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チート転生者に最愛の妹は娶らせない!  作者: 千早一
第1部:【FATE】恋愛は運命から始まる。物語は因縁から始まる。そして兄妹は……
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第1章:おお、クズマ! フラれてしまうとはなさけない! ~〈転生者〉、襲来!~

「ん……? ココは……森?」


 茨木葛麻。

 異世界・ディフェに転生されたこの少年の名前である。

 転生後のこの世界では〝クズマ〟と名乗ることになる。

 

 今、クズマは大木を背に座っている。

 目覚めたばかりで、やけに朝日の木漏れ日が眩しい。

 視界には茂った木々や草草が一面に広がり、蛍のような光がチラホラと見えている。


(立川にこんな森あったか……? ってか、俺がそんなところに行く訳ない……)


 元〝引きこもり〟のクズマは混乱していた。

 ラノベなどの主人公だったら、不甲斐ない態度に見えてしまうかもしれない。

 しかし、知らぬ間に知らない場所で知らぬうちに起きたのだ。

 一般人としては、当然の反応。大目に見てあげよう。

 今後も暖かい目で見守ろう。うん。


 閑話突入――〝私〟こと語り部の暫定的役目は『主人公を見定める』こと。

 個人的には、いち早く自分の正体を明かし、大いに活躍したい。

 だが、とりあえずは模範的なストーリーテラーに徹したいと思う。

 自制し切れずに、このように突如現れることもあるが……愛嬌というヤツだ。

 出しゃばって、〝私〟なりの金言を述べる時が最高の見せ場だと信じている。

 ということで〝君〟たちにとって、有益な存在でありたいと思っている。

 閑話休題――『エピローグ』で〝私〟の正体を含めた『答え合わせ』を行う。


(そういえば……俺はパソコンしてて……動画見てて……)

 

 4月の穏やかな春の朝に転生されたクズマはラッキーである。

 ココ、ヒーニ地方では日本のように豊かな四季が巡る。

 もし不幸にも真冬の夜の森に生み落とされていたら、産声さえ上げられずにガタガタブルブルカチンコチンの凍死で永眠するハメになっていただろう。


(そうだ……俺は死んで……大女神様とやらと契約をして……)


 ただ、転生してくれる女神はそこら辺をちゃんと配慮してくれている。

 いきなり『極寒の地で全裸スタート!』も面白いと思うが、最初から物語が詰む可能性が高いのでNGらしい――優しいというよりは、都合の良い設定だ。


(もしかして……本当に異世界に転生しちゃったのかッ!?)


 クズマの心は期待半分と不安半分で占められていた。

 彼は『第666世界・天の川銀河・太陽系・地球・日本・東京都・立川市・○○町にある第△中』で中学2年生として平凡な日常を送っていた。

 才能・能力・見た目の全てが中の下。厳しく見ると、下の下である。

 強いて平均以上と評価できるのは、情熱的な隠れオタクの要素くらい。


(俺は元の世界で死んだ……あれは夢じゃなかった……?)


 〝転生あるある〟だが、クズマはひょんなことから亡くなってしまった。

 死因は『笑い死に』とだけ明かしておく。

 ――昨今のなろう系、死因が適当になっている気が……だが、それで良い。


(大女神様……ありがとう! 一生愛する! 崇拝します!)


 死後、クズマは女神と〈世界と世界の特異点〉で強引に契約を結ばされた。

 ――よくある話だ。

 そして、今ココ〈起承転結の森〉という神秘的な場所に至る。

 ――コレもよくある話だ。

 『よくある』と連呼しているが、仮にもクズマは死という不幸な目にあった。

 少なからず憐憫の情を覚えてしまうのが人情というモノ。

 思ってくれた方にはクズマの代わりに礼を述べておく。


(新たなる旅立ち……異世界ライフ……最高だッ!)


 しかし、同情する必要は無い。

 中2の隠れオタクにとっては『異世界転生』とは夢そのものだからだ。

 クズマにとって、異世界転生は不幸中の幸である。むしろ、本望。


(……とりあえず、少し振り返ってみるか!)


 『女神』『転生』『アトラス』と急に言われて困っている人もいるはず。

 早速だが、クズマの回想を共有して、この世界の最低限の知識を蓄えておこう。

 ちなみに、現在、クズマが滞在中の世界は〈第7世界〉と呼ばれる。

 

 ――これからの彼の思考は長々しいので、流し読みを推奨しておく。特に長文。


(えっと……まず、魔法が使えるって言ってたな……異世界らしいぜ!)


