださった。

「レーゼ嬢は今日の事で、デビュタント以外のことを何か父上から聞いているかな? 」

 

 私は素直に考えを巡らせるが何も浮かばなかった。

「いいえ、国王陛下。 私は何も聞いておりません 」


 国王陛下は、シャトレー伯爵に目をやりギロリと睨んだ。

「うむ、やはりそうか。 シャトレー伯爵は不服のようだな。 ところでレーゼ嬢の今日のドレスとアクセサリーは、王家からと聞いているかな? 」

 

 ハッ! いくら緊張してたとしても……

 そうであった! 昼間のお茶会の時にお礼を述べるべきだったと…… 内心焦る私は、真摯にお礼と謝りの言葉を発した!


 急ぎ席を立ち、誠意が伝わる様に心を込めてカーテシーをした。

「はい。 先のお茶会の席にて、お礼を言うべきでございました。 緊張のあまり大変な失礼をいたしました。 申し話ありませんでした。 畏れ多くも沢山のご温情ありがたき幸せにございます 」


 そのレーゼの対応を満足そうに見つめる国王は

「良いのだ。 それで… ドレスの色とアクセサリーの色。 我が王太子の色を比べてみよ 」


「はい? 色でございますか… ? 」


 私は失礼と思いつつ… じっくりと自分のドレスと王太子様を見比べた。


 王太子様のお髪は鮮やかなペパーミントブルーで、瞳はまだ若い新緑を思わせるサファイアグリーン…… って!?

(ああ! あれ? ん? )

 

 私は瞠目した!

 気づいてしまった…… 流石に色恋に鈍感な私でも気付いてしまった!

 たがら… さっきの王家の生温かい眼差しや会場が水を打ったような静寂も。 他の貴族たちの様子見だったなんて…… それではお父様の機嫌も悪くなるはずだわ。


 私は、青くなった顔でお父様をみると… ヘニャリと脱力していた。 そしてお母様に目をやればホホホと微笑んでいる。


(うわぁ! )


 やっと気がついたレーゼを、逃がすつもりもない国王は畳み掛ける様に話し始めた。

「それで王家より、シャトレー伯爵家には正式に婚約の申し込みをしておる。 レーゼ嬢は正直に、どう思うかな? 」


 優しく聞いてくださる国王様に、とても断るなんてできないような。 果たして断れるの? 不安に尻込みする私だったが、天啓のように気持ちが固まった。

(貴族の務めを果たさなくては…… )

 そして私は

「失礼ながら…… 私に務まるのでしょうか? 自分のことを客観的に見ましても、少しボケっとしていると申しますか…… 王妃様のような立派な妃、国母には到底及ばないと思います 」


 その言葉にお父様が希望的な顔をした!


 しかし


「ハハハ。 何を言うか。 レーゼ嬢は領地にて、養老院や孤児院を立派に引き継いで運営しておるそうだな? また最近では、貧しい者にも字や算術を教える学びの場をつくったそうではないか。 王家の影の幼少部は、そなたの孤児院から来ているが… 皆、立派に努めを果たしておるぞ 」


 送り出した子供たちの事は、いつも気にかけていた。 国王陛下の褒め称えた子供たちを誇らしく思う私は、嬉しさが込み上げてくる。

「みんなは、頑張っているのですね…… 」


 王家の暗部の幼児部門では、危ない仕事というよりもさりげないお使いばかり。

 子供だと周りの油断を誘いやすく重宝するようだ。  

 そして能力の高い子は、貴族の養子になりゆくゆくは王家の行く末の助けとなる。


「さて、レーゼ嬢…… 王家では、このまま話をすすめるつもりだがよろしいかな? 」


 固まりかけている私の決心とは裏腹に、つい視線を泳がしてしまった。

 だがそこで王太子ブレイニーは、レーゼを逃すつもりなどないようだ。

 視線がレーゼを雁字搦めにしたのだったから。




 ◆◆ シャトレー伯爵の領民は

   超絶優秀なようです!



 結ばれた・・・

 いや結ばされてしまった王太子ブレイニー様との婚約。


 もうすぐ18歳になる、ブレイニー様の誕生式典がある。

 その時に婚約式も執り行われることになった。


 あれから我がシャトレー伯爵領は…… というかお父様がお葬式のように暗く沈んでいる。

 お母様が呆れながらフランクに話しかけた。

「あなた、レーゼは王家に嫁ぐだけですわ。死んだ訳ではありませんよ? 」


「うわわわわ! レーゼは死なん! だがレーゼは…… レーゼは! 」

 また地中深くまで沈んでいくお父様をほっといて、お母様が婚約式の準備をしていた。


 あらかた婚約式の準備が整い、お父様が沈む所まで沈んだ事を確認したお母様が優しくお父様に語りかけた。


「仕方ありませんね、あなた。 レーゼが生まれた時のことを覚えていますか? 」


 ん? お母様! お父様には、逆効果なお話では?

