体は女、心は男。そんな人間でも恋愛して良いですか?
ある日、学校に登校し下駄箱の中から上履きを取り出そうとしたとき、一通の手紙が視界に入った。
「なにこれ?」
ボクは、その手紙を取り出し、片手間に読んでみる。
『加賀美晶さん。放課後、体育館裏で待っています』
呼び出し……なのだろうか?文字的に女の子っぽい感じがする。男子のいたずらとかだとショックだし、身に覚えはないけれど、誰かの恨みを買って、体育館裏でボコされることもあり得る。
正直、怖いけれど、もし、これが、勇気を出した女の子からの手紙なら、ボクはそれに答えないといけないのだろう。
ボクは、その手紙を制服のポケットにしまい、二年C組の教室へと向かった。
教室につくと、いつも通り、みんなが声をかけてくれた。昨日のドラマの話やゲームの話、どんな女の子が好みなのかと言うものもあった。
今朝もらった呼び出しの手紙のこともあって、ビクリと体が跳ねる。
「どうかした?」
「なんでもない」
「そう?」
「うん。気にしないで。それより、裕実。今日、体育ってあったっけ?」
「ないけど、どした?」
「いや。うん。プールの時って正直、辛いから……」
「あー、なるほど。まあ、アキラならそうか。体育の担当も変わったし、面倒だよね。去年も、バタバタしちゃったわけだし」
「うん、ごめん。迷惑かけちゃって」
「気にしないでいいって。みんな理解してることだし」
「うん。ありがと」
いいっていいって、と何度もいってくれる裕実。彼女は、小学生のときからの付き合いで、親同士の付き合いで仲良くなった。
なにかと、細かいことは気にしない主義で、よく困ったときは、相談したりする大切な友人だ。
ボクは今日一日、手紙の差出人のことが気になって、授業中、ずっと、ボーッとしてしまう。
そんなボクを、裕実は心配してくれ、ちょっと、過保護じゃないかな?というレベルで、色々と面倒を見てくれた。
そんなこんなで、放課後、ボクは手紙の差出人がいるであろう体育館裏へと向かう。
「ごめんなさい。待たせたちゃいました?」
一応、初対面だと思うので、ボクは丁寧な口調を心掛けて尋ねる。すると、ピクンと、黒く長い髪をツインテールにした小柄な女の子が振り返り、安堵したかのようなため息をつくと、ボクに近づいてきた。
「いえ、そんなに待ってないです。むしろ、先輩になら、何時間待たされたって平気です」
「それは……うん、ボクの良心が痛むから、気にしてほしいかな?」
「ごめんなさい。先輩を傷つけるつもりはありませんでした」
「うん。実際に傷ついた訳じゃないから、気にしないで。それで、君は?」
「秋野鈴音って言います」
「鈴音……か。いい名前だね」
ボクがそういうと、鈴音は「はぅ……」といって、わざとらしく後ろに倒れようとした。ボクは彼女を支えるため、咄嗟に手を伸ばし、抱き止める。
「せ、先輩の顔がこんな近く……しゃーわせー」
「あ、ちょっと、今、寝ないで。まだ、本題を聞いてない」
「すみません。ちょっと、トリップしてました。もう大丈夫です」
軽く、鼻血を拭きながら自分の足で立ち上がると、ボクの目を真剣に見つめ、深呼吸した。
「加賀美晶先輩。好きです。付き合ってください」
そして、紡がれた言葉にボクは困惑した。
※※※
ボクは、答えを保留にして秋野さんと別れた。女の子からの告白は初めてで、正直、困惑している。
かといって、誰かに相談して秋野さんに迷惑をかけたくない。秋野さんだって勇気を出してボクに告白をしてきたのだ。
その子の気持ちをないがしろにしてまで、相談しようとは思えない。ましてや、ボクは『生物学上』は女の子で、秋野さんも女の子だった。つまり、女の子が見た目女の子に、告白したという事実はよくも悪くも、話題になってしまう。
普通の異性での告白の話題だけでも広がるというのに、女の子同士、男の子同士の告白という話題は思春期の少年少女には、格好の餌となる。
「どうしたらいいんだろう」
浴槽に浸かりながら、天を仰ぐ。
告白というのは、素直に嬉しいもの……というわけではない。ボクは中学時代、学校側にちゃんと事情を説明した上で、男子と同じ制服を着ていたが、男子から『女の子としてのボク』として、何度か告白されたことがある。
ボクはそれを断った。理由は単純だ。
ボクは『男』であって、『女の子』ではない。正直、言いたいのは、男子から『男』としてのボクを好きになってほしい。
だから、誰から告白されようが、嬉しいというより、疑問が湧く。
