ギルド受付嬢の一途な恋
ハイファンタジー寄りの作品です。
対人戦闘描写がありますので、苦手な方はブラバお願いします。
「アメリアちゃ~ん、こっちおねがーい」
「アメリアちゃん、次はこっちも~!」
宵の口。
耳を塞ぎたくなるような喧騒と鼻をツンと刺す汗の臭い。
冒険者ギルドの受付嬢、アメリアは深紅の長髪をハツラツと揺らしながら、右へ左へと駆け回る。
冒険者ギルドでは今日も依頼を終えた冒険者たちが、ギルドに併設されている酒場で盛大に酒盛りをしている。
──冒険者は宵越しの銭を持たない。
そう言われるくらい豪勢に、今日の無事を祝って飲み食いするのだ。
「こっちはエールと豚の腸詰めね」
「あ、俺も!」
「はいはーい、承りました~!」
冒険者ギルドの受付嬢、と言ってもその役割は多岐に渡る。
依頼人との報酬の交渉を担当する係、冒険者が受注した依頼の受付と達成を管理する係、報酬の精算をする係、等々。
アメリアは本来冒険者が受注した依頼の受付と達成を管理する係──世間でいうところの受付嬢だ。
酒場を切り盛りするのは本来別の人間の役割である。
それでも人の入れ替わりが激しい宵の口は、手伝いとして酒場の方に駆り出される。
つまるところ残業である。
しかし、アメリアはこの時間が嫌いではなかった。
むしろ好んで手伝ってすらいた。
その理由は──彼に、意中の相手に会えるから。
ダグラス、それがアメリアが積年の想いを寄せるお相手の名だ。
頬に傷のあるベテランの冒険者は今日も酒場の端の席で一人安いエールを煽っていた。
アメリアはポーっとわずかに頬を赤らめながら、ダグラスの元へ向かった。
「ダグラスさん♪ 今日はどうでしたか?」
「いつも通りだよ。もう危ない橋を渡る歳じゃねえしな」
「もう、そんなこと言ってもダグラスさんはまだ30歳になったばかりですよね?」
「アメリアの倍近くは生きてるんだ。じゅう……いくつだっけか」
「18です! だから、倍近くっていうのは間違いですよ」
「その歳から見りゃ俺は十分年寄りだろう」
そう言ってエールを口元に持っていきボグボグと喉を鳴らしながら豪快に飲み干した。
「アメリア、もう一杯頼むよ」
「え~……もう少しお話しましょうよ」
「その暇があったら、他の卓の若い連中の相手をしてやってくれよ。ギルドの看板娘を俺みたいな冴えないおっさんが独占してたら睨まれちまう」
「看板娘だなんて、そんな……」
アメリアはにへら、と頬を緩ませた。
その様子は幼くてとても18歳には見えない。
どうしてアメリアが一回りも歳の離れたダグラスを好いているのか。
そのきっかけは6年も昔の出来事にあった。
当時は近所でも手の付けられないお転婆娘として名を馳せていたアメリアは、両親の言いつけを無視して、好奇心から街の外へと大冒険に繰り出したのだ。
柵に囲まれた街を出て、街道を逸れて節くれだった木々が鬱蒼と茂る森の中へ。
アメリアは軽い気持ちで入っていったのだ。
両親が、大人が子供に街の外に出てはいけない、と言い聞かせるのにはちゃんとした理由がある。
その理由をアメリアは思い知ることになった。
歩いて……迷って……そして魔物に遭遇した。
緑色のおどろおどろしい姿をした人型の亜人、いわゆるゴブリンに。
「ひぃ……」
その姿の恐ろしさに漏らした声をゴブリンは耳聡く、聞き逃さなかった。
嗜虐的な笑みを浮かべ、アメリアへと襲い掛かってきた。
アメリアは必死に逃げた。
これでも足の速さには自信がある。
全力で走れば逃げ切れるだろう。
その考えは甘かった。
この場所は鬱蒼と木の根が張り巡らされた森の中。
舗装された街の中とは勝手が違う。
アメリアはボコボコの道を走って……そして古木の根に足を引っかけて盛大に転んでしまった。
足にズキンとした痛みが走る。
振り返れば、ゴブリンたちがもうすぐそこまで迫ってきていた。
「……助けて」
振り絞った小さな声は風のざわめきの中に呑まれていった。
ケケケ、とゴブリンが愉悦交じりのいななきをあげる。
嗜虐的な笑みはそのままに、ジリジリと距離を詰めてくる。
命の危機を感じたアメリアは、今度こそ森を揺らすかの如く大きな声で叫んだ。
「──助けて!」
目を閉じて、反射的に頭に手をやり、体を丸める。
ガタガタと震える体でアメリアは悲鳴を上げた。
刹那。
荒々しい咆哮と共に鈍い音が数度響く。
──何? 何があったの?
