酒
世界でも五本の指に入る有名な催眠術師の許に、中年男性が訪れ言った。
「先生のお噂はかねがね聞いております。そんな先生を見込んで、今日はお願いに参りました。私は大の酒好きでして…」
そこまでを聞くと、催眠術師は全てを悟ったように男の話を遮って言った。
「大体検討はつきます。私の催眠術で禁酒したいと言うのでしょう?」
「先生、早とちりをなさってはいけません。その逆です。私は酒を止めたくない。飲みたくて仕方がないのです」
催眠術師は、
(これまた変わった人間が来たものだ)
と思った。男は続ける。
「私の酒好きは昔からで、ビールに焼酎、日本酒にウイスキー、ありとあらゆる酒を飲みます。毎日酒を飲んでいたい。しかし、お酒を飲むにはお金がかかります。そこで、私は思ったのです。水をお酒に感じる催眠術をかけてもらえばいいじゃないかと…。先生、お願いです!! 私に、水をお酒に感じる催眠術をかけてください!! 謝礼はいくらでも払います!!」
催眠術師は頭を掻きながら言った。
「確かに、それは可能ですが…。よろしい、水をお酒に感じる催眠術ですね。おかけしましょう」
「ありがとうございます」
催眠術師は男をベッドに横に寝かせると、催眠術を施し、男は謝礼を払い帰っていった。
それから三日程経ち、催眠術師の許をあの中年男性が訪れ言った。
「先生にかけて頂いた催眠術ですが、昨日辺りから水を飲んでもお酒の味がしなくなりました。どうやら効果がきれてしまったようなのです。先生お願いします!! もう一度私に、今度は二度と解けない強力な催眠術をかけてください!!」
「あなたは勘違いをされている。そもそも催眠術とはいずれ解けるものなのです」
催眠術師の言葉に納得のいかない酒好きの男は食って掛かった。
「どうしてもかけてくださらないと言うのなら、あなたは最低の催眠術師だと周りに言ってやるぞ!!」
「落ち着きなさい。確かに、二度と解けない催眠術をかける事は可能ですが、どうなっても知りませんよ? よろしいですね?」
「本当ですか!? ありがとうございます!! 勿論謝礼はお支払い致します!!」
男の熱意に負けた催眠術師は、男をベッドに寝かせて、今度は二度と解けない強力な催眠術を施し、男はそれに見合う謝礼を払い帰っていった。
それから数日後、またやってきた中年男性は困った様子で催眠術師に言った。
「先生、困った事になりました。水を使う料理全てがお酒の味がして、不味くてとても食べられた物じゃないのです。どうか催眠術を解いてください!!」
「それは無理です。あなたにかけた催眠術はもう解く事は出来ません。それはあなたが望んだ事なのですよ」
催眠術師の言葉に、やはり納得のいかない男は、
「無茶苦茶だ!! こうなったらあなたは最低最悪の催眠術師だと…」
騒ぐ男に突然催眠術師は、二度と解けない、自分に関する全ての記憶を消す強力な催眠術をかけて帰してしまった。その後の酒好きの男の人生など催眠術師からすればどうでもいいのだ。