欠けゆく言葉(せかい)のRecapturer
「世界を救う準備はできたかい?」
背後から先生の声がした。
「……ずいぶんとくさい台詞を吐きますね」
冷え込んだ夜更けの空気に白い息が消えてゆく。せいぜい落ち着きを装って言葉を返したが、おとといからフル稼働中の僕の頭はえもいわれぬ希望と興奮で冴え切っていた。
「言ってみたかっただけさ。今やこの表現は誇張でも何でもないだろう?」
先生は僕の隣に腰掛けると、夜空を仰いだ。だが、そこにはただ――月がぽつりと浮かぶ藍の夜空が広がっているだけだ。
何かが足りない……言葉が足りない。
「この感覚――盗られてますね」
「ああ、そのようだね、最近はますます多くなってきた。こりゃうかうかしていられないな」
メモメモ、と言いつつ先生はその厚いジャケットからペンとノートをとりだし、かじかむ手で書きなぐりはじめた。
僕は理由もなく立ち上がると大きく深呼吸した。肺が凍ってしまいそうだが、今はこれでいい。
ふと、遠い地平線の向こうに一筋の陽光が走った。
「夜明けだね、さあ行くよ」
先生は僕の背中をわざと強くたたくと、ボロボロの軽トラに乗りこんだ。僕も続けて助手席に乗りこむ。
「年季の入った車、と表現しておきますね」
「ついでに僕らの野望も入れておけば最高じゃないか」
数回の試行の後、大げさなエンジン音を立てて車体は不規則なリズムを刻み始めた。
ラジオが雑音交じりに流れ出す。
『ここ1ヶ月で月兎による“言盗り”の被害は急増しており、私たちの言語が奪われたことにより、認識能力、価値観までもが……』
――困っている人がいる。
「さあ、あらためて。僕らの言葉を、盗り返しに行こうか」
僕らの野望が、夜明けの荒野を引き裂くように走り出した。