アメリアは恐ろしさに目を開けずにいた。
そうしていると、木の葉を踏み散らす足音が近づいてきた。
体がビクっと震える。
「あ~……大丈夫か、お嬢ちゃん」
人の声。
その壊れそうな壺を優しく包むかのような、温かい声。
恐る恐るアメリアは目を開ければ、どうしたもんかと戸惑う壮年の男が一人。
背中には大きな剣を携えていた。
こくこくとアメリアは小さく頷く。
それを見て男は不器用に笑みを作った。
「名前は?」
「……アメリア」
「そうか、俺は冒険者をやってる──ダグラスってんだ」
これがアメリアとダグラスの邂逅だった。
ダグラスは膝を擦りむいたアメリアを片手で抱えて……街まで送り届けた。
その姿があまりにも凛々しくて……
アメリアはその力強くて頼もしい横顔を今でも鮮明に覚えていた。
焼き付いて離れずにいた。
思い出す度に胸がドクンと跳ねるように脈打つ。
それが恋だと知ったのはそれから程なくしてのことだった。
それ以来、アメリアは頻繁にダグラスの姿を探しに冒険者ギルドに潜り込むようになった。
そして16で成人したアメリアは冒険者ギルドで働き始めた。
全てはダグラスと結ばれるために。
そんなアメリアには悩みがあった。
──ダグラスさんが……私を全然女として見てくれない。
まるで手のかかる姪のように思われているだろうことは容易に想像がついた。
あの手この手でアプローチしてもアメリアの想いに気づく素振りも見せない。
アメリアはそれが不満で不満で仕方なかった。
※※ ※
とある日の事だった。
いつもの宵の口。
一人の冒険者がアメリアの前に跪いて、手を差し出してきた。
「僕とお付き合いをしてください」
「え……?」
その冒険者のことは知っていた。
若く、冒険者としても有望で、その上太陽のように明るいブロンドの髪をサラリとなびかせ、歩く姿は凛としていて物語の中の騎士を彷彿とさせるようなイケメン。
名前は確かホメロス……とか言ったはずだ。
アメリアは同僚が好ましく話しているのを何度も聞かされていた。
いわゆる優良物件。
誰もが、ギルドの看板娘のハートを射止めるのだろう、という期待と諦念、それらが入り混じった視線を送っていた。
「いや、ごめんなさい。私、貴方のこと全然興味ないので……」
「はぃ?」
その言葉が完全に予想外だったのかホメロスはマヌケな声を漏らした。
凛々しい顔はどこへやら、口をポカンと開けて目を丸くしている。
アメリアにとってホメロスはよく話しかけてくる冒険者の一人だという認識でしかなかった。
それこそ完全に恋愛対象外。
というよりアメリアにとってダグラス以外の男性は等しくただの男性でしかなかった。
「ギャハハハハハハハ」
「見たかよ、今の! フラれてやんの!」
「おい笑ってやるなよ、可哀想だろ!」
他の冒険者が周りにいる衆目の中での告白だ。
当然その見事なフラれっぷりに笑いが起きる。
彼らからしたらこの話はいい酒の肴になることだろう。
ホメロスは顔を真っ赤に、跪いたまま立てないでいた。
「クソっ」
しばらく呆然としていたホメロスだったが、我に返るとアメリアを鋭く睨みつけて乱暴な足取りで仲間を引き連れてギルドから出て行った。
「ギャハハハハ! 災難だったなアメリアちゃん!」
「見たかよあのホメロスの顔」
「ああ、あいつ最近調子乗ってたからな、これで鼻っ柱がへし折れたんじゃねえの?」
一瞬静寂に包まれたギルド内は再び、いやそれまで以上の喧騒で満ち溢れた。
「どう……答えればよかったんだろ」
アメリアは降り注ぐように舞い込む注文に身を任せて思考を放棄した。
※※ ※
──告白? 私に?