この人はどっちのボクを好きになってくれたのだろうか?と。
定型文的に、傷つけないように、告白してくれたのは嬉しいとは言うものの、内心、ずっと、そっちの方が気になる。
秋野さんはわりと聞き分けがいいのか、それとも、そうなることがわかっていたのか、複雑そうではあったが、保留にしたとき、笑顔を浮かべていた。
その時の彼女の笑顔が、ボクの脳裏に焼き付いて離れない。
なんと言えばいいのだろうか。彼女が秘めている思いを簡単に『ごめんなさい。付き合えません』で、終わらせることが出来ないような気がする。
ボクは自分の姿を風呂場にある鏡で再認識する。
八十近くある胸。五十前半の腰回り、大体胸と同じくらいのお尻。そして、股間に『男』の象徴はない。
やはり、ボクはどう頑張っても生物学上は『女の子』に分類されてしまう。
かといって、この容姿が嫌いなわけでもない。
ボクの認識として、この姿のボクが『男』なのだ。
これを曲げるようなことだけは絶対にない。
裕実からも『自分のアイデンティティーは、ちゃんと保て』と叱られたこともある。だから、この女の子の体でも、ボクは男であるという認識を曲げるつもりは毛頭ない。
そうなると、ボクから、秋野さんに対する答えは……でない。
ボクは普通に男子の方が好きだ。性自認は男であるけれど、恋愛対象が女の子というわけではないし、女の子の体だからといって、男子がいいというわけでもない。
単純に同性愛者と同じタイプなのだ。創作の中で扱われる、精神的BLのような状態と言うべきなのだろう。
だから、彼女の気持ちに答えようにも、やっぱり男子の方がいいと感じてしまうのだ。
そういえば、別れ際、彼女は何て言っていただろうか?
ボクは彼女が最後、言っていた言葉を思いだす。
「確か……」
『明日、先輩の教室にうかがいますね。覚悟しておいてください』
だったような……。
うん。今、考えるのは止めよう。背景が複雑化して、ちゃんと答えれるか、わからない。
とりあえず、明日教室に来るみたいだし、そこで、ボクが彼女のことをどう認識しているのか、判断しよう。
ボクはそう決め、風呂場から脱衣所へと上がる。すると、兄さんが目の前にいた。
「晶?」
「どうかした?兄さん」
「いや、まだ風呂入ってたのか。立て札がなかったからてっきり」
「あー、そう言うこと。別に気にしなくてもよくない?ボクら兄弟だよ?」
「ああ、そうだよな……ま、お前がそう思ってても、俺にはどうしようもない壁ってもんがあんのよ。そこも考えてくれると助かる」
「わかった。気を付ける」
「そうしてくれ」
兄さんは、歯ブラシをとると、脱衣所から出ていった。
兄弟とはいえ、『女の子』の体を直視するのは、ちょっとためらいがあるのかもしれない。気にしすぎだとは思うし、兄さん視点だと、ボクが気にしなさすぎなのかもしれないけれど、やっぱり、生物学的に出来上がった性別の壁というものは、大きいのかもしれない。
ボクは、パジャマを着て、短い髪をドライヤーで乾かして、ベッドにダイブする。
それから、ボーッとすること数分。
「どうしたらいいんだろ」
ボクは枕に顔を埋めて言った。
※※※
翌朝、ボクは、いつも通り、朝の支度を済ませ、玄関の戸を潜る。
そして、ある女の子が視界に入った。
「秋野さん?」
「おはようございます。先輩。今日はちょっと遅いんですね」
「あー、うん。うん?まあ、そうだね。昨日のことを考えてたから」
「そうなんですか?嬉しいです。先輩の一日を私が占領したみたいで」
「そう言うものなの?」
「そういうものです」
そう言うものなのかぁ……まあ、確かに、昨日一日、ほとんど秋野さんのことを考えていたから、間違ってはいないのかもしれない。
でも、やっぱり、この子と付き合うという光景が、全く想像できない。
「ごめんね。答えてあげられなくて」
「いえ。全然気にしません。先輩がそういえ方だって知ってて、告白したんですから。いつまでも、待ちますよ」
「うん。ありがとう」
「それよりも、先輩」
「なに?」
「手、握ってもいいですか?」
「えっと……なんで?」
「なんでって……言わせるんですか?キャッ」
わざとらしくいう秋野さんに、苦笑いがこぼれる。
なるほど、話したくないんだな。
「いいよ。別に。減るものでもないし」
「減ります!先輩のキレイな肌が汚れます!!」
「そんなことないと思うよ?」
