1.悪魔族のグロリオーサ
ここは、淀みきった太陽のない世界。悪魔族が人間を支配している。奥歯付近から皮膚を突き破り出た大きな牙に、細長い眼、筋肉で引き締まった腕や足、声は野太く低い。髪色は、特に統一感はないが鮮やかだ。その中でも、族長である大悪魔は、蒼い髪に朱い眼、黄色く尖った硬い爪に、右足は白く変色している。紫がかった肌には少々目立つ。
「そろそろ、あれの時じゃないのか」
人間の住まう集落は、悪魔への食事を作るためにあり、高い木の柵で囲われている。柵内では、牛や豚に鶏や羊が育てられ、米や小麦などが耕されている。その内の9割は悪魔へ提供され、残りの1割を分け与えてもらえる。そして、月に1度、雲が裂け満月が見えるとき、10歳の子供を二人、生け贄として献上しなければならない。
「はぁ~、今月もまた、小さな命を犠牲にしなければならないのか」
溜め息混じりに不満が溢れる。門番は悪魔との仲介役も担う為、常に誰かはいなくてはならない。
「おい! あまり大きな声でそんな否定的なことを口にするな、どこで聞いてるか分からないんだぞ」
原始的な槍に、質素な甲冑を身に纏った2人は、門を挟み内と外で見張っている。
「大丈夫さ。満月なら悪魔たちは皆、山に戻ってるはずだ」
座り込んだ外側の1人が続けて話した。
「それに、食事や生け贄を差し出し続けている以上、俺達は殺されない。そういう契りを交わしている」
随分と肝の座った彼は、何度も生け贄になった子供を見送っている。
「村長と悪魔族の族長"グロリオーサ"との間でな」
雲が裂け始めた。満月の光が差し込む。
「さぁ、門戸を開けよ。生け贄を捧げに向かう」
身構えた内側の門番は、感謝申し上げますと声高に言うと、外側の門番と息を合わせて、門を引いた。
「おいおい爺さん、その子を生け贄に?」
村長は、10歳の子供ではなく、わずか10ヶ月程の赤子を抱いていた。
「しかも、一人だけじゃないか」
村長と護衛2人は、何も言わずに先へ進もうとする。
「いやいや、それじゃ悪魔は満足しない。あとで何をされるか分からないぞ」
「仕方ないじゃろう。今年組も大勢いた。生け贄の他に村の存続もしなけりゃならないからな。大事に大事に育ててきた。しかし、10年の間に病や怪我の悪化、寿命が尽きた者も含めて減っていった。今年に入って二十二人も子供を捧げてきた。もういないのじゃよ。来るべき時が来た、それだけじゃ。前例はないが、この子とわしで交渉してくる」
門番の2人は口をつぐみ、静かに村長を見送った。そうすることしか出来なかった。
「どうするんだよ、絶対に激昂して襲いに来るぞ」
「でも、村長が交渉するって」
「そんなの上手くいくわけないだろ! 村長は、覚悟を決めた目をしていたんだ」
くそっ! しゃがんで地面を強く叩いた。ぬかるんだ地面が、やりきれない気持ちを増幅させる。