仕事帰り、月の照らす道を困ったように考えながら歩いていく。
この日は件の影響かいつも以上に注文が舞い込んで、人手が全く足りなかったためいつもより遅い帰宅になってしまった。
辺りにはほとんど人影が見当たらない。
少し寒気がするような気がしてアメリアは急ぎ足で家路につこうとした。
その時だった。
「おい」
ドスの効いた低い声。
背中にゾクリと悪寒が走る。
声のした方を振り返れば、さっきこっぴどくフった相手──ホメロスが苦々しい顔で、瞳には鋭い殺意の光を揺らして立っていた。
──あ、これダメなやつだ。
瞬間。
体の全細胞が警告を発する。
逃げろ、と。
本能に従って、来た道を全力で脱兎の如く駆けだした。
「お前ら!」
ホメロスの怒声。
その合図と共に、アメリアの前方から二人が逃げ道を切るように立ちふさがった。
「さっきは……よくも僕に恥を掻かせてくれたなぁ!!」
射竦めるような声。
事実、アメリアは震えて足を止めてしまっていた。
体から力が抜けてペタン、とその場に座り込んでしまう。
「たかだかギルドの受付嬢風情が……! 僕を誰だと思ってるんだ……分からないなら体に教え込んでやる」
ホメロスがゆっくりと捕食者の目をしてにじり寄ってくる。
アメリアは目をキュッと瞑った。
そして心の中で叫んだ。
──助けて
と。
刹那、アメリアの背後で鈍い音が響き渡る。
その音にアメリアは聞き覚えがあった。
「ダグラス……さん!」
振り返れば、アメリアの退路を塞いでいた二人が昏倒していた。
「よう、アメリア。危ないところだったな」
いつも通りの軽い口調。
今はそれが何よりも救いになった。
「なんだ、誰かと思えば……オッサンじゃねえか」
こんな時だと言うのに、ホメロスは余裕を崩さない。
それは強者の傲慢と言うべきか、自分の技量に対する絶対の自信というべきか。
「光を……宿してるんだ」
「あ?」
「お前みたいに何かをやらかそうって奴はな」
「何言ってんだ?」
「心配になってついてきたら……大正解だったようだな」
ダグラスは淡々と、しかし腹の底から空気を怒気で震わせるように口を開いた。
「覚悟はできてるんだろうなぁ」
「はっ、オッサン如きに何ができる」
両者が向かい合う。
空気が張り詰めるのをアメリアは呆然と見ていた。
「死ねエエエええ……」
先に動いたのはホメロスだった。
鋭い切っ先がダグラスへと迫る。
「危ない!」
アメリアは叫んだ。
想いを寄せる人に、危機が迫るのを感じて。
だがそれは完全に杞憂だった。
「バカが……」
勝負は一瞬でついた。
あまりの速さにアメリアは自分の目を疑った。
アメリアに見えたのは、ホメロスの持つ剣が弾き飛ばされ、次の瞬間横薙ぎの一閃がホメロスをいとも簡単に吹き飛ばしたことだけ。
「素直な太刀筋だ。魔物を狩るにはピッタリのな……」
壁に頭を打ちつけて意識を失ったホメロスを放り投げて、ダグラスはそう呟いた。
そしてすぐに、溢れ出ていた殺気を引っ込めて、アメリアに優しい声をかけるのだ。
「大丈夫か? アメリア」
あの時と同じ、不器用な笑顔を作りながら。
「ダグラスさんっ……」
アメリアは泣きながら、ダグラスの分厚い胸に飛び込んだ。
「ダグラスさん……ダグラスさん……ダグラスさん……!」
名前を何度も叫ぶ。
ダグラスはゴツゴツとした手で、優しくアメリアの頭をポンと叩いた。
その手は柔らかな春の陽光のように暖かかった。
「ダグラスさん……」
「どうした?」
「私……ダグラスさんのことが……好きなんですぅ……」
泣きじゃくりながらアメリアは溢れ出る想いを口にした。
ずっと言えなかった言葉。
どうして言えなかったのか分からなくなるくらいにスッと言葉が出てきた。
「俺もアメリアのことが好きだよ」
「違います! そうじゃないんです!」
アメリアは知っている。
ダグラスの言う好きが、アメリアを求める好きではないということに。
「本気で……男の人として好きなんです!」
だから訴えかけるように再度言葉にした。
これにはさすがのダグラスも目を丸くしていた。
「俺は……もう30なんだぞ?」
「知ってます! そんなの関係ないです」
「死ぬのが怖くて、収入が不安定で……そんな俺でもいいのか?」
「関係ありません! 私が好きなのはダグラスさんなんです!」
「参ったな……ずっと揶揄われているとばかり思ってたのに」
ダグラスはボリボリと頭を掻いた。
「ずっと……ずーっとアピールしてたのに気づいてくれないんですもん」
「それは……悪かった」
たじたじとなるダグラスにさっきまでの勇猛果敢な様子は見られない。
おろおろと考え込んで……そしてゆっくりと答えた。
「まだアメリアのことを女としては見れない。だけど少しずつ、大人の女性として見ていくことにするよ。それでもいいかい?」
言い慣れていないのか、ダグラスの言葉はしどろもどろだった。
「はい、私絶対にダグラスさんのことを堕として見せますから!」
今はそれでよかった。
ずっと伝えられなかった想いをこんな状況になってようやく伝えることができたのだ。
始まってすらいなかった恋が動きだした、水車が回りだしたような予感がした。
先ほどまでの泣き顔はどこへやら、満面の笑みで答えるアメリアに
「お~、怖いね。昔戦った魔獣よりも手ごわそうだ……」
ダグラスは少し頬を赤らめておどけて見せた。
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