 第7世界の存在は〈マオ〉という不思議なエネルギーを知覚できる。

 ただ、何かと面倒なので、『魔力』と分かりやすく言い換えておく。

 この世界では科学が発展していない等の諸事情により、色々と説明が難しい。


 閑話突入――という訳で〝私〟が科学的に説明しよう。

 〈マオ〉とは原子番号0〈M〉という元素。空気や人間といった混合物にも〈マオ〉は含まれている。厳密には、外界(世界)に存在するモノを〈マナ〉、内界(自身の体内)を経由したモノを〈オド〉と区別する。〈マオ〉は『原子番号0』から連想されるように、『0』や『大アルカナ:愚者』の性質を所有する。要するに、第666世界でもお馴染みの『表周期表』や異世界では発見済の『裏周期表』などに記載されている全ての元素との反応が可能であり、一定の条件(例:〈オド〉に変換する)を満たすと己の意志で自由自在に使用できるということ。この万能性から〈マオ〉は『STAP元素(正式名称:作者に都合の良いアトムパイパン)』とも呼ばれている。ココで余談を1つ。とある時の科学者が以下の名言を残した。『科学なんて99%はつまらない物の積み重ね』。最後の1%を証明できない限り、科学とは不完全で……つまらない。未だにダークマターを観測できていない科学に失望する人も居て当然だ。だが、その1%を解明した後に待ち受ける素敵を追究する者を蔑む行為は愚かだと言える。ブラックホールの初観測が達成された時、少なからず『イベント・ホライズン・テレスコープ、マジ中二ネーム。科学マジスゲェ』と思った文系も確かに居るはず。逆も然りで『じゃあ、マナの実在を証明してくれます? 無理だよね? 実に非科学的だ』と理系が自らの不完全を晒して、夢や希望や魔法を頭ごなしにブチ壊すのも最低だ。お互いに尊敬し、協力するべきなのである。総括すると、〝私〟が第7世界の森羅万象を説く際に、完全に証明する必要は無いということ。うん。あえて1%くらい謎を残しておいてあげるのだ。うん。本当は全てを話せるのだけど、長いとアレだしね。うん。現にこの段落が長いから流し読みした人も居るでしょ? 配慮というヤツだ。うん。良い話っぽいので誤魔化そうとはしていないぞ? うん。……という訳で! 長々となった説明をまとめる! こうだ!第7世界の大半の存在は〈魔法〉を発動できる。

 閑話休題――この世界にもマッドサイエンティストは存在する。




(あと……〈ノダメ〉みたいな能力……よく分かんなかったな……)


 〈ノダメ〉とは『相手のステータスが視覚化』されるという視覚機能だ

 FPSゲームで右上にHPバーが表示されるような感覚だ。

 ――この非現実的機能については後に詳細が説明されるだろう。


(ココはディフェって惑星……基本的には地球とソックリらしい……)

 

 『太陽と月』のような星と衛星もあり、暦や1日の長さなども一緒。

 ただし、ディフェには〈世界の果て〉がある。

 地球平面説が唱えたように、惑星は平面状で、端があるということだ。

 ――端の先には〈冥界〉へと続く奈落への滝が待ち構える。


(大陸は1つしか無い……『パンゲア大陸みたいな超大陸』……何だそれ?)


 大きさは『地球にある全大陸がくっついた』と考えれば良い。

 形は『イタリアがひっくり返ったような逆さ長靴の形』をしているとイメージしてくれ――超大陸は海によって囲まれている、


(今、俺が居るのは……ヒーニ地方だっけ?)


 この大陸は13の地方に分けられている。

 ――13の国家があり、国境が設けられているからだ。

 ヒーニ地方は長靴でいうつま先の部分(最北東端)で、とある帝国の領土。


(えっと、ディフェには3つの存在がいる……まず、さっきの大女神様だ!)


 1つ目、超越的存在の〈女神々〉。

 『勝手に天地創造して、失敗作だから捨て去る』などという無責任な行為はしない。世界の秩序と混沌を四苦八苦しながらも管理している

 ――〈大女神〉様、バンザイ!


(んで、俺みたいな人間がいる……エルフとかもいるらしい……)


 2つ目、知的生命体と言われている〈人類〉(人間とも言い換えられる)。

 種族は『ヒューマン・エルフ・ビースト・デーモン・ドラゴン』の5つ。

〈人類〉として認められる基準は『国家レベルの文明と繁栄を誇る種族』。


(最後にモンスターか……ドラ〇エか? FFか? ……そそるぜ!)