「お母様、そんな事を言ったらお父様が!」

 私はギョッ!としてお母様を見た!


 お父様は目に涙を溜めて

「覚えているに決まっているではないか。 可愛いレーゼが産まれて

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 」


 大袈裟に両手を広げてアクション付きで話すお父様・・・。


 そんなお父様に静かに言葉を続けるお母様

「そう。あなた、私と婚姻した時にも……

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 

 ・・・と申しておりましたね 」 


「うっ! 」

 心臓の前に手を当て、ふるふると小さく震えるフランク。

 馬鹿の一つ覚え…… じゃなくて、感情表現の一つ覚えパンチを喰らわされた。


 それを冷静な目で見ているプレジールは


「それはさて置いて、貴方はレーゼが生まれたあの時に……

『レーゼの婚約式と婚姻式の菓子は、私が全身全霊をかけて作る!』と仰っていたことを覚えていますか? 」


 またもや

「うっ! 」と言葉を発し、カウンターパンチを喰らうお父様。


 でも私は敢えて

「えっ! お父様… そんな嬉しいことを…… レーゼは幸せ者ですわ! 」

 私の言葉がお父様にに追い打ちをかけたようだった。

「レ、レーゼ…… 私は…… 」

 そこまで言うとお父様は、ソファーにまたもや沈み込んでいった。


 お母様の唇が弧を描き

「たわいもないわね 」と囁いていた。



 それから幾日か経つと、漸くシャトレー伯爵領は普段を取り戻しつつあった。

 私は学術院にも入学し、お妃教育もスタートした。


 我がシャトレー伯爵家には、私一人しか子がいなかったので、一族から後継者を探しただが見つけることが出来なかった。


ーーお菓子作りに暗部の仕事とは、特殊過ぎるからだ。

 困っていると、王太子様の弟王子のシュクレ様が継いでくださることになった。


 シュクレ様は王家の中でも特に器用で、甘物に目がなく天職だと心からとても喜んでくださった。

 オマケに頭も良く剣もたつ。 王家の暗部部門でもこれほどピッタリな方は中々いない。


 全てが滞りなく順調に進んでいたが人生は思うようにはいかないらしい。



 その日…… お妃教育から帰る道すがら、急に馬の『ヒヒーン』と言う鳴き声が響いた! 御者が必死に馬をなだめるが、興奮した馬は激しく動きまわり、馬車の中の私とメイドは必死に吊り縄を握りしめていた。


 しばらくして馬が落ち着いたので、外をそっと見ると馬車を取り囲むように大勢の賊がいた。


 そのうち一人の賊が我が家の馬車の扉を壊すと、私の手を引っ張り連れ出した。


 私は庇おうとするメイドに、そっと目配せをして大人しくするように合図を出した。


 こう見えてシャトレー伯爵家の者だ。


 頭の中ですばやく、これからの段取りを考える。 こんな時は、いつものボケっとしたところが無くなるから不思議だ。


(ふーん、すぐに襲ってくる様子がないわね。 賊は全部で16人。 でも体型的に鍛えているものは4人だけだわ。 メイドにも手荒なことはしていないし。 それなら )


「さて…… 」

 と私は賊の中心にいる者に声をかけた。


「どうしてこんなことを? 誰かの差金かしら? 私はこのまま捕まっているから…… メイドと従者は返してくださらない? 」


(うん! このお決まりのセリフも言えたわ。 言ってもどうせ、メイドも連れていかれるのよね )

 残念ながら誘拐も賊の襲撃も初めてでは無い。

 相手は一瞬、ビクッとしたようだが、仕切っている賊は言葉を発する事なく私とメイドを()()()?縛り、酷く古い馬車に乗せ走っていった。


 従者はビックリして気絶したフリをした。これは一歩間違えれば殺されてしまう技だが、賊の感じが寄せ集め集団らしいのを察知した機転が効いた技だった。


 賊は足早に解散した。 足音が遠くに去ったことを感知した従者は、急いでシャトレー伯爵に知らせ、王城にも速伝を出した。



 私とメイドは、状況を逐一観察して相談していた。


 シャトレー伯爵家たる者、とりあえず黒幕まで正体を確認するのは当たり前。


 それに私は内心、安心していた。 賊の素人計画が杜撰であったからだ。


(でも、これが私達を油断させる為だったら、面倒だけど…… なんか引っ掛かる )

