食事
コン、コン。
ドアをノックされる。
『向日葵、今いいかしら?』
「忙しいから無理」
適当な理由で帰ってもらおうとした。
けど、ドアが開いた。
「それが忙しいっていう人の恰好?」
「うん」
私はベッドに寝転がって、部屋に入ってきた姉には目もくれずに小説を読んでいる。
何の用事だろうか。
「なんの用?」
「一緒にご飯でも行かないかしら?」
「なんで」
「なんでと言われても、私が向日葵と一緒に行きたいからよ」
「忙しいから無理」
「一緒に行ってくれるまで、この部屋に居座るわ」
そういい、姉はドアの前で座り込む。
突然、どうしたというのだろうか。
ここまで、頑固な姉を見たことがない。
が、小説を読むのに忙しいので諦めてもらおうと思い、読んでいた小説に集中する。
~5分後~
「……」
「……」
~10分後~
「……」
「……」
~30分後~
「いつまでもそこにいると迷惑」
「じゃあ、ご飯を食べに行きましょう」
会話になっていない。
多分、一緒に食事にでも行かないといつまで居座るのだろうと思った。
仕方なく一緒にご飯を食べることにした。
数十分後、私と姉は近くのファミレスへとやってきた。
「向日葵と食事なんていつぶりかしら」
「さぁ」
「さぁって、私はとても嬉しいのに」
「そう」
「お姉ちゃん寂しいわ」
どうでもいい。早く二人きりの空間から逃げ出したい。
いつもなら私が何かを断るとすぐに諦めるのに、今日だけはいつもと違った。
何かあるのだろうと思った。
ただ、その何かが分からないから逃げたい。
「私は決まったけど、お姉ちゃんは?」
「向日葵と同じのでいいわよ」
「そ」
ピンポンを鳴らし、店員が注文に聞きに来るのを待つ。
すぐに店員が来て、料理を注文する。
その注文からしばらくして、料理が運ばれてきた。
「いだたきます」
「いただきます」
会話はない。
お互いに目の前の料理に夢中になっている。
そんな中、姉がふと私の方を向いた。
「向日葵。あなた一人暮らしするって本当?」
どこから聞いたのだろうか。
あそこに居場所がないから、私だけの居場所を作ろうと一人暮らしの準備をしている。
だが、そのことを両親はもちろんのこと、姉にすら言っていないのだ。
「誰から聞いたの」
「友達から」
「そう」
「それで、本当なの?」
「うん」
「理由を聞いてもいいかしら?」
「答える理由がない」
「なら、今日は一緒に寝ましょう。それが嫌なら答えて頂戴」
「……。あそこに私の居場所はない。それだけ」
「……そう」
沈黙が訪れる。
そしてまた、料理に目を向ける。
しかし、私はいつの間にか食べ終わっていたらしい。
あとは姉が食べ終わるのを待つだけだ。
重苦しい沈黙の後、姉はまた私の方を見る。
「向日葵の一人暮らし、私もついていっていいかしら」
「はぁ? なんで」
「心配なのよ。ちゃんと一人で暮らせるのか」
「今も自分のことは自分でやってる」
「そうだったわね」
また沈黙が訪れる。
そして、姉が料理を食べ終えるのを見るとすぐに席を立ち、会計に向かう。
自分の分のお金を出そうとしたとき。
「今日は私のわがままで付き合ってもらったのだから、向日葵は出さなくていいわよ」
「そ」
私は外で姉を待つことにした。
そして、本当に久しぶりに姉妹一緒に帰路につく。
姉は私の横を歩くが、隙間が人ひとり分空いている。
その隙間こそが、埋めることができない姉妹の溝だ。
信号に捕まり、私は子供の頃を思い出していた。
よく、手を繋いでと姉にねだっていたなと。
そして信号が青になり、横断歩道を渡ろうとした。
しかし、姉が来る気配がなく、振り返ると。
「向日葵ッ!!」
とても必死な表情の姉がいた。
そして私は姉に引っ張られ抱きかかえられた。
私が最後に見たのは、私に抱き着く姉とその背後から迫るトラックが映った。
そこで、私の意識は途絶えた。