 3つ目、地球でいう動物・昆虫的存在の〈モンスター〉。

 『スライム・ゴブリン・ペロリンスットントン』などと多種多様に息づいており、人間のように高い知識や戦闘力を有しているモノも数多くいる。


(文明レベルは15世紀のヨーロッパ程度らしい……スマホとかは無いな~)


 ココではクズマは少し誤解している――文明レベルが低いという訳では無い。

魔法のおかげで異なる発展を遂げていて、生活水準は21世紀の地球の先進国並みに充実している――政治・法律などもしっかりと整備されている。




(さて、コレくらいだな。長過ぎてもつまらない……クソゲーの序盤と一緒)


 クズマは女神と契約を結び、以上の説明をされた。

 だが、コレだけだ――ヒントやアドバイスは一切もらえなかった。

 つまり、説明書を読んだだけ。ぶっちゃけ、何も知らない清らかな状態だ。


(……この異世界ではどんな冒険が待ってるんだ!)


 閑話突入――コレでは全貌を解説はできていな

 そうだな……手助けとして……ある少女の授業ノートでも小出ししよう。

 閑話休題――クズマよ、どんなに退屈でもチュートリアルは慎重に。




(まあ、ガナビーオケストラ……ってか、なんか臭い……手元に何かある……)

 

〈クサヤ〉が置いてあった――クズマは名称を知る由もない。

 その名の通り『草』である。

 見た目はパクチー。発酵した魚のような独特な匂いだ。

 強烈な臭さから『モンスター避け』の効果があることで有名である。

 






「あっ! 起きたんですねッ!」

 

 透き通るような声に反応して、クズマは顔を上げる。


(うわっ!? ……お、女の子?)


 そこには少女が立っていた。ホッとした安堵の表情を浮かべている。


(め、めっちゃ可愛い……くぁわいい過ぎる……)


 クズマは『天から女の子が落ちてきた!』くらいの衝撃を受けている。

 遠目から見ても、一目で美少女だと分かるくらいの圧倒的可愛さだった。

 ちなみに、彼女の服や髪の毛に葉っぱが付いている

 ――おそらく草木をかき分けて来たのだろう。


(コレが恋愛フラグ……異世界、最高過ぎる……)


 クズマは自分の顔がドンドンと熱くなっていくのを感じていた。

 『背は140cm……俺より10cm低いくらい……同い年? ちゃんとおっぱいの膨らみはある……Bカップ?』などと不埒なことを考えている。


(銀髪碧眼とかマジ異世界……マジでくぁわいい……)


 クズマがこうも浮かれてしまうのも仕方ない。 


 地球では見たこともない艶やかで美しい銀髪のロングヘア。

 コレこそ白銀。木漏れ日で輝く銀髪は宝石の光の乱反射よりも神々しい。

 きめの細かい色白の肌は銀世界のように潔白で清らかである。

 可愛らしいパーツのみで構成された小顔の端整な顔立ち。

 全てが完璧であると断言できる。

 特に美少女の証ともいえるクリクリとした大きな猫目の碧眼は、万人を吸い込むような魅力だ――吊り上がっているというキツい印象は受けない。むしろ包み込むような優しさを感じさせる。


(元の世界だと金髪碧眼(笑)が限界……しかも、ロリぃ……)


 ロリコン予備軍のクズマは思うのだった。

 ――年齢的に彼をロリコンとは呼べないのが悔しい。


(もし〝異世界の美幼女〟って概念があれば……この子のことだ……)


 『カノジョいない歴=自分の歳』のクズマには刺激が強すぎて、メロメロの魅了状態になりかかっている――幸い〈クサヤ〉の臭さのおかげで正気を保てているが。


「良かった……何回呼んでも起きなかったから……本当に良かった!」


 美幼女はクズマに近づき、しゃがんで、目線を合わす。

 彼女はクズマを心から心配している――目はウルウルと涙ぐんでいる。

 声も震えていて、演技のようなわざとらしさは一切感じられない。


「………………」


 クズマと美幼女の顔の距離、およそ30cm。


(どどどどうしよう!)


 ゲーム風に言うと『クズマはパニック状態に陥った!』。

 クズマは大女神の〈転生者システム〉によって召喚された〝選ばれし者〟。


(そうだな……『ありがとう。可愛いお嬢さん。キリッ』とでも言うか……) 


 とはいえ、まだまだ駆け出しの転生者。

 ゲームスタートしたばかりの『レベル1・勇者』のようなビギナーだ。

 クズマは転生前から得意にしている『ヘタレ』という魔法を発動する


(……なんて言えてたら、前世で苦労してねぇえええ!)


 当たり前だが、人とはそう簡単には生まれ変われない。

 百歩譲って『簡単に人生を好転させられる』ことができるとしよう。

 ならば、どの世界でも、誰もが幸福であり、異世界転生を望む者など皆無だ。


(こんな大女神様以上に神々しい存在がいるだろうか……いや、いない!)


