☆2☆出生を知る時
翌朝、目覚めるとホウセンの家だった。
「起きたか、2人とも」
お腹を空かしているのを見越してか、平べったいパンが2つ置かれていた。赤い木の実をすり潰して、ジャムのように塗ってあった。昨晩の事よりも、まずは腹を満たそうとした。食べてくれなかったら困っていたホウセンは、安堵の表情と共に胸を撫で下ろした(肩の荷が下りた・肩の荷を下ろした)。
「ありがとうございます」
ルピナスは、食べ始めてからすっかり忘れていた感謝を告げた。ヒオーギは、そんなこと頭の片隅にもなかったようだ。
10年祭で気持ちよく演説していたホウセンも、2人が早々と帰っていった姿を確認していた。毎年この日にリリーの様子がおかしくなるのは、10年前から続いていた。故に、この祭典を境に大人の保護から外れる2人には、特に目を離さなかった。
ホウセンは、昨晩の事と母親のリリーの事を話し始めた。
そもそも事の発端は、悪魔にリリーを差し出したことにある。指定された20歳の女性に当てはまる者は、他にもいた。でも、皆が嫌がった中で唯一名乗り出た。元々正義感が強い方ではあった。それに夫と子供を流行り病で亡くしたばかりで、生きる気力も失くし始めていたのかもしれない。死ぬ覚悟は、その時にすでに出来ていたのだろう。しかし、生きて帰り、子を宿したリリーは、その子供を愛した。不覚にも、悪魔によって生かされていたように思える。
「そして、君達が産まれたわけだ。ルピナスは、感づいたようだな」
神妙な顔のルピナスは、下を向いてしまった。
「私たちは、その時の子供……悪魔の子……なのですね」
何となく同世代の他の子達とは違うと思っていた。ヒオーギから火花が散り出たり、ルピナスは焼けた花を元に戻せたり、考えれば思い当たる節はある。それに今思えば、その子達の親の目線が痛かったのも理解が出来た。いつも2人は、誰かしらから見られていた、監視されてきていた。他とは違うから。
「悪魔?」
話し半分に聞いてきたヒオーギも、その言葉に引っ掛かった。
「すまないが村の皆が、君達が生きるのを躊躇った」
悪魔による悲惨な支配を受けてきたからな、仕方がない。
「そうなると、私たちが今も生きていられるのは、お母さんのおかげ?」
「そうだな、必死に我々の心に訴えかけてきたよ」
悪魔と同じ過ちをする所だったホウセンの考えを改めさせたのは、リリーの2人へと注がれた愛のおかげだ。
俯いていたルピナスも顔を上げ、無理やりに笑おうとした。暗く重い空気が、心をズタズタにされそうな程嫌いだ。そのぎこちない表情は、隣に座っていたヒオーギの瞳にも映っていた。
「悪魔は、大噴火の時に全て滅んだはずだったんだ。それが、魂だけがリリーの中で生き続けていたのだろう」
昨晩の野太い音は、地響きのように伝わった。ホウセンも忘れたくても忘れられない音だ。
「微かなんだけど、お母さんの声が混ざっていたように聞こえたの」
それでなのか、リリーは今意識がない状態が続いている。奥の部屋で横たわっている。しかし、とても会える状況ではない。
おもむろに立ち上がった。ルピナスだ。
「お母さんはどこ?どこにいるの?会わせて」
正気を失いかけているルピナスは、目が泳いでいる。そのまま走り出した。物静かで賢いルピナスも冷静ではない。慌てて、ホウセンも後を追いかけた。ヒオーギもパンを片手に続いた。
一つ一つ扉を開けて確かめて、最も奥の部屋に辿り着いた。
「お母さん!!!」
そこに横たわるリリーは、全身の筋肉が細くなり、骨の形がはっきりと分かる程、痩せこけていた。大粒の涙を流すルピナスは、リリーの元へと駆け寄った。その涙が1滴2滴と当たるも、時を戻せる能力は発動されない。
「なんで、なんでなの?元に戻ってよ」
ヒオーギも変わり果てたリリーの姿に、パンを持つ手から意識が離れた。
「時間を操れるのか、でも完全じゃないみたいだな。どこも怪我をしている訳じゃないし、リリーの心臓は動いているよ」
ホウセンの声は届いているものの、リリーの姿から目を離さない2人は、そのまま小1時間は居座った。
母を元に戻すにはどうすれば良いのか。10才の頭2つで必死に考えた。
心臓は、動いている。母は生きているが、意識がない。昨晩の悪魔に魂を持っていかれた可能性が高い。悪魔は、復活しようとしているのか。月と双子のような存在の太陽を、今も制御できている。故に、力は完全に消滅していない。普通の人間では、悪魔には敵わない。でも、悪魔の能力を持った2人なら……。
「倒せるかもしれない」
「抗えるかもしれない」
机を挟み、向かい合わせに椅子に腰掛けていた2人は、同時に顔を上げた。
「なんで、そんな難しい表現するの。双子なんだから考えること似るんだよ」
ヒオーギの苦虫を噛み潰したような表情に、ルピナスも今度は屈託のない笑顔を浮かべられた。
部屋の外で、静かに聞いていたホウセンは、すぐにマリーゴと連絡を取った。
「我々のやれることは、数少ない。10年祭を終えた者を制限するものは何もない。ただ、そんなひ弱な身体に丸腰で、送り出すわけにはいかないよ」
独り言のように静かに喋りながら、その場から離れた。その後ろ姿から、ホウセンにも覚悟が出来たようだ。
☆登場人物紹介☆
ヒオーギ☆悪魔の子
ルピナスは双子の妹
朱い眼から散らつかせた火花での攻撃が特徴
ルピナス☆悪魔の子
ヒオーギは双子の兄
流す涙には時間を操れる効果がある
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グロリオーサ☆悪魔族の族長
大噴火による天災で滅ぶ
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リリー☆四ツ星村の住人
ヒオーギとルピナスの母親
ホウセン☆四ツ星村の村長
元々は護衛の職に就いていた
マリーゴ☆四ツ星村の住人
元々は護衛の職に就いていた