 自分もメイドも薬など嗅がされず意識を保っている。

 族も4人以外は解散しているし、走る馬車の隙間から地図と場所を随時頭の中で確認していられる。


 段々と暗い森に近づく。

 メイドが小声で

「お嬢様、縄抜けは出来ましたか? 」


「ええ、でもまだ縛られたフリはしておくわね 」


「はい。 それがよろしいかと…… で、いかがされましょうか? 賊がどこのものか見当はございますか? 」


 私も先ほどからずっと考えていたが、思い浮かぶ相手がいなかった。

 なので小さく首を振る。


「さようでございますか 」


 私はメイドに

「でも気になる事があるの? 賊たちが本当に私たちに危害を加える感じがしないの 」


「さすが! お嬢様もそのようにお考えでしたか。 私も、今残っている4人の賊達の身のこなしからすると、戦闘に慣れているような気がするのですがね 」


「そうよね。 同感だわ。 まるで早く見つけて欲しそうな……捕まえて欲しそうな 」


「全く、我がシャトレー伯爵も舐められたものですね。 このままで済むと思っているのでしょうか 」


「そうよね。 舐めて甘いのは、砂糖だけだわ 」


 シャトレー伯爵家に使徒しているものは、主人たちのつまらない冗談にも聞き流すという技が身に付いている。


 暗い森をしばらく走っていると、これまた古い小屋に連れていかれた。


 私とメイドを、そっと優しく小屋に入れると声だけは迫力を込めて怒鳴ってきた。


「いいか! お前たちはしばらくこの小屋でおとなしくしていてもらおうか! 逃げたら承知しないからな! 」

 まるで使い古したセリフを吐くと、古小屋の鍵をかけていなくなった。


「お嬢様、なぜこんなに緩いやり方なのでしょうか? 」


「………… 」

 私も色々考え込んでいた。


「お嬢様、逃げましょうか? 」


「うーーーん、少し待ってもらえる? 」


 今の賊の声に聞き覚えがあった。


 あれは……


 考えを巡らせている時に、入り口とは反対側窓から小さく声が聞こえた。

「お嬢様、今、お助けします 」


「あ、アナタたち! まだ子供なのに危ないではないですか! すぐに逃げなさい! 」

 子供って…… ? 僕たちと歳が二つしか違わないお嬢様も子供なんじゃ…… っと思いつつ


「僕たちはお嬢様が、馬車で連れ去られたところから、シャトレー伯爵団のみんなで長年培った伝達方式を使い、この馬車をつけていたんだ 」


 伝達方式? それって? 何!?

 シャトレー伯爵の娘として知らない仕組みがあった事に私がショックを受けていると、

 一緒に連れ去られた勤続20年の熟練メイドのモーリーが説明し始めた。


「お嬢様、伝達方式とは… 短い区間をリレーのようにして伝え合うのです。 我がシャトレー伯爵領民なら当然の芸当ですわ 」


「そ、そう。 私たち親子でも、知らない事があるのね…… 」


 我がシャトレー伯爵領は、思った以上に安泰なのでは?




◆◆ 逆恨みのつたない犯行



「みんな、本当にありがとう。 でも私は、まだここにいるわ。 どうしても確認したい事があるの 」

 メイドや助けに来てくれた子供たちはお互いに目配せをしあって、私の決心を尊重してくれた。


 いつものようにメイドのモーリーが安心させてくれる。

「お嬢様、危なくなったら私がお守りいたします 」


「僕たちも小屋の外から様子を見ているからね。 止めても無駄だから 」


「ふふふ…… みんなありがとう。 私は幸せものですね 」


 のんきなレーゼと… 額面通り思う領民はいない。 実は超絶優秀なレーゼは、シャトレー伯爵領では知らぬ者がいないのだから。


 あの賊達が本当に悪い奴らなら……



 それから2刻の時間が過ぎた頃、古小屋の外の鍵を開ける音がする。

 あの4人の賊の他に一人の可愛いお嬢様もご一緒していた。


「なんなの? 全然怯えてもいないし泣いてもいないわ! むしろピンピンしているのだけど? 」


 可愛い顔が勿体ない。

 醜悪に顔を歪ませて、手に持つ短剣を私の顔に向けにようとした。


 しかし、すかさず賊の一人がご令嬢の短剣を持つ手を掴んで


「おやめください! やはりこれは間違っております! 」

 と必死に止めている。


「は? たかが一護衛のくせに、何を言っているの? 私はレーゼを連れ出して、殺せと命じたはずよ! 」


「あなたは…… 確か隣地のアノルマル子爵家ファシェ嬢ではなくて? それでは賊の長は、ロバート護衛かしら? 」


 私が縄に繋がれていると思っているファシェは、愉悦を含んで生意気を言う。


「まぁ、隣地だから顔くらい知っているでしょうね。 だから? 」


「それはこっちのセリフですわ。 なぜこんな事をなさったのかしら? 」

 私はコテンと首を傾げた。


 ちなみにこの仕草をお父様の前ですると、大抵の事は聞いてくれる…… レーゼの必殺技である。


 だがファシェ嬢には気に食わなかったようだった。


「んがぁー!! 何その、私可愛いでしょみたいな動き!! そうやって王太子との婚約を勝ち取ったの? 許せないわ! それにあんたの領地で、今まで取引していたイチゴ農家からうちに仕入れが出来なくなったのよ! 一体何様なのよ! 」


 もうビリビリと怒りのオーラを盛大にバラまいて、大声でわめき散らすファシェ。

 今のファシェの言葉が引っかかった私は考えを巡らせた。

 はて? ピーターのイチゴ農家かしら?