 クズマは半信半疑の状態に戻ってしまう――実に愚か。

 もしもクズマが『一生の傷となり、黒歴史と化した、中1の夏の大失恋(笑)』を経験していなかったら、素直に美幼女の存在を信じられたのかもしれない。

 クズマはぶっきらぼうに答える。


「あの……その……どうも」


 小声で、視線を逸らし、ポリポリと頬をかく。

 ――この中二病にさえなりきれない体たらく、ああ恥ずかしい。

 美幼女が目の前にいるから、結局は照れを隠し切れず、中途半端な態度。

 どうせなら『興味ないね』とでも発言しておけば、まだ謎のカッコ良さを醸し出せたものの――しかし、〝ヘタレ〟には無理である。


(……やっちまったぁあああオロオロォオオオオオオオ!)


 クズマは悲嘆する――心の中では土下座のポーズになっている。

 だが、彼の中二病と人間不信とひねくれは年相応だ

 ――〝変態紳士〟としては失格だが。


(ぬぁあああ死にたぁああああいやぃああああああああ!)


 自業自得の過去から生じる猜疑心。

 それでも捨てきれない絶世の美幼女への恋心。

 この思春期特有の葛藤を一度でも経験したことがある者ならば、誰がクズマを嘲笑できるだろうか――いや、できない!

 ただ、共感が混じった失笑やら苦笑やら憫笑やらは禁じ得ない――ガハハッ!


「あっ……もしかして〈クサヤ〉が!? く、臭いですよね……ごめんなさい!」


 美幼女は申し訳なさそうに頭を下げた。


(えっ!? なにこの天使ッ!? いや、勘違いさせちゃいけないッ!)


 謝らせるつもりでは無かったクズマは狼狽える。

 彼は気の利いたセリフで場の雰囲気を取り戻そうと試みた。


「いや、その、違う、というか……あの~う~ん……その~……えっと~……」


 やはりというか〝ヘタレ〟のクズマはアタフタとする以外の選択肢は無かった。


「モンスターが寄らないように置いたんですけど……今すぐ燃やしますね!」


 気さくな美幼女はクズマの手からそっと〈クサヤ〉を取った。

 その際に、微かだが2人の手と手が触れ合った。


(おはわぁあああああああああああああああああああああああ!)


 クズマは悶絶する――燃え萌えしてしまった。

 ――母親以外の女性と肌が触れ合うのは小4以来である。


「よしっ……『萌え萌え、燃え燃え〈フエゴ〉』!」

 

 美幼女は右の人差し指で〈クサヤ〉を指差し、朗唱した。

 彼女の人差し指の先から、十円玉くらいの大きさの火の玉が生じる。


(うわっ、魔法だ!)


 クズマの言う通り、ほぼ誰でも使える初級コモン魔法だ。

 ――初級は生まれたばかりの赤ちゃんでも使える程度の魔法だ。

 火の玉はフラフラと飛んでいき、〈クサヤ〉に触れると、一瞬で燃え尽きた。


「アチュッ!」


 美幼女の手放すタイミングが少し遅かった。

 燃え上がる〈クサヤ〉の熱さが手に伝わり、思わず声が出てしまう。


「だ、大丈夫ッ!?」


 クズマは咄嗟に美幼女を心配する。

 クズのような心に腐りかけていたが、彼の性根は純粋で優しいのだ。

 ――本当は良い男の子なのだ。本質は善良なのだ。ほんの少し前世では巡り合わせが悪かっただけなのだ。きっかけがあれば、主人公になれるのだ。



「だ、大丈夫です! ありがとうございます!」


「あっ……うっ……どうも」


「それよりも……はい! 〈ヤクブツソウ〉です!」


 〈ヤクブツソウ〉。見た目はホウレン草。

 効果は『HPを30程回復させる』。

 ちなみに、かなり苦い味。


「えっ……俺に?」


「はい♪ 本当は煎じて〈ポポポポーション〉にした方が良いんですけど……」


「そ、そんなことまでしなくても大丈夫だよ!」


「……わかりました! じゃあ、『あ~ん』してください♪」


 美幼女は右腰のポーチ袋から〈ヤクブツソウ〉を取り出し、クズマに食べさせようとする――クズマは『あ~ん』という言葉を咀嚼できていない。


(あっ……)


 取り出す際に、美幼女の羽織っている茶色のローブが少しだけはだけた。

 彼女は質素な紺色のエプロンを着用していた。

 その下に白色ワンピースを着用しているのが垣間見えた。

 この要素だけで、異世界オタクのクズマは『おそらく近隣の村娘だ』と推測した――その推測は正しい。


 クズマは異世界で生き抜くために必要な素質の1つを備えているようだ。 

 それは情報収集能力。未知の環境に適応するには、兎にも角にも『情報』が必要だ――他に『危機回避能力・問題解決能力』などはあるが、後回し。

 ちなみに、卓越した推理力を持つ者であれば、すでにこの美幼女の正体を解明しているかもしれない。


(……たとえこの子が『覇王村娘』だったとしても……関係ないッ!)


