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日出ずる国の物語 - 神話編 -  作者: 羊の口龍の耳
第2章 三貴子
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第3話 「天の岩屋戸隠れ」

 誘凪いざなぎは、けがれをはらうためのみそぎを終えて黄泉よみの国から帰還きかんした。


 愛する妻を失った誘凪いざなぎは、もはや国づくりを続ける力が残っていないことを悟った。


 誘凪いざなぎには三貴子さんきしと呼ばれる子たちがいた。

 誘凪いざなぎ誘波いざなみは子沢山だったが、その中でもひときわとうとい子としてうやまわれていた。

 誘凪いざなぎは、三柱みはしらの神に国づくりをたくすことを決心した。


天照あまてらすや、そなたは高天原たかまがはらを治めなさい」

 誘凪いざなぎは、首飾りを外して太陽の女神に授けた。


月読つくよみよ、お前は夜の世界を治めるのだ」

 月読つくよみは、月の神だった。


須佐之男すさのお大海原おおうなばらを治めよ」

 最後に、誘凪いざなぎは海の神に命じた。


 誘凪いざなぎから使命を受け継いだ三貴子さんきしは、おのおの治めるべき場所におもむいた。


 天照あまてらす月読つくよみは、与えられた使命を果たそうと日夜努力した。

 

 一方、須佐之男すさのおひげが長く伸び、胸にれ下がる年齢になっても泣きわめいていた。

 青々とした山が枯れ果て、海や川の水が上がるほどの勢いで泣き続けた。

 

 荒ぶる神が発する物音は、夏のはえのように騒がしかった。

 大海原おおうなばらは荒れ狂い、あらゆる厄災やくさいことごとく呼び起こした。


 須佐之男すさのお荒神あらがみになったという噂を伝え聞いた誘凪いざなぎは、心配になって様子を見に訪れた。


「なぜお前は与えられた使命を果たさないのだ」

 誘凪いざなぎが問いただすと須佐之男すさのおは泣きながら答えた。

わたしは母上に会いたいのです。母上のいる黄泉よみの国に行きたいと思って泣いています」


 黄泉よみの国と聞いて、誘凪いざなぎの脳裏にはおぞましい誘波いざなみの姿がよみがえった。


 誘凪いざなぎは、恐怖を振り払うように声を荒げた。

黄泉よみの国に行きたいだと? それならこの国を治めることはできぬ。どこへなりと出ていけ!」

 そう言い残すと、誘凪いざなぎは近江の多賀のやしろ隠棲いんせいした。


(姉上に暇乞いとまごいをしてから母上に会いに行こう)