 最近、すぐ興奮する人が側にいたので、対処法もバッチリな私は


「王太子様の婚約は、うちからお願いしたものではございません。 それよりイチゴ農家の仕入れが出来ないとは、どう言う事でしょうか? 」

 至極冷静に声をかけた。 母のプレジール譲りである。


「それよりって!? 訳わかんない! あんたなんかをブレイニー様が選ぶ訳ない! それにあんたがイチゴ農家を止めたんでしょ! イチゴはお菓子作りには欠かせないのに…… 悔しいけど、あんたのとこの領地のイチゴがこの辺では一番美味しいのよ。 なのにいきなり取引中止って何なのよ! 」


「申し訳ありません。 話がよく見えません。 取引先のイチゴ農家とはどこでしょうか? 」


「本当に冷静ぶって腹が立つ! あんたの領地とうちの領地の間にある、ラビーのトコよ! 」


 外で待機していた子供の一人が声を上げてビックリしていた。


 小声で

「お嬢様、それ俺んとこだ…… 」

 ひょっこりと、ラビーとその他の子供たちが窓から顔を覗かせた。


 ラビーの顔を見てファシェは、より一層の興奮状態に陥った。

「あー! あんたねー、どうしてうちとイチゴの取引辞めたのよ! 」


 寧ろラビーの方が訳が分からないと声をあげた。

「えっ? 俺は今度、レテ季の初めに王城で菓子職人として働くから、イチゴはしばらく作れないって子爵様に言ってあるよ? 」 


「うそ! そんなの聞いてない! 私は聞いていないわ! なんで! なんで!? 」

 話してるそばからファシェは混乱と興奮が重なり、苛立った顔を隠しもせず手に持つ短剣を振り回して、手がつけられなくなった!


(うん、これはダメだわ )

 私は冷静に…… いくら怒っていても取り乱してはならないと心に固く誓った。


「ファシェ様、どうかお怒りを鎮めてください 」

 なんとか宥めようとする賊…… じゃないロバート護衛がファシェを止めるよう試みる。 しかし護衛の話を聞くよりもファシェは激しく抵抗して短剣を振り回す。   

 

 その時、止めに入っていたロバート護衛に短剣がスパッと胸から腕にかけて刃筋が通った。


「クッ! 」

 前屈みで倒れる賊…… じゃなくロバート護衛。


「えっ? うそっ… やだ…… ロバート?」

 思いもよらなかったのか、ファシェの顔が青褪める。


 前かがみに崩れたロバートは

「ハァ… ハァ… ファ、ファシェ様。 どうかこれ以上の…… 愚かな… 真似は…… おやめください…… ハァ… ハァ… クッ 」

 賊…… じゃなくて護衛のロバートは苦しそうにファシェに懇願している。



 その頃、小屋の外では王太子と騎士団が中での様子を伺っていた。

「レーゼは大丈夫なのか? シャトレー伯爵は、急がず様子を見ても大丈夫だと言っていたが 」

「はい。 私共騎士団にも、決して慌てずすぐに踏み込む事をしないよう仰せつかりました 」


 ブレイニーは、自分達を囲む気配に薄っすらと気づいていた。

(これがシャトレー家の暗部達なのか…… 差し詰め今は、態と気配を消していない… なるほど、私達だけでは無く暗部もいる訳だ。 これは心強い )



 突然、バーーーン! と扉が開いた。


 ファシェが扉を開けたのだ。 ロバートに医者を連れてこようとして。 しかし


「う、嘘…… なんで? お城の騎士達が? 」


 興奮が蘇ったファシェは、またもや短剣を握りなおした。


「そこまでだ! 遅かったか! 」

 ファシェの握る血の付いた短剣にブレイニーと王室騎士団の顔が青褪める。


(このままではファシェ様が! )

 レーゼは咄嗟に止めた。

「おやめなさい! ファシェ様! これ以上何かあれば、タダではすみませんよ! 」

 言葉に威厳オーラを乗せて発した。


 見ていた王太子ブレイニーは感心し息を呑んだ。


「ひー」

 ファシェは小さく漏れた声が消え、幾分戦意喪失してきているが、ブルブルと怯えながらも目は機会をうかがっているようだ。

 短剣を持つ手も震えている。


 ブレイニー様と騎士団がファシェ様を取り囲み押さえようとした瞬間だった!