 ただ、クズマにとって、美幼女の正体は、もはやどうでも良いようだ。


(クズの俺なんかのために……ココまでしてくれたんだ……ううぅ……)


 クズマは気付いていた――美幼女が伸ばしている手にいくつものかすり傷があることに。おそらく〈ヤクブツソウ〉を摘んでいる時に負った傷だろう。

 彼は心の底から感動していた。


(美幼女がココまで俺のことを心配してくれている……ううぅううううう!)


 クズマは基本的にチョロいハートの持ち主である。

 つまり、この時点で完璧に恋に落ちた。


(大女神様……転生……この美幼女に出合わせてくれて……マジマンジ感謝!)


 実際、今は感極まって涙ぐんでいる。


(もうハーレムルートなんて要らない……)


 クズマは心の底よりも深い魂の在り処から感謝していた。


(そんなことを望んでいた自分が恥ずかしい……)


 昨今の『異世界モノ』では、必ずしも主人公が『運命の相手』と出会えるとは限らないことを、彼は十分に理解している

 ――こうして美幼女と出会えたのは奇跡だと理解している。








(俺……コレからの新たなる異世界ライフを……この子に捧げるんだッ!)




 だが、詰めが甘いのがクズマである。

 この時、彼は自身を〝選ばれし者〟だと妄信した。

 現にクズマは正しいのだ――ヒー・イズ・ザ・チョーゼン・ワンなのだ。

 しかし、クズマは浅はかであると言うしかない――バカ・ヤロウなのだ。

 『あっ……』と察した方、あなた方も正しい――今後も期待している。

 一方、クズマは無自覚にも死亡フラグを思ってしまったことを察していない。





「ドスコォイ!」


 肥えた男性の低い声のような雄叫びが響く。

 美幼女は驚いて振り返る――握っていた〈ヤクブツソウ〉が地面に落ちた。


「あ、あれは……」


 一瞬、彼女の舞った銀髪に目を奪われていたクズマ

 ――彼も野太い声の持ち主に目をやる。


(……スライム!)


 成人男性の頭部くらいの大きさ。半透明の茶色。

 肉まんに似た姿をした愛らしい姿をした謎の生命体。


(……最弱のモンスターじゃん!)


 クズマは再び知っていた――今回も彼の考えは正しい。

 このプニプニとした生物はファンタジーでいう弱いモンスターの代表格。

 昨今の創作物では度々強キャラとして扱われているが、この世界でもスライムは最弱のモンスターに分類される――例外を除けば。


「に、逃げてください!」


 立ち上がった美幼女はスライムと対峙する。

 だが、彼女の声は震えていた。

 ――さっきの優しい声の震えとは違い、怖さが滲み出ている。


「わ、私が何とかします! その間に! は、早く!」


 美幼女はスライムに向けて右手をかざす。

 ――魔法を使う時の一般的な態勢だ。

 だが、産まれたての小鹿のように足はプルプルと震えている

 ――恐怖を隠し切れていない。


(相手はスライム……でも、HP1しかないような村娘が攻撃されたら……)


 美幼女の腰は引けている。

 ――クズマの目から見ても、戦闘慣れしていないのは明白だ。


(今、この場にいるのは……俺だけ……)


 ゲームで言うと、現状は『物語が始まる前のチュートリアル』の段階。

 ただ、クズマは思う――自分は〈転生者〉。物語の主人公。

 重ねて思う――しかも、守る対象はヒロイン。何ともドラマチックな展開。

 そして、決める――クズマを場酔いさせるには十分な要素が揃っていた。




(やるしかないんだ……俺がッ!)


 心から湧き出てくる己の使命感に彼は身を任せた。

 『チュートリアルでは負けイベントがある』のは承知の上。

 『生まれたてのレベル1が勝負するのは無謀』とも自覚している。

 それでも『彼女を守りたいッ!』という一心がクズマを突き動かす。

 人生初の本気の決意が、魂を真っ赤に燃え上がらせる。


(死んでも良い……この天使を守れるんだったら!)


 クズマは立ち上がった――芽生え始めた勇気で自らを叱咤激励した。


(俺なら……俺なら勝てるはずッ!)