 父親に見限られた須佐之男すさのおは、そう思い立つと高天原たかまがはらへ向かった。


 嵐の神がのしのしと歩くだけで、大地がみしみしと震えた。


 須佐之男すさのお高天原たかまがはらに向かっているという知らせは、「須佐之男すさのおが攻めてきた」という報告になって天照あまてらすに伝わった。


 驚いた天照あまてらすは、すぐに武装して須佐之男すさのお襲来しゅうらいに備えた。


「どうして高天原たかまがはらのぼってきたのですか?」

 待ち構えた天照あまてらすは、姿を現した須佐之男すさのおに問いただした。


「姉上、そんな物々しい恰好かっこうをされて何事ですか?」

 須佐之男すさのおは、いぶかしげに問い返した。


「この国を奪うために攻めてきたのではないですか?」

 天照あまてらすは、さらに詰問きつもんした。


「母上に会いたくて泣いていたら、父上に追い払われたので、姉上に暇乞いとまごいに参ったのです。わたしにやましい気持ちはありません」

 疑われていると知った須佐之男すさのおは、身の潔白けっぱくを訴えた。


「あなたがよこしまな心を持っていないことをどうやって証明できるのですか?」

 天照あまてらすは、須佐之男すさのおの弁明を簡単には受け入れなかった。


「それでは誓約うけいを立てましょう」

 須佐之男すさのおはどうやってあかしを立てるか一瞬戸惑ったが、開き直って答えた。


 誓約うけいは、ある事柄の真偽や吉凶などについて祈誓きせいして神判しんぱんを仰ぐことだ。


「それでは、あなたが腰に帯びているつるぎをお渡しなさい」

 天照あまてらすは、つるぎを受け取ると三段に打ち折り、天の神聖な井戸水で洗い清め、くだくようにして息を吹きかけた。

 すると、天照あまてらすが霧のように吹き出した息吹いぶきの中から三柱みはしら姫神ひめがみが生まれた。


「ならば、姉上が身に付けている勾玉まがたまをお渡しください」

 今度は、須佐之男すさのお天照あまてらすから五つのたまを受け取り、天の神聖な井戸水で洗い清め、くだくようにして息を吹きかけた。

 すると、須佐之男すさのおが霧のように吹き出した息吹いぶきの中から五柱ごばしら男神おがみが生まれた。


「わたしの身に付けたたまから生まれた男神おがみたちはわたしの子、あなたのつるぎから生まれた姫たちはあなたの子です」

 天照あまてらすがそう言い渡すと、須佐之男すさのおが勝ち誇ったように言い放った。

わたしの心が清らかなので、姫が生まれたのです。これで潔白けっぱくが証明されたでしょう」


 本来、誓約うけいは最初に何を誓って神意しんいうかがうのかを決めてから行うものだが、今回はそうしなかった。

 だから、判断基準があやふやなままだった。


 須佐之男すさのおが、自分に都合が良いように結果を解釈したのは明らかだった。


 しかし、天照あまてらすは母を恋しがって泣き続けた挙句あげくに父から見捨てられた弟のことを不憫ふびんに思った。

 それゆえ、突っ込みどころ満載の誓約うけいの結果もことさらとがめ立てせずに受け入れた。


「姉上、わたしの勝ちですからしばらくここで厄介やっかいになります。ワッハハハハハ・・・」

 須佐之男すさのおは、高笑いしながら高天原たかまがはらの屋敷に上がり込んだ。


 ところが、天照あまてらす須佐之男すさのおに掛けた温情はあだになった。


 誓約うけいに勝った須佐之男すさのおは、勢いに任せて数々の狼藉ろうぜきを働いた。

 むしゃくしゃした気持ちを晴らすためだったが、つい図に乗ってしまったのだ。


 最初は、天界の田んぼのあぜを壊したり、溝を埋めたりした。

 次には、天照あまてらす初穂はつほを召し上がる神聖な御殿にくそき散らした。


「田のあぜを壊したり、埋めたりしたのは土地を有効に使うためでしょう。御殿での出来事は、酒に酔ったせいでしょう」

 天照あまてらすは、弟が騒動を起こすたびにかばった。


 しかし、とうとうかばいきれない大事件が勃発ぼっぱつした。


 天照あまてらす機織場はたおりばでおし物を織らせている時、須佐之男すさのおが屋根に穴を開けて皮をいだ馬を投げ落としたのだ。

 機織場はたおりばは騒然となった。

 不幸なことに、機織女はたおりめが驚いて倒れた拍子に機織はたおりに使う先がとがった板で下腹をつらぬかれて死んでしまった。


「すべてわたしの所為せいだ。わたしが弟の悪行をとがめなかったばかりに、増長させてしまったのだ」

 天照あまてらすの顔面は蒼白そうはくになった。


「わたしは父上の期待を裏切ってしまった。高天原たかまがはらを治めるどころか、神聖な場所を汚し、大切な機織女はたおりめを死なせてしまった」

 天照あまてらすは誰もが認める優等生で、これまで挫折ざせつを経験したことがなかった。


「こんなことになってしまったからには、わたしを信頼してくれた天界の神々に顔向けができない・・・」

 いたたまれなくなった天照あまてらすは、突然、その場から逃げるように走り出した。


 無我夢中であめ岩屋いわやの中に駆け込んだ天照あまてらすは、急いで入口の岩戸いわとを閉じてそのまま隠れてしまった。


 太陽の女神が引きこもってしまったのだから、さあ大変。


 日の光は消え、天界も地上界も真っ暗闇になってしまった。

 永遠に闇夜が続く世界には妖怪や魔物がはびこり、疫病神が闊歩かっぽした。

 あらゆる災禍さいかが世界中に蔓延まんえんした。


 困り果てた神々は、天上の河原に集まってどうしたものかと相談し合った。


 皆は、知恵の神として知られる思金おもいかねに何か良い方法はないかと尋ねた。

「では、まずにわとりを集めてください。それから鏡と勾玉まがたまが付いた飾りを作ってください」

 思金おもいかねは、てきぱきと指図さしずした。


 それから、特別な任務を担う神たちを呼び、それぞれの役割を伝えた。


 すべての準備が整うと、思金おもいかねは集めたにわとりを鳴かせた。


 あめ岩屋戸いわやとの前では、勾玉まがたまで装飾され、枝に鏡を掛けたさかき太玉ふとだまが捧げ持った。

 