 今まで苦しんでいたはずの血まみれロバート護衛がスクッと立ち上がり、震えるファシェを抱きあげた。


「…… え? 」

 抱き上げられたファシェは、驚きの声が漏れた。


「「「 !? 」」」


 レーゼもブレイニーも騎士団も… 一人を除いて、みんなが驚いていた。



 ファシェを抱くロバートは、優しく己の主人を見つめながら

「この度は… 全て私、ロバート・エルガーの企みでございます。 お嬢様のファシェ様が…… この私、ロバートを短剣にて制裁をしてくださいました。 シャトレー伯爵家レーゼ様をはじめ、王太子ブレイニー様にも多大なご迷惑をお掛けして誠に申し訳ございません。 お嬢様のファシェ様は、何も悪くありません…… どうかこの私… ロバート・エルガーを処してくださいませ 」


 ロバートに抱えられながらファシェは泣き出した。

「えっ? ちがっ! ロ、ロバート!? 嫌! 嫌! ごめんなさい…… 私が… 私が全部悪いの…… 人ばかり羨ましがって、全部うまくいかない事を人のせいにしたから… ロバートは何度も止めてくれたのに…… 怪我までさせちゃったのに…… な、なのに… 庇ってくれて…… 」

 そこまで話すとファシェ様は、ロバートの首に腕を巻き付けて激しく泣きついた。


(なんと稚拙な事を…… )

 事の大きさにお咎めなしとはいかない。

 ブレイニーは、大泣きしてロバート護衛から離れないファシェを引っぺがして連行していくよう命じた。


 途端に辺りは静まり返った。


(暗部達の気配が完全に消えたか )


 ブレイニーは心配そうにレーゼに近寄り、縄を解こうとし声をかけた。

「大丈夫だったか、レーゼ。 怪我は? どこか痛いところは? 」

 存外に心配してくれるブレイニーにレーゼは嬉しくなった。


 自分で縄抜きをしていたレーゼは、外した縄をメイドに渡した。


「レーゼは、縄抜きが出来るのか? 」

 ブレイニーは先程から新たに知るレーゼの優秀な顔に驚きを隠せないでいた。


「ええまあ、少し? 身体は大丈夫ですわ。 ご心配をおかけしました。 それよりもロバート護衛が…… 」


 そこで怪我をしたロバートに治療をしようとするが、メイドのモーリーが訳知り顔で説明をしてくれた。


「お嬢様、おおかた大丈夫でしょう。 余程腕の立つ護衛どのですね。 自分の主人のヘナチョコ剣筋を見極めて、あえて浅く斬られたようですし。 演技は三文芝居でしたが。

 確かに興奮して見境の無くなった者の気を鎮めるには効果的でしたわね 」


「えっ? そうなのですか? ロバート護衛 」


「さすがは、シャトレー伯爵家の働き手でございます。 さようでございます。 お嬢様のご命令に従わらなければならず…… しかしシャトレー伯爵家に手を出す事は、ファシェ様の命とお家断絶になりかねません。 なんとかお嬢様の願いを叶えつつ、最後は穏便に済ませられるよう模索していたのですが…… 想定外に今回は、ファシェ様を止める事が出来なくて…… 私の命を賭して、幕を閉じる所存でした…… 」


 王太子ブレイニーは、ハッとした視線でロバートを見つめた。


「命を…賭して? 」


 話すロバートの目は凪いでいた。


「はい。ファシェ様の剣で死ぬことも出来ましたが、貴族裁判が開かれた時こそ… 罰せられる罪人が必要ですから…… 」

 

 ロバートの言葉に、ブレイニーは頭を殴られたような衝撃を受けていた。 知らぬ間に拳を力強く握っていた。


「ふー。 全くいじらしいな。 しかしながら…… 主人が心ないと、下のものが苦労する。 主人の行いで下の者の命まで危ぶまれるのだな…… 私は今回のことで、学ぶべきことを学んだ。 それにしても… シャトレー伯爵メイドのモーリー殿。 貴方は、ただのメイドですか? 」



 その言葉に私はパァと瞳を輝かせた。 胸の前で両手を組んで、グイグイとブレイニーに紹介する。


「ふふふふ。 ブレイニー様! よくぞ聞いてくださいました! 我が家の暗部全ての使徒を司る、この道20年の大ベテランですわ。 私付きのメイドをしておりますが部屋に賊が入って来ても… もう何度、誘拐や殺人未遂が起きても全てモーリーが片してくれました! もうモーリーさえいてくれれば安心なのです! 」


 ブレイニー様の顔が、心配と事の大きさを理解した。 ロバート護衛も… やってしまった事の大きさを理解して、二人の顔が盛大に引き攣っている!



「お嬢様、そんなにお褒めいただいては、照れるではございませんか 」 

 うっすら頬を染めモーリーが恥じらっていた。


 王太子ブレイニーとロバート護衛は、内心思った。

ーーイヤイヤそこ照れるとこじゃないから…… と、心の声が揃っていた。




◆◆ 断罪?何それ美味しいの?