 ココだけの話、彼の心の隅には『何とかなる』という勝算もあった。

 なぜならば、相手は最弱のモンスターのスライムだからだ。


(俺の眠れる才能よ……今こそ覚醒する時ッ!)


 加えて、クズマは〈転生者〉である。

 自分に1つや2つの特殊な能力が備わっていると期待している。

 実際、彼は〈チート能力:大女神の加護〉と〈チート能力:主人公補正〉を秘めている――四大チート能力のうちの2つである。

 たとえ『光の剣と見間違えるような光子銃』を所持していない素手の状態でも、ザコのスライムであれば、どうとでもなるはずだった

 ――ふむ……大事なことなので3回言っておこう。

 どうとでもなるはずであった。そう、どうとでもなるはずであった。


「ッ!? あ、危ないです!」


 美幼女は自分の目の前に身を運んだクズマを見て、驚く。


「ゆ、勇者様ッ!? わ、私のことなんて気にせずに、お逃げください!」


 美幼女の言葉には優しさしか内包されていなかった。

 その切迫しながらも懇願する声からは『自分を犠牲にしてでも、誰かを死なせたくない』という想いが十二分に伝わってくる。

 それはクズマには効果バツグンであった――美幼女の願いとは真逆で。


「大丈夫……俺が君を守るッ!」


 主人公となりきっているクズマの本心が自ずと言葉となった。

 もはや彼には『にげる』という選択肢は無かった。

 スライムとの勝負からも。クズである自分自身との勝負からも。この先に待ち構えているかもしれない恋愛という勝負からも。

 クズマのキメ顔からはそんな覚悟が伺えた――物語の主人公っぽい顔つき。

 もちろん外見だけではなく、先程の決意表明からも分かるように、クズな内面もすでに良い方向に変化している――〈転生者〉に相応しい成長っぷりだ。




「……」


「……」




 クズマとスライムは睨み合う。

 まるで時代劇や西部劇の一騎打ちの開始直前のシーンだ。

 ジワリジワリと寄った両者の距離はおよそ3m。

 合図があれば、その瞬間に勝負が始まる。

 立ち止まるクズマの中には、勇気と恐怖がせめぎ合っていた。


(やらなきゃ意味ない……やらなきゃ意味ない……やらなきゃ意味ない!)


 彼は自分自身にプレッシャーをかける

 ――エ〇ァリスペクト。アメフトは無関係だ。

 そして、大きく一度だけ深呼吸をして、前へと一歩踏み出した。

 クズマがバリッと落ち葉を踏む音が鳴る――合図が成った。


「うおぉオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


「ドスコォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオイ!」


 昂った両者は咆哮し合い、お互いに向かって突進していく。

 瞬く間に距離が縮まり、瞬く間に攻撃が交わり、瞬く間に勝負が決した。











「オロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」


 勝者はスライム。敗者はクズマ。決まり手は『鳩尾に体当たり』。

 スライムによる、NFLのアメフト選手も顔負けのナイスタックル。

 クズマは数歩後ずさりし、膝から崩れ落ちた

 ――ゲロをまき散らしながら。

 彼は間もなくその吐しゃ物に目掛けて顔面から土下座した。

 見事に死亡フラグを回収してしまった。

 ――コレがディフェを震撼させる〝ゲロマ・ステマ・クズマ〟の伝説の幕開けであることを、まだ誰も知らない。


「ゴッツァン……デス……ドスコォイ!」


 ザコな主人公(?)を意に介さず、スライムはジワジワと美幼女に寄っていく。


「こ、来ないで……」


 美幼女は死をちゃんと覚悟しているはずだった。

 しかし、いざ現実と直面すると、そうはいかない。

 ――ガクガクブルブルと身体が勝手に震え出してしまう。

 気を抜けば、今にもへたり込んでしまいそうだ。

 ――下手をしたら、失禁の可能性もある。

 だが、誠に遺憾ではあるが、彼女は〝失禁ヒロイン〟に仲間入りはしない。


「……諦めないッ!」


 美幼女は今にも泣き出してしまいそうな自分を必死に押し殺した。

 『わずかなでも助かる可能性があるならば、もがいてみせる。倒れている勇者様を助けるためにも!』という想いが、彼女を踏ん張らせた。

 美幼女は声を振り絞り、最善の救いを求める。






「おにいちゃあああああああああああああああああああああああああああん!」




 

「おう! 今助けてやるからな!」

 