 天児屋あめのこやねうやうやしく祝詞のりとを唱えると、天宇受女あめのうずめが軽やかに神楽かぐらを舞い始めた。

 

 宇受女うずめの舞いは次第に激しくなり、着衣がはだけてお腹や太もも、そして乳房までもがあらわになった。

 あめ岩屋戸いわやとを取り囲むようにして宇受女うずめの舞いを観ていた神々が、やんややんやとはやし立てた。

 

 宇受女うずめは乳房が露出していることを気にも留めず、そのまま狂ったように舞い続けた。

 しまいにはすそまくれて、女神の聖なる門が見え隠れした。

 男神おがみたちがひと際大きな歓声を上げた。


 神々が騒ぎ立てる物音や笑い声は、岩屋の中にいる天照あまてらすにも聞こえてきた。


(外は真っ暗なはずなのに、いったい何が起きているのかしら・・・?)

 気になった天照あまてらすは、岩戸を細めに開けて、外の様子をのぞき見た。


「そなたはなぜそのように舞い踊り、神々は笑っているのですか?」

 天照あまてらすは、岩戸の前で我を忘れて踊り狂っている宇受女うずめに尋ねた。


「あなた様よりもとうとい神様がおいでになったので、皆が喜んでお祝いしております」

 宇受女うずめは、踊りながら答えた。


 その時、太玉ふとだまは捧げ持ったさかきを岩戸に近づけ、児屋こやね天照あまてらすに鏡を向けた。

 天照あまてらすは、自分よりもとうといという神様の姿をよく見ようと岩屋から身を乗り出した。


 その瞬間、岩戸の側に隠れて待機していた怪力の手力男たぢからお天照あまてらすの手を取って、外に引き出した。

 そして、太玉ふとだまが急いでしめ縄で結界を張り、岩屋の入口を封印した。

「これでもう、岩屋の中には戻れません」

 太玉ふとだまは、かしこまって天照あまてらすに告げた。


 天照あまてらすが姿を現したことで再び日の光がし、天界と地上界を明るく照らし始めた。

 神々は、歓喜の声を上げた。

 

 天照あまてらすはしばらく呆気あっけに取られていたが、やがてぽつりとつぶやいた。

「これは、わたしではないか・・・?」

 天照あまてらすが自分よりもとうとい神様だと思って見ていたのは、鏡に映った自分の姿だった。


「違います。ここにいらっしゃるのは、これまでの天照あまてらす様ではありません。試練を乗り越え、一回り大きくなって戻ってこられたスーパー天照あまてらす様です」

 思金おもいかねがおもむろに答えた。


「ス、スーパー天照あまてらす・・・、それはちょっとダサいですね・・・」

 天照あまてらすの飾らない一言に、神々は爆笑した。


「もちろんスーパー天照あまてらす様というのは冗談です。これからは天照大御神あまてらすおおみかみ様とお呼びします」

 思金おもいかねの言葉と共に、神々はそろって叩頭こうとうした。


「その名も大仰おおぎょう過ぎる気がしますが、そなたたちがそうしたいのであれば・・・」

 天照あまてらすは、引きこもったことを後ろめたく感じないように冗談を言って場をなごませてくれた思金おもいかね心配こころくばりをありがたく思った。

 また、途中で使命を投げ出した自分を許してくれた神々に感謝した。



 復帰した天照あまてらすが最初にすべきことは明白だった。


 天照あまてらす須佐之男すさのお厳罰げんばつに処したうえで、高天原たかまがはらを追放した。

 さすがにやり過ぎたと反省していた須佐之男すさのおは、天照あまてらすの命令に素直に従い、処罰を受けた。


 これ以降、天照あまてらすは慈悲深く、かつ厳格に国づくりを進めた。

 こうして天照あまてらすは、天界と地上界をべる最高神として、神々と人々からしたわれ、うやまわれる存在になった。


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