  (レーゼ談)

 シャトレー伯爵家の幸せなこれから

  (フランクの誓い)



 その頃、シャトレー伯爵家では逐一事の成り行きの報告があがっていた。


 フランクは手がブルブルと震えている。妻のプレジールはフランクの手をそっと包み込み

「モーリーがおりますわ。王太子ブレイニー様もおります」


「分かっているさ。だがレーゼが絡むとなかなか冷静ではいられないな… 」


「あら?私は?」

 二人は見つめ合ってクスッと笑う。



 扉が急に開く。ヨゼフ爺が立っていた。


「失礼します。ご報告がありますぞ!」


 そして

「レーゼ様が〜

 無事〜〜

 助け〜

 られました〜」

 グワッ!


 相変わらず慣れている二人はニッコリ笑う。


「ありがとう。ヨゼフ爺」


 そしてフランクは妻のプレジールに向けて声をかけた。

「行ってくる…… 」


 妻は

「ええ… あなた、どうか()()()()()()()を」


「分かっている。分かってのだが 」

 小さく言葉を残して部屋を出たのだった。




 シャトレー伯爵家より幾分小さく質素な調度品が置かれた応接間でアノルマル子爵家夫妻はシャトレー伯爵様の前で顔を青くしてガグガクと震えていた。


 隣の領地ゆえ顔を合わすことも話すこともある顔馴染みであったがシャトレー伯爵の鬼の形相の前で…… またこの度の娘ファシェの行いを直接聞いて身の置き場を無くしていた。


 実はアノルマル子爵家夫妻は根っからシャトレー伯爵夫妻に憧れを抱いていた。生まれも一緒の娘ファシェが授かった事により一層興奮して信仰の対象と化していた。


 シャトレー伯爵が娘を溺愛している事を知りこれ幸いと自身の娘ファシェをこれでもかと溺愛した。

 何かあっては大変だと身寄りのない4人の子爵領の男の子を幼い頃から鍛え護衛とした。一番頑丈なロバートには特にファシェを守るよう厳しく言い付けた。

 娘を溺愛することは、あのシャトレー伯爵家でもやっているのだからとアノルマル子爵の勝手な思い込みでファシェへの溺愛は止まらなかった。


 しかしアノルマル子爵夫妻の知らぬところで…… シャトレー伯爵家では妻のプレジールがガッツリ目を光らせ厳しさと優しさのバランスを常に図っていたのだが



 アノルマル子爵の妻が力無く聞く。 

「娘は…… 娘のファシェは今どこにいるのでしょうか?護衛たちは…… 」

 声を詰まらせて続きが言えない。


「今、ファシェ嬢と護衛たちは王城の牢屋に囚われておる。近いうちに子爵たちも城から声がかかるだろう 」


 子爵の妻は涙声で

「そう…… ですか。 私たちは沢山間違えてしまったようです。 尊敬するシャトレー伯爵の愛するレーゼ様になんてことを… なんてことを… 」

 部屋では子爵夫妻の泣き声だけがきこえていた。


…… だがそこで子爵当主は意を決したように


「シャトレー伯爵様! たとえ娘のファシェの罪で大きな罰が決しようとも罪が消えるわけではございません。 私どもは爵位を返上します。 この地を売却してその全てをかけシャトレー伯爵様に賠償いたします 」


 そして深々と頭を下げる。


 その姿をじっと見ていたフランクはグッと唇を噛んで返事をせず部屋を後にした。


 フランクはこのグラン王国が他国よりレベル高いお菓子を作ることで発展していることをとても自負していた。

 例え他の領地の者でも助け合い、宮廷菓子職人の長として王家とは別の角度で王国をまとめ上げていると勝手に思っている部分もあったのだ。


 このアノルマル子爵家がシャトレー伯爵家を尊敬し讃えていてくれていることも知っていた。

 まして隣の領地で同じ歳の娘を持つ親としてフランクも心の中では心象がとても良かったのだ。

 今度のファシェの行いには到底許されることではないし実際許す気持ちなんて全くない!


 しかし…… しかし……

 娘を愛する親の気持ちが痛いほど分かるのだ!