「そんなことあります!!先輩はきれいで清楚で、かわいくて、かっこよくて、私の永遠の憧れなんです。そんな人に私なんかが触れたら、汚れちゃいます!!でも、でもぉ」
「あはは、そんなに迷うものなのかなぁ?」
ボクは、アタフタとする秋野さんの手を握ってあげる。
「ほら、これでいいんだよね?」
「ふぇ?」
「どうかした?」
「ひゃぅ……」
「え、ちょっと、秋野さん?大丈夫、秋野さん?」
泡を吹いて気絶とまではいかずとも、軽く意識を失っている。地面に頭をぶつけないよう全身で支えてあげ、口元に指をかざし、呼吸を確認する。
すぅすぅと、定期的なリズムで息が当たったので、呼吸は問題なさそうだ。
「うーん、どうしよ」
ボクは、秋野さんを抱き上げ、通学鞄を右肩に提げる。一応、鍛えておいてよかった。秋野さんの体重は、思ったより軽く、ボク一人でも全然重く感じないくらいだった。
「軽いな」
女の子とはいえ、朝を抜いたりとか無茶をしていないといいんだけど。ボクはそんなことを思いながら、学校へと向かう。
歩いて二十分くらいの距離を、女の子一人を抱いて行くのは意外ときつかった。
※※※
「おはようございます」
「おはよう……ん?いや、ちょっとまて、加賀美、お前、なにをしている?」
しれっと校門を潜ろうとしたが、先生に止められてしまう。
「なにをしている、とは?」
「その……なんだ?なんで、お前は秋野を何で抱いて登校しているんだ?」
「登校してるときに、寝ちゃったからですよ?なに変なこといってるんですか」
「おかしいのは、お前だからな!!俺がおかしいみたいに言うな!」
「はいはい。わかりましたよー。保健室に連れていくんで、ホームルーム遅れまーす」
「わかった。できるだけ早く教室に来いよ」
「はーい」
先生と話終えると、ボクは保健室へと秋野さんを運んでいった。
※※※
下駄箱で秋野さんの靴を脱がせて、上履きに履き替えさせた後、ボクも上履きに履き替える。ずっと抱きっぱなしだったことにより、直接揺れが来たせいなのか、秋野さんの目が覚めた。
「おはよう。お寝坊さんなんだね」
「せ、せせせせせ、先輩!?何で私……」
「手を握ったとたん寝ちゃったから、その場で放置するわけにもいかないし、抱っこしてきたけど、よかった?」
「ぜぜぜぜぜぜ、全然いいです。むしろ、これからずっとこうしてほしいくらいです!!」
「それは、ボクが疲れるからむりかな。それより、体、大丈夫?痛みとかない?」
「はい!全然、ピンピンしてます!」
「それじゃあ、降りてくれる?」
「え、えっと、そ、それは……」
口ごもる秋野さん。うん、なんとなーくだけどわかってたから、ボクはそのまま保健室へと連れていく。
その間、寝たふりをし始めるこの子に、すごい胆力だなと感心した。
それから、数分も経たないうちに、保健室へとついた。ボクは保健室の扉を軽く叩き、なかに保澄先生がいないか確認する。
「はーい、ちょっと待ってねー」
中から、女の人の声が聞こえる。うん、保澄先生の声だ。去年、結構お世話になったから覚えている。
「あら、晶ちゃん。それと、腕の中にいる子は……鈴音ちゃんね。珍しい組み合わせね。どうかしたの?」
「登校中に、寝ちゃったので、何かの病気かなって」
「先輩!?」
「ごめんごめん。冗談」
「もー、先輩はぁー……ふへへ」
ヨダレを滴しながら、にやけている秋野さんの口元をハンカチで拭う。秋野さんは「すみません」と、いいながらも、まだにやけていた。
「そういうことね」
保澄先生は、ため息をつき、呆れたように言う。
「晶ちゃんは教室に行ってていいわよ」
「わかりました。鞄は持たせますね」
「ええ、そうしてくれると助かるわ」
「えー、先輩もういっちゃうんですか?」
「授業もあるから。それじゃ、秋野さん、身体に気をつけて」
ボクがそう言って去ろうとしたら、バタンと大きな音がした。咄嗟に振り返ると、秋野さんの下敷きになっている保澄先生の姿があった。
「何してるんですか……」
「いきなり鈴音ちゃんがこっちに倒れてきたから、受け止められなかったの。それじゃ、遅刻しないようにね」
「はーい」
さすがに、これ以上は構っていられないと判断し、ボクは教室へと、移動する。
教室へつくと、いきなり皆に囲まれた。
「加賀美さん、今朝のあれなに!?」「私も頼んだらやってくれる?」「それより、昨日の告白どう答えたんだ?」「加賀美に告白!?」「何て無謀な……」
うーん、ボク、聖徳太子じゃないから、聞き取れないんだけど?
