憶う
今、俺は
屋上の金網の隙間から
下の広場で遊ぶ子供を
何気なく見ていた。
元気に走り廻る子供は
誰かの付き添い連れて来られた子なのか
無邪気に走る子供を羨ましいと
思いながら
何処か憎しみと嫉妬の目で見ていた。
何の責任の想いを背負わず
笑顔を振りまく子供に
対して
ここは、病院だ。
俺の婚約者は、3階の病室にいる。
彼女は、膵臓癌
余命もあと半年持ちか分からないと
医者に言われた。
どうする事も出来ずに
彼女と向き合あって
笑顔を作るのにも疲れた。
何も出来ない自分に苛立ち
憔悴しきっていた。
彼女は、そんな俺を気遣い
優しく話かけてくれる。
彼女の方が病気なのに
俺が励まされてるなんて
その状況に耐えられず
何か飲み物を買って来ると言って
病室を抜け出し屋上に来て
頭を冷やしていた。
そろそろ戻らないと思っていた時に
後ろから
声をかけて来るか奴が現れた。
「あの〜お困りのようで」
振り向くと葬式帰りかと
思うくらい全身が黒のスーツで
この病院では、不謹慎な格好の男だった。
ニタニタと笑い
俺の隣に来て
「事情をお聞かせ下さい。」と
言って来た。
初対面で俺の事情なんか
話せるかと思っていたが
徐々に込み上げる思いが溢れ出てしまった。
黒い男は
自分が、喋る間ただ頷くだけで
俺が、吐き終わるの見計らった様に
語り始めた。
「実は、私
悪魔なんですよ。」
急に、この男は何を言い出すんだ
なんか、おかしな宗教の勧誘か?
「疑ってるでしょうけど
まぁ最後まで話を聞いて下さい。
あなたの望みを
叶える事が出来ますよ。
でもね
代償が必要です。
そうだなぁ....
あの子で、いいか」
黒い男は
病院の噴水がある広場で
遊んでいる6歳ぐらいの男の子
を指差した。
「あの子の命と引き換えに
彼女さんを助けてあげますよ。
これに、サインしたら」
黒い男は、小汚い古めかしい
いかにもと言う契約書を差し出した。
「ここに、サインするだけ
そうすれば彼女は助かります。
あなたや彼女に対する。
物理的な代償は、ありません。
ノーリスク
ハイリターンです。
こんな美味しい話は無いですよ。
ただね
リスクがあるとするなら」
黒い男は
人差し指を俺の顔前に出し
その人差しがゆっくりと下降して
丁度、胸の前で止まり
俺の胸に軽く触れた。
「あなたの罪悪感です。
精神的リスク
あなたは、これから罪悪感を抱えて
生きていかねばなりません。
子供を殺したと言う事実を胸に抱えて
どうしますか?サインしますか?」
迷いはあった。
罪ない子供を犠牲にして
彼女を助けるなんて
インチキかもしれないし
もし、この話を彼女したら
心優しい彼女は反対するだろう。
でも
もう耐えられなかった。
嘘でもいい
何かに縋りたかった。
彼女が、目の前で衰弱して弱っていき
死を見届けるなんて
俺が、黙っていれば
俺一人で抱えれば済む話だ。
この世界には
多くの人、子供が死んでる。
あの子供は運が無かっただけだ。
それに嘘かもしれない。
「あの子供はどんな死にかたを
するんだ?
苦しむのか?」
「そんな心配は、ご無用です。
何も感じず
何も分からないまま
一瞬です。
オモチャのスイッチを切るみたいに」
「そうか...」
人間、死ぬ時は
壮絶な苦しみで死ぬ人もいる。
そう考えれば
あの子供は幸せじゃないか.....
そう自分に
言い訳して
契約書にサインした。
広場の噴水の近くで
母親の泣き叫ぶ声が聞こえた。
騒つく大人の声が耳に入って来る。
本当だったんだ。
この男は、本当に悪魔だったのか
じゃあ
彼女は助かる
でも
彼女が助かる安堵と同時に
母親の嗚咽が重くののしかかって来た。
しょうがないじゃないか
本当の悪魔だと誰が思う。
俺は悪くない
悪くない!
戻ろう
彼女の所へ
彼女の笑顔を見れば少しは気分が
晴れる。
黒い男を背にして
屋上から降る階段に差し掛かった所で
黒い男の声が聞こえた。
「これは、一人ごとなんですけどね。
いや〜酷い話だなぁ
実は、ここに来る前
彼女の病室に行って
同じ契約の話を持ちかけんですけど
彼女は断ったなぁ
断ったから
もう用はないと思い
立ち去ろうしたら
彼女がねぇ
「彼氏が屋上にいる」と言うですよ。
逃げる様に
屋上にいる事
バレバレだったみたいだなぁ〜
馬鹿な男だ。
彼女は何故?
わざわざ彼氏が屋上にいると言ったのかなぁ
それに、私と会った事すら
黙っていて欲しいと言ったもんだ。
まさかね
自分は“契約をしたくない”から
“彼氏に押し付けた”んじゃないかと
まぁ
私の憶測ですけどねぇ
まんまと彼氏は契約した。
なんとも
哀れ
はははっはっはははっはぁ」
悪魔の高笑いを背に
鉛が入ったみたいに重い足取りで
彼女病室に入った。
正気を失った淀んだ俺の顔を見た。
彼女は
嬉しそうに微笑み返した。
「どうしたの?大丈夫」