 この子爵家に向かう前、妻から言われた〈()()()()()()()〉の言葉が頭を冷静にさせる。


 この領地が主人を失うと領民たちが困窮するだろう…… 例え子育てが失敗してもアノルマル子爵家は領地経営では失敗していない。

 心の片方で許せない思いと…… もう片方ではアノルマル子爵領民たちの今後が天秤のようにグラグラと揺れる。


 アノルマル子爵夫妻の前で冷静さを保てないと判断したフランクはその後王城へ向かい国王の執務室に向かった。



◇ ◇ ◇

「まさか国王陛下へ私用にも関わらず早急にお目にかかる事が出来まして驚いております(嫌味)」


 嫌味と知りつつ軽くスルーする国王は

()()愛する娘、レーゼの事なら仕方あるまい」


「まだ私だけの娘です!」


「それで? アノルマル子爵家のことか? 」


「ハイ。 先程、私に爵位返上と領地売却で賠償を…… と申しておりました 」


「ん? シャトレー伯爵家には爵位返上の権限はあるまい…… それで何と答えたのだ? フランク 」


「国王陛下、執務室で幼なじみ感出さないでください。 コホン… 正直決めかねております。 レーゼはああ見えて…… 」


「ああ見えて…… どう見えるのだ? 」


「ああ見えて… 妻のプレジールの性格と生き写しなのです… 」


「なんと! 学術院時代〈正義の鉄槌をくだす激情の乙女〉と言われたあの()()プレジール夫人の性格に生き写しだというのか! 」


「まぁ、そのおかげで今まで色々な事故や犯罪に巻き込まれても心に傷を持つこともないのですが 」


「なるほど… それで今回の子爵の娘の話と何の関係があるのだ? 」


「それは… レーゼは… 私が処罰を下すことも国王が処罰を下すことも納得しないかと…… 」


「しかし、この子爵家の問題は大きなことだ。 処罰無しはあり得ないだろう 」


「普通ならそうでしょう。 しかしレーゼは自分の事なら余程のことが無い限り罪を問うことをしないでしょう。 ましてや今度のように領民たちが困窮するとなると、絶対に処罰など望まないでしょう 」


「レーゼ命のフランクはどう思う? 許せるのか? 」


「はぁ、正直言って許せません。 しかし一番はアノルマル子爵家の領民のため… 次にレーゼの気持ちを考えると子爵家の…… 温存を望みます 」


「そうだな。 アノルマル子爵家は領地民には良き領主だしな。うーん 」


 腕組みをしながら天井を仰ぎ見た国王は


「明日、アノルマル子爵家夫妻と事件にあった当事者のレーゼたちを王城に呼び話し合いとしよう 」




 王国の謁見の場では憔悴しきったアノルマル子爵家夫妻と泰然としたシャトレー伯爵家に罪人として縄に縛られたファシェと護衛たち4人がいた。


 しばらくすると国王夫妻と王太子がやって来る。

 緊張感に包まれた謁見の間で宰相が場を仕切っていた。

 罪状を読み上げ国王の審判を仰ぐ。


「まず、この度の全ての罪の根源はファシェ嬢の浅はかな逆恨みによる誘拐殺人未遂だ。これはあまりに大きな罪であって情状酌量の余地はない…… よって極刑と…… 」


 それを聞いた顔面蒼白のアノルマル子爵夫妻はガバッと両手をつき魂の絶叫をした。


「恐れながら! 恐れながら国王陛下! 違います! 一番の根源は私たちでございます! 私たちの子育てが間違っていたのです! 罰するなら私たちを!! 」


「… ああ… お父様… お母様… わ、私…… 私はなんて事を…… 」

 ワナワナと力無くヒザが落ちてファシェは泣き崩れた。 昨日は護衛とはいえ幼馴染のロバートに傷を負わせ今日は両親を大きく傷つけたことでファシェは消えてなくなりたかった。


 宰相がキツい口調で


「国王陛下の話はまだ終わっておらぬ! 口出しは許されん! 」


「まぁ、待て。 ところで… レーゼ嬢はこの度の件で何か思うところはあるかな? 」


 亜麻色の瞳はしっかりと国王陛下の目線を静かに返した。


「畏れ多くも国王陛下。 私はこのような大きな罪状を聞いて正直驚いております。 特に困ったことといえば、馬車の扉を壊されたことだけでございます。 少々大袈裟ではございませんか? 」

 ニッコリ笑って頭をコテンと傾けた。


「「「 ! 」」」


 国王陛下と王太子とレーゼの父は

「くっ!」

 と揃ってレーゼの必殺技を喰らった。



 胸に手を当ていち早く回復した国王は


「しかし王家の騎士団も動かして全くのお咎めなしとはいかぬのう。 シャトレー伯爵はどう思う? 」


「… 国王陛下。 子育てとは難しいものです。 愛おしい我が子…… 例え存分に愛情を注いだからと揃って優秀な子になるわけではありません。 愛情だけでも逆に厳しすぎてもいけないのでしょう 」


 フランクはここまで言い切ってしばらく考え込んで…… また口を開く。


「もしレーゼに罪を感じているのなら…… アノルマル子爵家は引き続き身を粉にして領民のために働くのです。 そして…… ファシェ嬢は禊として子爵家の席を抜け平民となるべきでしょう。 まだ若いのです。 一から領地の…… 民の生活を学び、上辺だけでなく身に沁み込ませるのです。 本当のアノルマル子爵の民の生活を…… アノルマル子爵夫妻もファシェ嬢に手助けしてはなりません 」


 シャトレー伯爵はそう言い切って国王陛下に視線を向けた。


 国王陛下は尊大に頷き

「どうだ? アノルマル子爵。 私は得心したが 」


「国王陛下、シャトレー伯爵…… そのような寛大な御慈悲を…… ううう…… この御恩に報いることができますよう…… これからも… 力を尽くしてまいります…… ファシェ…… 私たちと一緒に…… 今度こそ一緒に…… 心も育てていこう… すまなかった」