「とりあえず、一人ずつ話してくれない?」
ボクがそう言うと、皆がそれぞれ目配せをして、誰から聞くか探りあっている。
たった数秒のアイコンタクトで、意志疎通がとれたのか、ボクの目の前にいた、ちょっと、茶色っぽい髪の毛を短く切り揃えたのが特徴の、栗栖さんが、一歩前に出てきて、ボクの服をつかんで尋ねてきた。
「どうやったら、私も加賀美さんの腕の中ですやすやできるの!?」
いや。知らんがな。
ボクはツッコミを、我慢する。聞きたいこととは違ったのか、男子たちからは、ブーイングの嵐。一部の女の子も、それに混ざっていた。
「お前ら、邪魔」
教室の目の前で、囲まれていたからか、ホームルームをするつもりできた先生から、お叱りの一言が落ち、ボクらは蜘蛛の子を散らすように解散した。
※※※
放課後、裕実と話していたボクのもとに秋野さんがやって来た。
キョロキョロと、誰かを探していると、クラスメイトから声をかけられ、アワアワと焦って、キレイな黄色い瞳を泳がせていた。もとの低身長と相まって、小動物的で、かわいい。
そんなことを思っているボクを、隣でじっと見つめていた裕実が、ボソッと呟いた。
「意外……」
「なにが?」
ボクは突然、発された一言に、つい反応してしまう。
「いや、ほら、アキラって、『男子の方がいい』ってよくいってたから。ああいう子に対してなにがしかの感情を抱いているのが意外だった」
「そう?かわいい子を見てかわいいって思うのは普通じゃない?」
「うーん、そうじゃないんだよなぁ……ほら、あれ。よく男の子が、特定の女子に抱く独占欲的なあれ」
「ごめん、全く意味わからない」
「えー、わかんないかなぁ?」
「うん。全然。それじゃ、ボクは行くから」
「ん、りょー(やっぱり、なにかあるのかな?)」
なにもないよー。告白を保留したくらいだよー、と、ボクは裕実の疑惑に、心の中で答えておく。
裕実に黙っていることは正直心苦しいけど、秋野さんの頑張りを、無碍にすることもできない。
だから、ちゃんと、あの子との関係が確定してから、裕実に言おうと思う。
「ごめん。待たせた?」
「せ、せんぱーい……」
すごくやつれた感じで、目には涙を浮かべ、すがるように、秋野さんはボクの後ろに隠れた。
「皆、この子に何してたのさ……」
『…………』
「なぜ揃って目をそらす……」
『だって、面白そうな情報持ってそうだったから』
「なんで、揃って同じことを言う……」
なんか、クラスの意志疎通能力が高すぎてボクの処理能力が追い付かない。
まあ、いい。そんなことは、重要なことじゃない。
「秋野さん、何かされなかった?うちのクラス変態しかいないから」
「はい。変な人たちでしたけど、なにもされてません」
ならよし。結構、辛辣なこといってるけど、まあ、その程度で、傷つくような人はいないので、気にする必要もないだろう。
「それじゃ、帰ろっか」
「へ?」
「違った?てっきり一緒に帰りたいから、呼びに来たのかと思ったけど」
「違いません!先輩と一緒に帰りたいです!!」
「じゃ、帰ろっか」
そう言ってボクは歩きだそうとした。すると、秋野さんが突然腕にしがみつく。
あ、自分から行動するぶんには大丈夫なんだ……。
ふんふふーんと鼻唄を歌い、上機嫌な秋野さんを連れ、ボクは帰路に着く。
それにしても、なんで、この子はボクのことをこんなに気に入っているんだろ?たぶん、昨日が初対面だったはずだし……って、よく考えたら、家を知っているのもおかしい……親戚だったら、なんとなく覚えてるはずだしなぁ……ホントになんでなんだろ?