 美幼女の声に応じて、颯爽と空から好青年が舞い降りてきた。

 彼はストンとスライムの目の前に着地する。


「ドスゥウウウウウ!?」


 着地とほぼ同時に、手に持っているバスタードソードを振り下ろした。

 すると、スライムは即気絶してしまった。


「心配すんな。寸止め……ただの風圧だ」


 好青年はわざとカッコつけた言い方をし、妹に向かってニカッと笑った。

 彼の言う通り、スライムに剣撃は直撃していない。


「お、お兄ちゃあああああん!」


 美幼女は好青年の元へと駆けて行き、抱き着いた。

 胸の中に飛び込んできた妹を、好青年は心を込めて抱き締めた。


「……悪かったな。遅くなって。もう少し早く着ければ良かったんだが……」


「ううん……ひぐっ……大丈夫……ありがとう……お兄ちゃん……」


 美幼女は安心した反動で、堪えていた涙を流してしまう。


「ごめんなさい……みんなとはぐれちゃって……そしたら、倒れてる人を見つけて……〈ヤクブツソウ〉を取りに行って……ひぐっ……スライムが来て……エルシィ、お兄ちゃんみたいに守ろうとしたら……うわぁあああん!」


「そうか……頑張ったんだな。エルシィは優しい子だもんな。よくやった」


 兄である好青年は泣きじゃくる妹を責めることはしない。

 まずは落ち着かせるために、彼女の頭を撫でる。

 ――妹の心身の安全が何よりも優先事項だ。


「……けど、エルシィ、覚えていてくれ?」


 ただ、甘やかすだけでは妹のためにはならないことを、好青年は知っている。

 妹・エルシィが少し落ち着いたのを見計らって、軽く説教じみたことを言う。


「エルシィが傷付いたら悲しむ人がいるってことを。特に……俺とかな。だから、頑張ることはお兄ちゃんも応援するけど、無理は絶対にするなよ?」


「うん……うん! 分かった、お兄ちゃん!」


「それでこそ我が妹だ!」


 結局は妹に甘い好青年だった――甘々な後付けする。


「まあ、エルシィが無理しても、こうやってお兄ちゃんが絶対に助けてやるから!」


「ほ、本当?」


「ああ、絶対だ! 必要としてくれる限り、俺はエルシィのヒーローだ! さらに、お兄ちゃんは死んでも約束は破らない! ……不安なら、指切りげんまんでもしとくか?」


「不安じゃないよ! お兄ちゃんのこと信じてる! でも、指切りげんまんする! エヘヘ!」


 エルシィはまだ涙目だが、微笑みが戻っていた。

 好青年は妹と目線が合うように中腰になる。

 2人はお互いに左手の小指を結ばせ、約束を詠う。


「「指切りげんまん♪ 嘘ついたら針千本の~ます♪ グングニール♪」」


 詠い終え、指を切った2人は満面の笑みを浮かべていた。




「あ、アニキィ! やっと追いついた!」


 体格のゴツイ男が息を切らしながら、草むらから出てきた。

 ゼェゼェと消耗しているフリを見破れる者はいないだろう。

 ――名演技だ。


「遅いぞ、ジロウ!」


 好青年はゴツイ男・ジロウを指差して怒鳴った。


「シークのアニキが速過ぎるんっす!」


 ジロウは好青年・シークに「普通は無理っすよ!」と文句を言う。

 それに対して、シークは偉そうに言い切る。


「無理じゃない! 俺はエルシィのためならば、どんな無理でも可能にする!」


「さ、さすがアニキッ! そこに惚れるトキめく愛しちゃうッ!」


「ハッハッハッ! そう褒めるな! ただ、お前の愛情はお断りだ」


 シークはジロウの120%ガチな告白を無機質に断る。


「お、お兄ちゃん!」


 彼らの会話を聞いていたエルシィはモジモジと照れる。

 ――別にBL好きという訳じゃない。

 兄の過度なシスコンな態度を恥ずかしいと思っている訳でもない。

 むしろ、自分を大切にしてくれている旨を堂々と発言してくれるのは嬉しい。

 自分も同じように兄を慕っている気持ちを口にしたいとさえ思っている。


「~~~ッ!」


 だが、エルシィは兄のように人前で愛を公言するような性格ではない。

 しかし、あっさりと諦められるような愛の浅さでもない。

 その結果、この愛らしい照れ隠しの反応である。


「……よし。エルシィ、先にジロウと一緒に戻っててくれないか?」


「えっ……?」


 エルシィは兄と一緒に戻るとばかり思っていた。

 だから、つい寂しい表情になってしまう。

 それを瞬時に見抜いたシークは、妹の頭にポンと手を乗せた。


「悪いな。そこのスライムを逃がすのと……あの少年を手当てしないとな」


「……ッ」


 エルシィは『なら、エルシィも手伝う!』という言葉を飲み込んだ。

 自分はおそらく足手まといにしかならないと察したのだ。

 だが、『それでも一緒にいたい』という想いが身体を固まらせた。

 ――年相応の可愛い幼さだ。

 シークはそんな妹を見て、愛情の籠った優しい微笑みを崩さずに言う。


「なーに! すぐに戻るさ! 何かあれば、また呼んでくれ! 召喚獣より早く駆けつけて、さっきみたいに助けるから! だから、お兄ちゃんの好きなシチューを作って、家で待っててくれ。……な?」