「お父様… お母様… 私こそ… ごめんなさい…… どんなに苦しくても… 頑張ります…… レーゼ様… ありがとうございました…… そしてごめんなさい 」


 相変わらず足に力が入らず座りっぱなしのアノルマル子爵家だが誰も怒ることはなかった。


 護衛たちは子爵家令嬢ファシェの言うことに逆らうことが出来なかったとして情状酌量でお咎めが無かった。


 その後、縄を外されたファシェと護衛たちとアノルマル子爵は馬車で領地に帰りこれからの話し合いをして新たな道に進んでいくことになるだろう。


 実は平民になったファシェの元へ強引にロバートがついて行き身分の壁が無くなったことで結婚して幸せになるのは少し先のお話し。



 謁見の間に残ったレーゼを国王陛下の配慮で王太子ブレイニーがシャトレー伯爵家まで送るよう命じた。


 馬車の中


「ブレイニー様、今日はお会いできると聞いていたので前にお約束したお菓子を焼いてきました。 召し上がっていただけますか? 」


 レーゼは美しいレースでくるんだ小さな包みをブレイニーに手渡した。


「ああ、ありがとう。 早速いただこう 」


 そっと包みを開けて美しく焼かれた菓子を口に含んだ。

 ブレイニーは目を大きく見開き思わず手で口を覆った。


「美味しいよ!レーゼ。 とても美味しい。甘さも抑えてあって私はとても好きだよ 」


「ふふ、良かったです 」

 と、少し赤くなった頬に手を添え嬉しそうにはにかむレーゼにブレイニーは心臓が高鳴った。


(美しく心の芯が通ったレーゼに益々目が離せない…… ハハ、私もシャトレー伯爵の事は言えないようだ )


 レーゼはキラキラとした瞳をブレイニーに向けて


「これからも美味しいお菓子を召し上がっていただけるよう努力いたします。 是非ご意見をくださいませ 」


 レーゼの視線を外さないブレイニーが応える。

「ああ。勿論だよ」


 それはまるでレーゼの視線までも食い尽くす勢いだが王家は隠すのも上手いようだ。


 王城から近いシャトレー伯爵家まではすぐに着いてしまう。


 門の前で扉が開くのを待っていると領民たちがワラワラと王家の馬車に近づいてきた。


 それに気がついたレーゼとブレイニーは馬車の窓を開けた。


 すると大勢の領民の中から握った杖をガクガクとしながらヨロヨロと歩く一人の男が現れた。領民達はサッとその男に道を譲り男は馬車に近づいた。


「これは〜

 これは〜

 王太子様〜

 失礼ながら〜

 一言〜

 言わせてもらいましょう〜」


 レーゼはこれからヨゼフ爺が何を言うかと少しワクワクして待っていた。


 訳の分からない王太子ブレイニーは面食らいつつも聞く体制を整える。


 コホン

「ワシは〜

 知っている〜〜

 王太子様は〜

 レーゼ様に〜

 惚れている〜〜

 幸せに〜

 してくれないと〜〜

 当主の〜

 フランク様に〜

 怒られる〜」

 

 ヨゼフ爺渾身のグワッ!!


 レーゼを心から慕う領民は王太子様の反応を・・・固唾を飲んで見守っている。


 ヤケに圧の強い領民たちに気圧されながらもブレイニーが瞬時に覚悟しニッコリ笑う


「そうだね。 確かにレーゼ嬢に惚れているよ。 もちろん君たちにもレーゼにも誓うよ。 大切にする! 私の全てをかけて! 」

 

 レーゼは真っ赤になり領民は大歓声を上げた!



 領民とレーゼとブレイニーたちの会話の一部始終すべてを見ていたフランクは門の端陰で静かに涙を流していた。 隣には妻のプレジールがいる。


「ねぇ、あなた… そろそろ私が隣にいることを思い出す時間を増やしてくださいな… 」

 目線は幸せそうな王太子とレーゼを見つめながらプレジールが優しく囁いている。


 フランクもレーゼ達を見つめながら

「…… そうだね… うん…… レーゼがいずれ嫁いでも… このシャトレー伯爵家を次代へ繋げなくてはいけないね…… 私たちもまだまだこれからなのだから… これからも私を助けてくれるかい? プレジール… 」


 そう言って涙で濡れた瞳を微笑んでいる妻に向ける。

 その視線を静かに受け止め優しく頷くプレジール。



 フランクはプレジールの手をぎゅっと握った。


 これからも手中の幸せを守り続けると誓って。








 



 

       




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[良い点] もぅ仕方のないパパですね 失礼な言い方ですが 娘大好きパパのハートフルコメディーのような物語でした 伯爵令嬢レーゼを娶るために口説く話ではなく 娘大好きパパをどう説得するか、ひいては王…
[気になる点] 「ハイ」がほぼ全部カタカナ表記なところ。その時の状況によって使い分けるのは分かりますが、主人公から国王にも、メイドから主人にも、返事が「ハイ」ってなってるの読むと、戸惑ってるのかやる気…
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