そんなことを考えながら、ついた帰り道は、秋野さんの寄り道によって、いつもより長く感じた。
※※※
そんなことがありながら、一年。秋野さんとの関係はひとつとして変化しなかった。
いや、正しくはない。沢山変わったことがあったが、呼び方や、先輩と後輩という関係性から変化がないというだけなのかもしれない。
はじめて会って、翌日、手を繋いだだけで気絶していたころとは違い、手を握っても、ふへへと、ちょっと気持ち悪い笑いを漏らすくらいに変わっているし、ボクも秋野さんに、変な気を回さなくていいくらいには仲良くなってはいる。
だけど、それを関係が変わったというのは、ちょっと違う気がするのだ。
たしかに、秋野さんのかわいいところは沢山知った。裕実もなにか察したかのような動きをするようになってるし、兄さんも『自分の気持ちに素直になれよ』と、中々にキザな台詞をはいてきたりして、中々にキモかった。
けど、それは、ボクの心境の変化と言えるのだろうか?ボク自身が、彼女に対して、新たに感情が芽生えたという実感はない。
実感がないものに素直になるなんて無理な話だ。
だから、ボクは秋野さんを、一年前、彼女がボクを呼び出した、校舎裏へと呼んだ。
たぶん、いつも通りの日常を過ごしていたら、『心境の変化』という実感は持てない。なら、初心忘れるべからず。初めてあったあの日、あの瞬間と比較する。
そうしたら、ボクが秋野さんに、抱いている感情というものの自覚が持てると思う。
いつもと違う感覚に体が固くなり、緊張している自覚がある。もしかしたら、秋野さんもこんなこと考えながら、ボクのことを待っていてくれていたのかと思うと、なぜか嬉しく思った。
体育館の中からの視線が妙に多く感じる。もしかしたら、一年前のこのときも、沢山の人が秋野さんの告白を見ていたのかもしれない。
よくよく考えたら、放課後の部活動中に、体育館裏なんかに呼び出されたら、注目されるのは必然だった。
沢山の招かれざる客に怯えながら、一年前と変わらず、お世辞にも高いとは言えない身長の女の子が姿を見せた。怯えてる姿もかわいいなと感じ、抱き締めたくなる衝動をなんとか抑える。
ボクはしっかりその少女の姿を視界に捉え、小さく深呼吸すると、少女のもとへと近づいていく。
「ありがと。来てくれて」
「い、いえ。それより、急に話ってなんですか?それに、なんだか、結構、人がいるように思うんですけど……」
「それについては、気にしないで。勝手に覗いてるだけだろうし、それに、秋野さんがこうしてきてくれてなんだか、とても嬉しくて、周りの目が気にならないくらいには興奮しているよ」
「え……」
「ごめん、引いた?」
「いえ。その、先輩が感情を言葉にしてくれるのが珍しくて、驚いちゃいました」
本当に驚いたのか、さっきまでの怯えていたとは思えないほど落ち着きを取り戻していた。この子、小動物的なメンタルなのに、芯は図太いからこういう状況下でも、ちょっとしたきっかけで平静を取り戻せれるところが本当にすごい。
「そっか。ならよかった」
ボクの体は再び緊張する。それから、何度も他愛のない話をしては緊張してを繰り返す。
そんなやり取りをじれったく思ったのだろうか?誰かが『早くしろー!!』とヤジを飛ばしてきた。
言われなくても、わかってるよ!ていうか、君ら関係ないんだから、見るのやめてよ!!
ボクは心の中でヤジを飛ばしてきた人に言い返す。
今度こそと、大きく深呼吸をして、秋野さんを見る。
ぱっちりした黄色い瞳に、幼さの残る顔立ち。その子供らしさを武器にしたかのような長い黒髪のツインテール。
ボクより十数センチ小さい体躯に、庇護欲を掻き立てられる。
いつも、先輩先輩と、頼ってもらっていた一年は、悪いものではなかったし、この子がいない日常がもう、ボクには想像が出来ない。
それほどまでに、秋野鈴音という少女は、ボクの大部分を占めるようになっていた。
そう思うと、一年前から気持ちが変わっていないか、とても不安で、やっぱり、『仲の良い先輩後輩』の間まで良いような気さえしてくる。
けど、それをいやがる自分がいることもまた事実だった。
「先輩?」
不安そうに覗き込んでくる、秋野さんに対して、ボクは彼女の瞳を見て、彼女を抱き寄せ彼女にだけ聞こえるように呟いた。
「好きだ」
息を飲む音が聞こえると同時、彼女の全体重がボクに襲いかかる。
不意打ちに弱いところは変わっていないらしい。
「私もですぅ……晶さん」
ボンッと顔が暑くなるのを感じた。