 『子供をあやす』というよりは『妹に甘える』ような言い方だった。


「……うん! わかった!」


 エルシィは嬉しそうに頷いた。

 ――『家で待つ』という役目が出来たのが良かったのだろう。

 単に『足手まとい』で帰るのとは雲泥の差だ。

 ――表情がみるみると明るくなっていく。

 まだ目が充血していたが、エルシィは元気良くジロウの元へと駆けて行った。


「というわけで……頼んだぞ、ジロウ!」


「良い話っす……アニキ、マジイケメンっす……抱いて欲しいっす……」


 何故か泣いているジロウは「うっす!」と返事をした。

 エルシィとは一定の距離を保ちつつ、一緒に帰って行く。


「さてと……」


 シークは2人の気配が一定以上離れたのを感知し、後処理の行動に移る。







「……ぁ……ぃ……ぅ……ぇ……ぉ……ろ……」



 

 一方、クズマは朦朧とした意識の中で一部始終を見ていた。

 『俺が……守るんだ!』という執念が、彼に意識を失わせなかった。

 ただ、見事に意気消沈している。

 ――『汚れちまった悲しみに』でも口ずさんであげたい。


(俺は……またしても……負けた……)


 クズマがエルシィの何か叫び声を聞いた時のこと。

 ――『何とかして美幼女を助ける!』と思い、彼女を見た。


(アイツに……負けた……)


 謎のクールガイが美幼女を抱き締めていたのだ。

 その瞬間、クズマの全身から力が抜けた。


(あの子には……もうボーイフレンドが……いや、フィアンセが……)


 また、不幸なことに、クズマの意識はハッキリとしていなかった。

 兄妹の会話を一切聞き取れていなかったのだ。

 クズマはシークを『美幼女の幼馴染の婚約者』と勝手に脳内変換している。


(最悪だ……『異世界デビュー』でも失敗だ……)


 意識が消えそうなのと同じくらい、クズマの心も消え入りたがっていた。

 直訳すると『死にたい』と思っている。

 これでは『中学デビュー失敗』の二の舞だ――〝引きこもり〟一歩手前だ。


(ブハハ……バカだな……俺……勝手に盛り上がって……死にてぇ……)


 今回の出来事は、クズマにとって失恋に該当するらしい。

 ――『告白する前にフラれる』パターンというヤツだろう。

 片想いの相手の目の前でゲロまみろになれば、そう思って当然だろう。

 しかも、謎のクールガイと抱擁していた。

 ――まさに『死体ゲロまみれ蹴り』である。ご愁傷様です。







(……まだだ……まだ俺の異世界ライフは詰んでねぇ……ッ!)




 しかし、クズマは踏ん張った。


(別に付き合えなくても良い……そんな自分勝手な想いなんて捨ててやる……)


 彼はもう〝クズ〟でも〝引きこもり〟でもない。


(クズの俺なんかのために身体を張って……あんな優しい子、初めてだった……)


 今までの人生では登場しなかった天使のような存在が、クズマを気張らせる。


(……お礼も言えずにくたばれるかよッ! ……ガクッ)


 クズマの心は折れなかったが、意識は限界を超えてしまう。

 ゲロを枕代わりにして失神したクズマに一時の休息が与えられた。

 ――今後、彼にはきっと素晴らしい異世界ライフが待っている……はず。

 ――ただ、この物語の主人公を〝私〟はまだ決めていない。




「……とりあえず、ありがとうな。エルシィのために頑張ってくれて」


 シークは愛剣を異空間に収納しながら、その一部始終を見届けていた。


次回、4月18日の23時前後の投稿予定です。(投稿済)


二読み、ありがとうございます。

1章が長くなりがちなので、今後は1日5000字程度を目安に毎日あげていきたいと思っています。

(平日は働いていますが、コロナ騒動で在宅勤務になっています。世間が落ち着くまでは継続的にあげるつもりです。みなさんも健康にはお気を付けください)。

感想・評価・ブックマーク、全て嬉しいです。元気になります。

よろしくお願いします。あと、後書きは少しづつ本性が出てくると思います。

では、次章もお目にかかれることを祈っております。


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